兵士の妻ら取材の記者が次々…白昼の“拘束劇”舞台裏 ロシアで高まる「反戦」機運(1)

[2024/02/08 17:00]

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来月中旬に迫った大統領選挙を前に、ロシア国内でにわかに反戦機運が高まっている。
一度は治安部隊に屈した反戦運動は復活するのだろうか?
それとも再び、弾圧に屈するのか?

“潰されない抵抗”を続ける動員兵の妻らがいる。
そして、「反戦」を訴える候補が躍進している。
こうした動きは今後のロシア社会にどういう意味をもたらすのか?

プーチン政権に抗おうとするロシア市民の戦いの行方に前後編で迫りたい。

まずは、白昼に起こった記者の大量拘束劇から始めよう。

■モスクワの中心で…衆人環視の記者拘束劇

2月3日午後1時――。

ロシアの首都モスクワは、マイナス10度近くまで冷え込んでいるが、正午をまわると分厚い雲の隙間から晴れ間がのぞきだした。「赤の広場」に繰り出す観光客らの数も徐々に増えてきて、つかの間の陽の光を楽しんでいる。この2年で、中国からの団体旅行客に加えて中東やアフリカからの観光客の姿がとりわけ目立つようになった。

その観光客でにぎわう赤の広場のすぐ隣に位置するアレクサンドル庭園で「事件」は起こった。「プレス」と書かれた蛍光ビブスを着た一団が次々と拘束され始めたのだ。

アフリカからの観光客だろうか。異変に気付いた女性が友人につぶやく。
「プレスって書いてある。ジャーナリストじゃない?何が起こっているの?」
しかし、彼らはそれ以上、気に留めることはないまま通り過ぎていく。

警察は用意周到だった。庭園の出口のすぐわきに護送車を配置し、庭園から出てくる記者たちをその護送車の裏に次々と連れ込み、拘束していく。

首都のど真ん中での拘束劇だが、ほとんど騒ぎにはならなかった。
独立系メディアによると拘束者は27人に上った。

■「プーチ・ダモイ(家路)」―動員兵の妻たちの戦い

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献花の間、警察官らは妻らや記者を絶えず監視していた

拘束されたのは、動員兵の妻らの活動を取材していた記者や支援者の男性だった。
「プーチ・ダモイ(=家路)」と名付けられたその運動は、動員兵の妻が呼びかけて始まったもので、1年以上戦場に送られている動員兵を帰還させるよう呼びかけている。
この運動は、ロシアの戦争支持派から「西側・ウクライナによる情報戦だ」と猛烈な批判を浴び、テレグラムチャンネルは「フェイク」の認定を受けるまで追い込まれた。

声を上げる妻や現場の動員兵へも様々な圧力がかかった。取材では、妻の身元が割れると戦地にいる夫が、より過酷な前線に送られるケースも明らかになっている。
それでも妻らは熱心に呼びかけを続けている。

昨年末から、毎週土曜日にロシアの各都市にある「無名戦士の墓」に献花することで、自分たちの意思表示をしようとSNSで呼びかけが始まった。当初は、治安当局に身元がばれることを恐れて人は集まらなかったが、今年に入ってから参加者は徐々に増えている。
当局は、3月の大統領選挙を前に動員兵の帰還を求める声が広がるのも問題視する一方、無理やり弾圧することで事態の悪化を招くことも恐れているようだ。そのため、デモでもなく、ピケでもない、ただ「花を添えるだけ」の行為を当局は警戒しつつ許可した。

毎週土曜日の正午、アレクサンドル庭園の「無名戦士の墓」の前には動員兵の妻らと記者、そして多数の警察官とおそらく連邦警護庁の私服職員が集結し、妙な緊張感が張り詰める中、献花を見守るのが恒例となっていた。

■記者ら拘束の日に起きた異変

ただ、2月3日は動員が始まって500日の節目であり、様相が違った。
動員兵の妻らに加え、男性の支持者らも加わり、参加者は200人ほどに上った。
それでも、当局はこれまで通りアレクサンドル庭園での献花を妨げず、見届ける。

しかし、運動の中心となっているマリア・アンドレーエワさんが歩き出し、庭園の敷地を出たとたんに事態が急変する。彼女を囲んで歩いていた記者たちが次々と拘束されたのだ。

警察はアンドレーエワさんら女性には手を出さず、男性記者を中心に拘束していった。

じつはこの日、アンドレーエワさんらは献花の場所から徒歩10分ほどのところにあるプーチン大統領の選挙事務所に動員兵を帰還させる訴えを届けようとしていた。街の中心部を大勢の記者とともに歩かれれば注目を浴びることになる。当局はこの動きを警戒したとみられる。

結局、アンドレーエワさんたちは、プーチン氏の選挙事務所に訴えを届けることは許された。しかしその現場を報じる記者はほとんど残されていなかったし、混乱が生じたり、事態がエスカレートしたりすることもなかった。
かわりにプーチン大統領の選挙事務所は動員兵の妻らを紅茶と毛布でもてなすパフォーマンスまでして余裕を見せつけた。

■弾圧とガス抜き 収束させられた抗議活動?

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2022年9月28日 治安部隊はデモが始まる前から次々と市民を拘束していった

プーチン政権は、反戦世論の高まりを巧みに抑え込んでいる。
プリゴジン氏が率いた「ワグネル」の武装蜂起をのぞけば、首都モスクワでは2022年の秋以来、大規模なデモは行われていない。

プーチン大統領が2022年9月に発令した動員令に対して、その直後には多くの市民が声を上げ、連日SNSで場所と時間を呼びかけあい、抵抗を示した。
しかし、当局はデモ参加者を容赦なく拘束し、さらに拘束者を動員し戦場に送るという手段まで使って威嚇し、市民の意思をくじいていった。

市民らは幾度もデモを計画し、抵抗したが、次第に規模は小さくなっていった。
デモ呼びかけの当日には、地下鉄の出入り口に警官が張り込み、デモに参加しそうな背格好だというだけで手あたり次第、護送車に連行していくことで、人が集まることができないまま抗議活動は自然消滅した。

以来、市民らは声を上げることをやめた。

かわりに「ウクライナが始めた戦争だ」「欧米の侵略からロシアを守る戦いだ」というプーチン大統領の主張が国営メディアなどでますます喧伝されるようになる。
多くの市民は、そんな過激な発言を困惑の表情とともに遠巻きに傍観していた。

こうした中、昨年秋から動員兵の妻らが再び声を上げたが、冒頭のように当局は「献花」を許したり、訴えを聞くふりをしたりしながら、時には刑事罰も科して、反戦の声が目立たないように巧妙にコントロールしてきた。
そのため、動員兵の妻らの運動も、その切実な訴えにもかかわらず、広がりを欠いていた。

だが、こうした中でも“反戦の声”はくすぶり続けていた。

ウクライナへの侵攻を「プーチンの致命的な失敗」だと指摘し、即時停戦を訴えるボリス・ナジェージュジン氏への支持は驚くべきスピードで拡大していったのだ。

(後編)“反プーチン”候補が躍進 支持者「戦争につかれた」に続く

【ANN取材団】

  • 2月3日 アレクサンドル庭園で約の200人動員兵の妻らが無名戦士の墓に献花
  • 2月3日 献花の間、警察官らは妻らや記者を絶えず監視していた
  • 2月3日 献花が終わると警察が記者らを拘束し始めた
  • 2022年9月28日 治安部隊はデモが始まる前から次々と市民を拘束していった
  • 2022年9月28日 治安部隊はデモが始まる前から次々と市民を拘束していった
  • 2022年9月28日 治安部隊はデモが始まる前から次々と市民を拘束していった

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