プーチン政権をいらだたせるナワリヌイ氏への献花の列 組織されないロシア市民の意思
[2024/02/19 19:00]
プーチン大統領の汚職を追及し、ロシアで最も有名な反体制派の政治家だったアレクセイ・ナワリヌイ氏が刑務所内で死亡した。2月16日、連邦刑務所が発表した。
これを受けて、いま、ロシア全土でナワリヌイ氏の追悼行為の輪が広がっている。
「反戦」や「反プーチン」といったスローガンを叫べば即座に捕まる。集会を開くことも許されない。そんなロシアで、自発的に市民ひとりひとりが、街の中にあるソ連時代の政治弾圧の犠牲者にささげられた記念碑に献花をしはじめたのだ。
この行為はナワリヌイ氏を追悼するものであるとともに、彼はプーチン政権の政治弾圧によって殺されたのだという、市民たちの政権に対する強い意思表示だ。
この献花が、プーチン政権をいらだたせている。
プーチン政権は、ロシア全土に大規模な治安部隊を動員し、献花する人びとを威圧し、時には一部の市民を拘束し、あるいは記念碑の周囲を規制して、どうにかこの流れを止めようとしている。
しかし、献花に訪れる人の波はやまない。
モスクワ市内にできた3つの「献花」の現場では一体何が起こっているのか?
(ANN取材団)
◆「ソロベツキーの石」―増え続ける市民にたまらず動き出す機動隊
ロシア連邦保安庁=FSBの本部のすぐ近くに「ソロベツキーの石」はある。
ソ連時代、強制収容所のあったロシア北部ソロベツキー島から運ばれてきたその石は政治弾圧の犠牲者の追悼のモニュメントだ。ソ連末期にKGBの本部だったこの場所に設置された。
FSB本部の目の前という場所にもかかわらず、ナワリヌイ氏の死亡が報じられた16日夜からこの石に献花する人は切れ目なく続いた。
17日も朝から市民が花を握りしめて絶え間なくやってくる。
それも若者から高齢者、小さな赤ちゃんを抱っこする夫婦の姿もある。
気温は氷点下だが、花を手向けた後、石の前で祈るようにじっと立ち止まる人も少なくない。徐々に碑の前に人がたまり出す。
11時過ぎにはその数は30人ほどになった。
しびれを切らしたように治安部隊員が相談を始める。
「そろそろ解散させよう」
多くの人が一カ所に集まりすぎ不測の事態が生じることを恐れたのだろう。複数の警察官が、祈る人たちを解散させようと立ち止まる人々を押しやり、歩き出すよう促す。
抵抗して立ち止まり続ける人は力ずくで排除されたり、護送車の中へと拘束されたりしているようだ。
◆「アレクサンドル庭園」―メディアとの接触を隠密行動で監視
赤の広場のすぐ近くのアレクサンドル庭園にある無名戦士の墓でも17日、動員兵の妻らによる献花が行われた。
動員兵の解放を願う意味を込めたこの献花は、今年に入ってから毎週土曜に行われている。
普段よりもさらに多い警察官らが配置され、明らかに私服の治安関係者だとわかる人物も10人近くいる。
彼らは、関係者や記者の動向や会話をチェックし、カメラやスマートフォンで撮影していれば、さっと背後に迫り何を撮影しているのかのぞき込んで確認している。
監視の目はそれだけではないようだ。
記者を装った治安当局者が混じっていることを独立系メディアが指摘している。
動員兵の妻らがどのようなことを訴えているのか、どのような活動を計画しているのか、彼女らの動向に治安組織は神経をとがらせている。
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◆「悲しみの壁」―兵站まで…準備されている応援部隊◆「悲しみの壁」―兵站まで…準備されている応援部隊
「悲しみの壁」と名付けられたレリーフも政治弾圧の犠牲者にささげられたものだ。
モスクワの環状道路、サドバヤ通り沿いにある高さ6メートル、長さ35メートルにおよぶ巨大なレリーフに描かれた顔のない人びとは、ソ連時代の弾圧の規模を物語っているという。
17日の午後1時すぎになると、立ち止まる市民を排除しようとした機動隊員らと小規模な衝突が起こる。
市民は公道なのになぜ立ち退かなければならないのかと抵抗し、「恥を知れ」と叫ぶ。
この騒動をきっかけに瞬く間に15人ほどが拘束された。
それから5分もしないうちに、事態はさらに緊迫化する。
通りの向こうから事態を見守っていた数十人の市民のさらに背後から警察官が隊列組んでやってくる。周辺には何台もの応援車両が到着する。
瞬く間に記念碑の周辺一帯を大勢の警察官が囲み、市民を近づかせないよう威嚇している。拘束者でいっぱいになった護送車が出発すると、間髪を入れずに空の護送車が入ってくる用意周到さだ。
これらの車両・治安部隊は、クレムリン近くのモスクワ川沿いからやってきたことが推察できた。そこには、数十台の警察車両がずらりと並び、仮設トイレや仮設小屋まで設置され、調理しているとみられる煙が上がっている。不測の事態にすぐに対応できるよう、何百人もの警察官らが車内で長時間待機しているのだろう。
治安部隊の用意周到さ、規模の大きさもさることながら、それを上回る市民の粘り強さにも驚かされる。30分ほどしてから「悲しみの壁」の周辺を通りかかると、再び市民が献花を続けていた。
18日には、広場一帯は完全に鉄の柵で囲われたが、市民は花を持ってやってくる。
自分の権利だとでも主張するかのように、大量の警官隊が目を光らせる中、鉄柵の隙間を通り抜け、献花をする。
立ち止まることは許されず、すぐにその場から立ち去るよう強制されるため、人だかりはできない。だから一見、献花に訪れる人の数は減っているようにみえるが、実際には献花は途切れない。
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◆脅しても止められない献花の流れ◆脅しても止められない献花の流れ
結局、どれだけの数のロシア人が献花に訪れているのかは定かではない。
独立系メディアによると警察は、献花の現場で威圧するだけではなく、献花や集会を呼びかけそうな野党政治家の家を回り、「違法行為を犯すな」と警告を繰り返して脅しているという。
だが、そんな脅しも効果は薄いようだ。
ウクライナ侵攻後、モスクワで最も大規模化したデモは2022年秋の動員への反発によるものだった。この時は、SNSで時間と場所が指定され、デモが組織された。
しかし、今回は違う。呼びかけはなく、自然発生的に人々が記念碑に集まっているのだ。
独立系メディア「メドゥーザ」は、ナワリヌイ氏を追悼することを決めた人にむけたガイドを掲載している。
自分自身は意図していなくても、人が多く集まってしまうと、当局は「過激派の集会を組織した」とみなして拘束する可能性が高い。そう警告したうえで、人権団体の電話番号を登録したり、長期間の拘束に備えて充電器や水を準備、最大限の厚着をしたりしていくことなどをアドバイスしている。
このような危険も承知のうえで、市民は献花に訪れ、治安当局に監視されながら、ナワリヌイ氏を追悼する。
なぜか?
◆献花の女性「民主主義のない国…恐ろしい」
「ソロベツキーの石」に献花を終えた人が、治安当局に聞かれないように、少し離れた場所で、匿名を条件に質問に答えてくれた。
50代の、品のある女性だ。
ナワリヌイ氏の死因はまだわからないままだ。病死なのか、殺されたのか、さまざまな憶測が飛び交っている。いずれにしろプーチン大統領が、西側の評判は気にせず、恐怖だけで政権を維持する道を突き進むだろうと指摘されている。
女性の消え入るような不安そうな答えは、そんなロシアの将来を予感しているのだろう。
でも、多分…」
彼女はそれ以上はっきりとは答えなかった。
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◆ロシアは変わるのか? ―現場の警察官の本音は…◆ロシアは変わるのか? ―現場の警察官の本音は…
「献花」という行為にどれほどの意味があるのか?
女性が答えたように、今すぐ政権を変える力はないかもしれない。
しかし、これだけ多くの人がプーチン政権に反対していることを如実に表している。
プーチン大統領にはFSBの目の前でナワリヌイ氏への献花に市民が列をなしていることは報告されず、こうした世論に聞く耳を持つことはないだろう。
ただ、気になるのは現場の反応だ。
プーチン政権の「治安維持」を担っている警察官たちは、この現象をどうとらえているのだろうか?
断っておけば、治安当局者のほとんどがナワリヌイ氏を疑いの目で見ている。ナワリヌイ氏は決してロシアで絶大な「人気」を誇っているわけではない。プーチン氏の汚職を暴くことで力をつけていったナワリヌイ氏をうさん臭い目で見るロシア人も少なくない。
ナワリヌイ氏こそ、反プーチンビジネスで金を稼いでいるのではないか、外国とつながっているのではないか――。特に「体制側」の警察官らは、そうした疑いの目をもって見ている。
にもかかわらず、捕まえても威嚇しても、花束を手にやってくる市民たち目の前にして、彼らの気持ちは一切揺らがないと断言できるだろうか?
もし、彼らの一部でも心が揺れることがあれば、大きな変化につながるかもしれない。
「ソロベツキーの石」での出来事だ。
花を手に訪れた老夫婦が、あまりの治安部隊の多さにうろたえたように立ちすくんだ。
すると一人の警察官が列の先を示しながら気遣うような声でこう言った。
「大丈夫ですよ。待っていてください。順番が来ます」
「悲しみの壁」の近くではこんな場面を目にした。
雪の上に「あなたを忘れない。(プーチンを)決して許さない」と記されていた。
この周辺を封鎖し出した時、警察官はこのメッセージを確認したが、消さなかった。
もちろん、彼は周辺に騒ぎを起こさないという与えられた任務に精一杯だったのかもしれないが。