大谷選手も大好きハンバーガー 創業75周年祭に2万人 透ける米ノスタルジー

[2023/10/25 06:00]

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 10月22日、ロサンゼルス近郊で開催された、企業の創業祭。世界中にファンがいるアップルでも、テスラでもなく、地元密着型のハンバーガーチェーンだが、参加したのは、なんと2万人。お目当ては、アメリカ西海岸名物といっても過言ではない、In-N-Outバーガーだ。(日本人はインアンドアウトと読むが、地元の人はインエンアウトと言っているように聞こえる…)

 カリフォルニア州を中心に展開するチェーン店だ。創業以来、冷凍肉を使わないポリシーを貫き、広範囲の店舗に新鮮な食材を届けることが難しいため、75年かけて、ようやく400店舗近くになった。日本人には、大谷翔平選手が「大好きなファストフード」と明かした店として馴染みがあり、東京都内の1日限定オープンでは大行列ができた。
(ロサンゼルス支局 力石大輔)

■「肉ずっしり」西海岸の愛されバーガー

 メニューはシンプルで、ハンバーガー、チーズバーガー、パティが2枚入ったダブルダブルだけ。といっても、ここはアメリカ。裏メニューとして、パティが4枚も入った4×4(フォー・バイ・フォー)が、男性を中心に大人気。

 私もLA出身の支局スタッフが食べているのを横目で見たことはあったが、実際に手にとると「肉がずっしり」何とか食べ切ったが、翌日の夕方になっても、全くお腹はすかない。これで11ドル(=約1600円)、日本人には高いと感じるが、インフレが続くアメリカのランチとしては格安で、庶民の味方というのも人気のポイント。

■人気の裏メニュー「アニマルスタイル」 特製ソースが味の決め手!

 メニューがシンプルな反面、玉ねぎを入れるか入れないか、炒めるのか生なのかなど、他のチェーン店と違い、客の細かい要望に合わせることも、ファンが多い理由だ。実際、お祭りの参加者に話を聞くと、みんな、こだわりがすごい。

 70歳近い白人男性は、必ずマスタードと千切りの炒めた玉ねぎをトッピング。生まれ育った家が1号店に近く、少年時代は自転車で何キロも漕いで食べに行き、「インアンドアウトと一緒に育った」と目を細める。一緒に来ていたのは幼馴染で、2人とも一見強面に見えるが、スヌーピーのTシャツを着て、ハンバーガーを頬張る姿は、何とも微笑ましい。

 他のファンに聞いても、口を揃えるのが「アニマルスタイル」という裏メニューで、ピクルスと炒めた玉ねぎをトッピングし、特製ソースをかけるもの。スプレッドソースと呼ばれ、味はサウザンアイランドに似ていて、足りない人は“追いソース”も無料で可能だ。

 お祭りはキッチンカーのため、フライドポテトは提供しなかったが、通常の店舗ではハンバーガーだけでなく、ポテトもアニマルスタイルにできる(食べづらいので、その際はフォークもくれる)

 ファンは食べ慣れているが、お祭りとあって味は格別。老若男女を問わず、皆さん笑顔で頬張り続け、いかにIn-N-Outを愛しているのか、自分の食べ方の流儀は何なのか、笑い話しを続ける。(ちなみに支局スタッフの流儀は、先にポテトで後からバーガー。理由は「ポテトは準備運動で胃を活性化させる」というもの。当然、両方ともアニマルスタイル)

■なぜ熱狂?コンセプトは1950年代

 お祭り会場には、昔懐かしい移動式の遊園地が設けられ、大人も子どもも観覧車ではしゃぎ、ボールゲームに熱中する。アメリカ人にとっては、何でもトレーラーで運ぶのが当たり前なので、季節ごとに来る遊園地が「楽しみ」なのだそう。おのずと遊具は小さくなるが、レトロな感じが、“逆に映える”という若者もいた。そこはアメリカも日本も変わらないのか。

 会場は巨大で、遊園地エリアから歩くこと10分、普段はお目にかかれないクラシックカーがずらり300台。フォードにシボレー、1950年代の映画から出てきたような車が並ぶ。脇で演奏するバンドも、どこかクラシカル。

 その奥からは、爆音が。直線道路でスピードを競う、ドラッグレースが開催され、改造クラシックカーが煙を立てながら、時速200、300kmで走り抜ける。なぜここまで“車推し”?

 実はIn-N-Outは、1948年の創業時にドライブスルーを発明したことでも有名で、「イン&アウト」とは、まさにドライブスルーのこと。ロゴもスピーディーに注文を受け取って、出ていく様にみえる。

 そのため、今回のお祭りでも「車」に重点を置いている。まさにアメリカのモータリゼーションと同時に、彼らハンバーガーチェーンも花開いていったのだ。1950年代、ハリウッド映画を通じて、世界中が憧れたアメリカ車とハンバーガー。このお祭りには、その両方があった。まさに、良かった、強かったアメリカの象徴、といってもよい。

 どの世代も停滞感を感じているであろう、アメリカ社会では、すがりたくなるようなノスタルジーなのだろうか。In-N-Outに熱狂するファンは、そんな所にも、惹かれているのかもしれない。

 確かに、会場のほとんどは(その時代を一般的に謳歌したであろう)白人だった。そして支局の黒人スタッフは、「黒人やアジア系が少ないですね」とポツリ、呟いていた。まだ私は、そこに分け入れるほど、アメリカで暮らしていない。

■ところであの肉!日本に来るの?

 話しが横道にそれたが、大切なのはパティだ、あの肉だ。会社の先輩がかつて、「牛肉を食べた時にだけ脳内に出てくる幸福物質がある」と話していたが、真贋はさておき、こういう時に使うセリフなのだろう。

 私が日本に帰国しても、食べられるのだろうか、デニー・ウォーニックCOO(チーフオペレーションオフィサー)に話を聞いた。16歳からIn-N-Outで働く筋金入りで、好きなメニューは「ダブルダブルに炒め玉ねぎトッピング」だそうだ。

 取材が始まる前には、自分の名前のスペルを1文字ずつ言ってくれる、外国人にも優しいナイスガイ。彼を囲んだのは、ABCテレビとドラッグレース専門誌、と、テレビ朝日。何とも奇妙な組み合わせだが、お客さんやスタッフへの感謝のコメントが一通り終わったところで、聞いてみた。

「大谷選手知ってます?彼が好きって言ってましたよ?」

デニーは急にニコニコ顔
「もちろん!本当に光栄だよ。アナハイムでは日本の人から『彼が好きと聞いて食べに来た』と話しかけられ、嬉しかった」

 東京でのトライアルに成功し、マーケティング調査もひと段落しているだろうし、ずばり質問

「日本への出店予定は?みんな期待して待ってますよ!」

 デニーは商人の顔に戻り「今すぐの計画はない。(食い気味に)ただし、将来、いずれ、いつか、日本に進出する可能性はゼロではない」(正確には「誰も分からない」)というリップサービスとも、本音ともつかない言葉で締めた。

 その後は、メディアを含めて談笑。ABCテレビの「そのハンバーガーマイク、どこで買ったの?」という質問に、「アマゾンです」と即答し、ドラッグレース専門誌のおじいちゃんからは「大谷選手は本当にすごいよねぇ」と声を掛けられ、「初めて共通言語ができた」と嬉しくなり(人生で初めて、ドラッグレースが好きな人と話し、ここでも大谷選手の偉大さを感じた)、何となく取材の疲れもあり、幸福感もあり、帰路についた。

 先輩が話していたのは本当だった。「牛肉にしか出せない幸福物質」は、それを食べて一緒に楽しもうという人と人の間にだけ、ありそうだった。

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