水原被告が異例の「スピード有罪合意」 背景と量刑の見通しは? 米専門家に聞く

[2024/05/11 10:00]

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現地5月8日、アメリカ連邦検察は大谷翔平選手の元通訳、水原一平被告(39)を銀行詐欺と虚偽の納税申告の罪で起訴した。水原被告は、有罪答弁による司法取引に異例のスピードで合意し、今後、正式な裁判は行われない。

背景には何があったのか、司法取引による減刑はどの程度なのか。連邦検察の元刑事部次長で、連邦刑法ハンドブックの著者でもある、ロヨラ・メリーマウント大学のローリー・レヴェンソン教授に話を聞いた。
(テレビ朝日ロサンゼルス支局長 力石大輔)

■「光速を超える速さ」双方が早期解決を図りたい理由

記者:発覚は3月、訴追は4月、起訴は5月。急展開をどう見ますか。

例えるならば、SFドラマ『スタートレック』のワープドライブ級の、光速を超える速さです。きっと水原被告に、早期解決を図りたい理由があったのでしょう。各関係者の責任の所在を、明確にしたかったのだと思います。連邦検察側にも、同じ意図があったと思います。大谷選手が完全な被害者であり、責任が全くないことを明確にしたかったので、手続きを早急に進めたのでしょう。今回の事件では、銀行詐欺罪だけでなく多くの関連する罪で訴追することが出来ましたが、実際、連邦検察は銀行詐欺のみで訴追していました。

記者:一方でなぜ起訴の段階で、虚偽の納税申告の罪が加えられたのでしょうか。

今回の事件捜査には、連邦検察だけでなくIRS(内国歳入庁)が加わりました。アメリカにおいて、脱税は重罪です。金額によっては、刑務所に入らなければなりません。それは納税が、共に社会を形成するための、民主主義の根幹だからです。連邦検察はなるべく早く、有罪答弁による司法取引で決着させるべく、焦点を銀行詐欺罪だけに絞ったと思いますが、IRSは虚偽の納税申告を起訴内容に入れるよう、強く要望したのではないでしょうか。巨額のお金を不正に得て、その分まで収入として適切に納税する人は、いませんよね。全米がこの事件に注目する中、「脱税は許されないのだ」というIRSの強いメッセージ性を感じます。

■量刑はどうなる?「“裁判コスト削減”でポイント軽減も」

水原被告

記者:2つの罪を合わせて最大で禁固33年ですが、実際の量刑はどれぐらいになるのでしょうか。

禁固6〜7年と考えています。連邦法では、量刑ガイドラインのポイント表を参照した上で、裁判官が量刑を決定します。罪名によってベースのポイントは異なり、そこに悪質性や被害金額など、様々な観点から加点していくものです。ポイントが多くなればなるほど、量刑は重くなります。
今回の場合、銀行詐欺罪のベースポイントに被害金額などを合わせると、合計29ポイントとなります。虚偽の納税申告の罪では合計22ポイントです。単純にポイントを足し合わせて表を参照すると、水原被告のように初犯であっても、終身刑となってしまいます。ただ、ここには注意が必要です。今回の場合、水原被告が大谷選手からお金を不正に送金したことによって、銀行詐欺罪が成立しています。その上で、不正にお金を得たため、虚偽の納税申告の罪を犯した訳です。銀行詐欺がなければ、虚偽の納税申告は生まれないのです。こうした、同じグループに複数の罪が属している場合、ポイントが高い方だけを採用するのです。今回の場合は銀行詐欺の方が高いので、29ポイントからスタートします。
連邦検事の記者会見 2024年4月11日
連邦検事の記者会見 2024年4月11日

記者:量刑ガイドラインのポイントは「マイナス2」となりますが。

被告人は自ら責任を受容し、正式裁判での陪審員による評決を待たず、有罪答弁すれば、ポイントが差し引かれ、減刑を受けられます。これが、そのマイナス2ポイントです。これがまさに、有罪答弁による司法取引です。文書の中で、連邦検察は「裁判官の判断で、さらにマイナス1ポイントしてもよい」と伝えています。これは本来、正式な裁判に向けた整理手続きの段階で、有罪答弁をすれば得られる、追加のマイナス1ポイントのことです。
水原被告の場合は、公判前整理手続きが行われる前に有罪答弁しようとしているため、制度上は得られませんが、「裁判に向けたコストをより削減できたのだから、与えても良いのでは」と伝えている訳です。この追加のマイナス1ポイントを裁判官が認めるかどうかは分からないので、マイナス2ポイントとして計算すると、水原被告は27ポイント(禁固70〜87カ月)となり、量刑は禁固6年〜7年ほどになるのではないかと予想します。ただガイドラインは、あくまでガイドラインです。最後は裁判官が判断します。

■「有罪判決の97%が有罪答弁」その理由と問題

教授

記者:今後の裁判所での手続きはどういうものでしょうか。

罪状認否の手続きをした上で、裁判官の前で有罪答弁を行うことになります。その際には裁判官は、誰かに脅されていないか、自由な意思で有罪答弁をしようとしているのかなど、本人へ入念に確認します。前文で「我らと我らの子孫のために、自由の恵沢を確保する目的をもって制定する」と書かれているように、合衆国憲法は自由であることを重要視しているからです。判決の言い渡しは、そこから数カ月後になるでしょう。

記者:米国ではなぜ有罪答弁による司法取引が多いのでしょうか。

連邦の有罪判決の97%ほどが、有罪答弁によるものです。先ほど説明した減刑措置があることが大きく、一部からは自白の強要、冤罪に繋がるのではという指摘もあるほどです。正式な裁判では、市民が務める陪審員が有罪、無罪の評決を決めた上で、裁判官が量刑を決めます。ただアメリカでは、恐ろしく事件が多く、全ての事件で正式裁判を行うには、陪審員を召喚し、裁判官を確保する費用が膨大に掛かることも事実です。その費用は、市民の税金から捻出されます。アメリカ合衆国憲法が陪審裁判を規定している通り、理想の民主主義を実現するには、投票と同じレベルで、市民が陪審に参加することが重要です。しかし、この忙しい世の中で、義務とはいえ、市民が陪審員を全うしづらいのも事実です。
水原被告

記者:水原被告についてどう思いますか。

久しぶりに、ドジャースタジアムで野球を観ました。大谷選手はノーヒットだったけれど、楽しかったです。素敵な選手だと思いました。彼のユニフォームが高くて、驚きました。本当に人気がある選手なのだと思います。
水原被告は、そんな彼を支える素晴らしい仕事をしていたわけですが、歯を治す前に、依存症の治療を受けるべきです。起訴内容が事実であれば、悪質性は高いと言わざる得ません。ただ、有罪を認めるのは、とても早かったです。そこに希望を感じています。
  • ローリー・レヴェンソン教授
  • 連邦検事の記者会見 2024年4月11日

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