【徹底解説】プーチン大統領、大統領選出馬表明 成果求め東部で攻勢加速か?

[2023/12/12 18:00]

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ロシアのプーチン大統領は2024年のロシア大統領選への出馬を表明した。東部での攻勢の拡大も大統領選に向け、戦果をアピールしていると見られている。死傷者の増加をいとわず、占領地域の拡大を急ぐ攻撃の実態を専門家と分析する。

1)「他に方法がない…」プーチン大統領、大統領選出馬表明

プーチン大統領は12月8日、ウクライナ進行に従軍した軍人の表彰式に出席し、次期ロシア大統領選への出馬を求める親ロシア派「ドネツク人民共和国」人民評議会のジョガ議長に対して
「今日このような状況でこの言葉をありがとう。この問題について、私はさまざまな考えを持っていた。しかし今日、他に方法がないことは理解している。だからこそ、私はロシア大統領選に出馬するのです」と応え、出馬を初めて明言した。

国際政治学者の廣瀬陽子氏(慶応大学)は、プーチン大統領はこれまでも周囲に乞われて出馬するという演出を行ってきた、と指摘し「今回出馬宣言をドネツクで行ったのは、ロシアの未来はウクライナ侵攻と密接であり、併合地域もロシアに含めて共に発展していくのが重要な課題であり、それができるのは自分しかいないということを改めて国民示したと言える」と分析する。

ロシア大統領選は、2024年の3月15日から17日に投票が行われる。プーチン大統領が当選すれば5期目となり、任期は6年。憲法改正によってさらに2期、2036年まで継続が可能となる。前回2018年の大統領選では得票率76%で圧勝している。

プーチン大統領

ジャーナリストの末延吉正氏は「ロシアでは国営放送でプーチン氏の様子を何時間も放送している。メディアやインターネットも様々な法律で締め付けている。今後、プーチン大統領が当選を重ねていくと、スターリンの29年を超えて、国家指導者としては最長となる可能性もある。」とし、国内で権威主義的、強権的な手法を用い有利に選挙を進める実態を指摘した。

出馬宣言はウクライナの戦場にも影響を与えている。
12月8日の戦争研究所は「ロシア政府は来年3月の選挙前に『アウディイフカ』とおそらく『クピャンスク』を占領するよう軍に命じた可能性がある」と分析した。
ウクライナ軍の報道官は「ロシア軍の活動のほぼ全ては『アウディイフカ』『マリンカ』に集中している。昨日の戦闘の90%以上がこの地域で起きている」と発表した。

ドネツク州

この状況を廣瀬氏は「両地域の奪取は政治的な意味合いが強い。プーチン大統領の指導の下で行われる作戦で成果を収めているという正当性をアピールしようとしているのだろう」と述べた。

2)「まさに天王山の戦い」アウディイフカの戦況は?

ウクライナ軍の報道官は「『アウディイフカ』方面で戦っているロシア軍は4万人以上にのぼる。ロシア軍は損失を補うため訓練や食料が不足している動員兵や予備軍を再配置している」と発表した。

12月10日戦争研究所は「ロシア軍がコークス工場まで150mの地点に前進した」と主張した。」と伝えた。

補給路がある北側の戦いが激しくなってており、ロシア軍は「ベルディチ」「ステポベ」の2つの集落に攻勢をかけていると見られる。

元陸上自衛隊中部方面総監の山下氏は「ロシア軍は人海戦術でじりじりと支配地域を広げている。これまでは戦場の主導権はウクライナが持っていたが、今やロシアに移り非常に厳しい状況になっている。」とし「ロシア軍が北方から後方を遮断するとウクライナ軍は包囲され弾薬燃料がつきてしまう。まさに天王山の戦いだ。」と述べる。

緑:アウディイフカ
赤:ロシア軍制圧地域
緑:アウディイフカ  赤:ロシア軍制圧地域

現在、アウディイフカは、南側に「第110独立機械化旅団」、北側には欧米が提供した戦車「レオパルド2」を配備した「第47独立機械化旅団」の2つの精鋭部隊が配備されロシア軍の攻勢を食い止めている。

山下氏によると第110独立機械化旅団は包囲される恐れのある突出部分でロシアの前進を抑える役割を担い、第47独立機械化旅団は後方を閉じさせないように、ロシア軍の攻勢を抑えていると見られる。

ウクライナ軍

山下氏は、現状は戦力差はあるが、ウクライナ軍は西側の戦車と教育訓練を受けた精鋭部隊に後方地域を守らせている、として「万が一戦線を守り切れなくなったら、最も深いところにいる第110独立機械化旅団がロシア軍の攻撃を受けながらも逐次後退し、最終的には第47独立機械化旅団が圧力を吸収するという作戦をとる可能性がある。ウクライナ軍は後方に予備陣地も用意しているだろうが、その場合は後退はロシア軍に察知されたら失敗する。慎重な連携が必要になるだろう。」と今後の戦局を分析した。

ウクライナ軍

第47機械化旅団は、歩兵による突撃を繰り返すロシア軍に対し、2つの戦い方を行っているようだ。12月3日「ユーロマイダン・プレス」は、ウクライナ軍は「前進したロシア軍の歩兵をウクライナ軍が歩兵戦闘車や戦車などで挟み込むようにして迎撃」し「前進してくるロシア軍の歩兵をウクライナ軍がドローンと砲兵を連携させ迎撃した」と報じた。

山下はこの戦い方を「機動性がある部隊で“キルゾーン戦闘”を行っている。ロシア軍が攻撃してくる予想経路を見極め、火力を集中できる準備をして待ち受け、ロシア軍の攻撃を防いでいる。西側の戦い方でありそれを実践していると言える。ロシア軍は大統領選までに確保しろと指令されており余裕はない。しかし仮にここを撃破して前進したら士気は高くなるだろう。」と分析した。

廣瀬氏は「ウクライナは損耗が非常に激しくなっており厳しい。戦況にどう折り合いをつけるか今後決断を迫られるだろう。」と述べた。

3)ドローンに追われ…逃げ惑う最前線の兵士達

最前線の戦いは双方の兵士たちにとって過酷なものになっている。12月8日、アウディイフカ近辺の自爆ドローンの映像が公開された。

前線近くを歩く2人のロシア兵をウクライナ軍の「自爆ドローン」が攻撃し、逃げ回る兵士の近くに「自爆ドローン」が突っ込み爆発している。

自爆ドローン

両軍の「自爆ドローン」の使用方法にも変化が見られ、歩兵を標的にドローン攻撃が行われているという報道も増えている。12月8日のキーフ・インディペンデントは「つい数か月前まではウクライナもロシアもドローンで装甲車や軽車輛を優先的に攻撃していたがドローンが増えれば兵士1人1人が標的になる」「仲間の兵士は15機のドローンに狙われた」というウクライナ兵の証言も報じられた。

山下氏は「両軍がドローンを大量投入しており、防御側が有利なのは確かだ。しかし西側の経済制裁が効いておらずロシアの電子戦兵器の物量が増えており、ウクライナはドローンが使えず、電子戦兵器の精度も落ちている現状がある。」と現状を危惧した。

4)「世界が疲れたら私たちは死ぬ」米追加支援の遅れは?

今後の焦点となるのがアメリカの支援だ。12月4日、アメリカ行政管理予算局局長は議会指導部に「議会が行動を起こさなければ年末までに資金が枯渇する」という書簡を提出し、厳しい状況を吐露した。

砲弾
アメリカ

特に砲弾の影響が大きいとみられている。西側諸国はこれまで200万発以上の砲弾を提供し、うち60〜70%をアメリカが供与したとされるが、11月28日外交専門紙「フォーリン・アフェアーズ」はウクライナの弾薬と兵器の在庫はすでに不足している、と指摘した。

山下氏は「ウクライナは冬を見ながら弾薬の使用制限をしているが、冬には弾薬は枯渇するのではないかとみられ、早めの追加支援が必要だ。さらにアウディイフカ後方の平坦な地域では陣地の構築を強いられているという情報もあり、状況は切迫している。」と述べた。

12月7日、バイデン大統領は「プーチン大統領がウクライナを占領しても彼はそこで止まらないだろう。ロシア軍がNATOの地域に進出してくればアメリカ軍がロシア軍と戦うことになる。プーチンを勝たせるわけにはいかない」と危機感をにじませた声明を発表した。

バイデン大統領

末延氏は「バイデン大統領は大統領選でも苦戦が予想されており、発言自体がアメリカの弱さを露呈している。今必要なのは、早く支援予算をつくり武器を送ることだ。武器支援と同時にアメリカ国内や国際的な世論戦を改めて立て直し強化することが必要だ。」と述べた。

夫人

12月9日、ゼレンスキー大統領の妻オレーナ・ゼレンスカさんは声明を発表した。
「私たちはこの状況に疲弊することができません。なぜならそうすれば死んでしまうからです。世界が疲れたらただ私たちを死なせるでしょう」

冬を迎え、ウクライナ軍の苦境が続く。

山下裕貴(元陸上自衛隊中部方面総監)

廣瀬陽子(慶応大学教授、専門は国際政治学、旧ソ連からロシアを中心に研究、著書『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』など)

末延吉正(東海大学教授、ジャーナリスト、元テレビ朝日政治部長)

「BS朝日 日曜スクープ 2023年12月10日放送分より」

  • 緑:アウディイフカ  赤:ロシア軍制圧地域

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