ロシア軍“侵攻後最多の死傷者”  犠牲をいとわぬ人海戦術の脅威と思惑

[2023/12/05 18:00]

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ウクライナ東部では、ロシア軍が要衝アウディイフカへの攻撃を強化中だが、死傷者が1日平均931人達したとされる。
侵攻後最多を記録している可能性が高い。損失をいとわないロシアの戦術を解き明かす。

1)ロシア軍のアウディイフカ包囲・攻撃続く

ウクライナ東部では冬期を迎え、ロシア軍の攻勢が強まっている。アウディイフカではロシア軍が、波状攻撃を続けており、町の東部と南部を制圧、さらに町の西側から北上する部隊と、北側から西に攻勢をかける部隊によって包囲が進んでいる。

11月27日付けの「キーウ・ポスト」は、ロシア軍はアウディイフカ南部の最も重要な防衛拠点である工業地帯の9割を制圧したと報じている。

南側から見たアウディイフカ

ロシア軍はアウディイフカ周辺に約4万人の兵士を投入し、大きな被害をだしながらも犠牲をかえりみぬ人海戦術を仕掛けていると見られている。

2)ロシア軍 “過去最多”の死傷者 突撃作戦の狙いは?

イギリス国防省は11月27日、過去6週間のロシア軍の死傷率はウクライナ侵攻後「最高水準」に達し、3月から約20%増加し1日平均931人、1か月で2万7千人が死傷し戦闘不能になったという分析を示した。

小集団

その原因は、ロシア軍がウクライナ軍の防衛拠点に対して「歩兵の小集団による突撃」をしかけるという戦い方にあるとされる。この作戦は大きな損失を伴うが、ウクライナ軍には大きな脅威になっている。

X

あるウクライナ予備兵将校は「X」(旧Twitter)に「“ある集団が別の集団に続く”というこの持続的な戦術はウクライナ軍を疲弊させ時間をかけて陣地を危うくする可能性がある。ロシア軍は高い死亡率にもかかわらず継続している」と投稿した。
「キーウ・ポスト」も「ロシア軍の損失は大きいが攻撃は決して止まらない。自分たちの屍を乗り越えて攻撃している。ある部隊がやられ次の部隊がやられれば3番目の部隊を投入する」とウクライナ軍軍曹の声を報じている。

英国国防省は11月28日、「アウディイフカ付近ではロシア軍は10月以前線を最大2km前進させたがこのために数千人の死傷者を出している」と発表した。

小泉悠氏(東京大学先端科学技術研究センター)は、開戦前のロシア陸軍の兵力は約28万人とされ、この損害は「すさまじい犠牲だが、ロシア軍は兵士を死なせることへのハードルが非常に下がっている」と分析する。そして「政治指導部が、甚大な犠牲をだしてもアウディイフカを落とすことができればいいと考え、国民も強く反発しないならば作戦は実行できてしまう。非人道的としか言いようがないが“軍事的合理性がないとは言えない”」と述べた。

兵藤慎治氏(防衛省防衛研究所)は「プーチン大統領には第二次世界大戦と比べればまだ大きな犠牲ではないという認識がある。」とし、「さらなる追加動員は来年3月のロシア大統領選挙まではまだ想定されておらず、大きな政治的反発がロシア国民から出ることはないだろうと想定しているのではないか。しかし今後損失が拡大しロシア大統領戦の後に追加動員が行われたならば、ロシア国民がどう受け止めていくのかは注目される。」と述べた。

損失

NATOのストルテンベルグ事務総長は11月29日「プーチン大統領は死傷者に対して耐久性が高い。ウクライナにおけるロシアの狙いは変わっていない」と発言した。

NATO

杉田弘毅氏(共同通信特別編集委員)は「プーチン大統領の頭の中には、ソ連が第二次世界大戦で数百万人を犠牲にして国を守ったという歴史が強く刻印されており、同じことを自分もできると考えているのではないか。」と述べた。さらにウクライナ軍のザルジニー総司令官が11月1日に「ロシアは少なくとも15万人の死者を出した。他の国ならそのような死傷者が出れば戦争をやめていただろう」とロシアの戦争継続意欲を見誤っていたと認める発言をした、という報道を引用し、戦局はまさにその現実を示している、と分析した。

エコノミスト誌

3)膨大な損害をいとわないロシア軍の攻勢の意図は?

ロシア軍が“過去最多”の死傷者を出しながらウクライナの東部で何を得ようとしているのだろうか?12月1日の戦争研究所は、衛星画像から、ロシア軍が東部のクピャンスク北東15kmまで進軍、さらに少しずつ前進しており、ウクライナ軍が反転攻勢をかけていたバフムトでも、ロシア軍は集落を“再制圧した”と主張するなど両軍が攻め合う展開となっていると報じた。

ルハシンク州
バフムト

小泉氏は「ロシアはウクライナを屈服させることが難しいので、全戦線で相当な犠牲をだしながらも攻勢を継続し国家としての抵抗意志をなくすのをまっている。さらに来年のアメリカ大統領選でトランプ氏が再選されれば、減少しているアメリカからの軍事援助がさらに激減する可能性がある。当面は時間がロシアにとって味方であると認識されており、その間ウクライナに対し損害を強要しようとしており、現状はロシアが有利と言わざるを得ない。どこかの時期でウクライナに対する支援体制や勝利条件を考え直さないともたない可能性がでてきており、非常に厳しい局面といえる。」と述べた。

4)ロシア軍の総兵力は132万人?来年にはさらなる追加動員も?

プーチン大統領

プーチン大統領は12月1日、ロシア軍に約17万人を増員し132万人にするよう命令を出した。一方で動員ではなく、“募集活動の強化で実現する”と表明し下記の条件を示している。

・動員や徴兵開始ではなく募集活動の強化で実現
・入隊を希望する国民を対象に段階的に実施する

兵頭氏は、この命令はロシア国防省が去年冬に総兵力を150万人に増強する方針を示した延長上にあるとし、「ロシアは現状兵力では戦況を大きく変えられず増強を図っているが、来年3月のロシア大統領選に影響があるので現在のところは追加動員令はだせない。しかし戦況次第では大統領選後には追加動員を行うという懸念も一部では浮上してきている。」と述べた。

大統領選

一方、小泉氏は「約130万人という数字はロシア軍の現有兵力の総数をほぼ示しているのではないか?」と分析する。開戦時のロシア軍の総兵力は約90万人とされ、開戦以来約30万人の損害を出したと見られている。「ロシア軍は損害を差し引いた60万人に、その後約30万人を動員し、40万人の志願兵を集めたとされており、足し合わせるととほぼ130万人となる。昨年動員された兵力の大半はすでに戦場に動員されており、最近の広範囲での攻勢に投入されている。ロシア軍の総兵力は大統領令によって示されるが2種類あり、将来の中期的な軍改革目標として出されるものと、公表翌日から発効される即座の大統領令がある、今回は明らかに後者の即時実施の大統領令である。」と述べた。

そして最後に「現状の総兵力を追認し、2023年の終了に会わせて兵力を確定し、来年150万人の目標に達することを目指すさらなる大統領令も出されるのではないか?」と分析した。

杉田弘毅(共同通信社特別編集委員、元ワシントン支局長、明治大学特任教授、著書に『国際報道を問い直す?ウクライナ戦争とメディアの使命』ほか)

小泉悠(東京大学先端研究所准教授 専門はロシアの軍事戦略や旧ソ連の安全保障、著書『終わらない戦争 ウクライナから見る世界の未来』ほか)

兵藤慎治(防衛省防衛研究所 研究幹事。専門はロシアの政治、外交、安全保障。96年〜98年に在ロシア日本大使館専門調査委員)

「BS朝日 日曜スクープ 2023年12月3日放送分より」

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