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2025年1月16日 17:30

トランプ氏「グリーンランド購入」領土拡大構想 中ロへの警戒…新たな支援者の意向も

2025年1月16日 17:30

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1月20日、米大統領就任式に臨むトランプ氏。1月7日の記者会見では、2期目の取り組みについて多岐に渡って言及し、“領土拡大”への意欲まで示した。今回は、その中でも最も大きな波紋を広げている「グリーンランド買収」発言に焦点を当て、その真意を読み解く。専門家は、中国・ロシアの北極圏進出から、新たな支援者の意向まで、複雑な利害が絡み合っていると指摘する。

1)“デンマークへの圧力強化”北極圏への影響力拡大の狙い

トランプ氏は1月7日の会見で、「国家安全保障のためにグリーンランドが必要だ。デンマークに法的な権利があるのなら放棄すべきだ。我々が国家安全保障のために必要としているのだから」と発言。グリーンランドを獲得するため、関税引き上げなどの「経済的圧力」、さらには「軍事的圧力」など強硬な手段を使うことも否定しなかった。 

グリーンランドは、デンマーク領。1979年、自治権を獲得し、予算の半分はデンマークからの補助金だ。グリーンランドは今、2つの面から重要性が高まっている。1つが「経済的な重要性」。レアアース埋蔵量が未開発地域で世界最大規模であり、アメリカの埋蔵量と同等とされている。もう1つが「軍事的な重要性」だ。アメリカのピツフィク宇宙軍基地があり、「北米に対するICBMの監視」と「中国の核搭載潜水艦が北極海に展開することを監視」。北極圏の要衝としての重要性がある。

小谷哲男氏は(明海大学教授)は、今回のトランプ氏の発言について、圧力によりアメリカの影響力を増す狙いがあると分析する。

1940年代に入ってくると、米ソ冷戦という観点でグリーンランドの戦略的重要性が再確認された。トルーマン大統領が1946年、デンマークにグリーンランド購入を持ちかけて拒否されたが、実はこれをきっかけにグリーンランドにおける米軍のプレゼンスをデンマークが認めるという方向にも進んでいる。アメリカからすれば、「グリーンランド購入」という圧力により軍事的な協力が進んだ経験をしている。1期目にもトランプ氏はグリーンランド購入に言及しているが、今回はどちらかと言えば、圧力をかけることで、グリーンランドに対するアメリカの影響力を増したいという思いが込められているように見える。

このトランプ氏の発言を欧州各国はどのように捉えたのか。鶴岡路人氏(慶応義塾大学准教授)は、「相当本気なようだという認識はだいぶ浸透している」としつつ、「『不動産屋さん的発想』で議論しているところが気になる」と指摘する。

まず本来、その土地の所有権と、主権というのは全く別の問題だ。外国で土地を買ったからと言って自国のものにはならない。土地を買ったから国境線が変わるということではない。そのあたりが整理されていない。2つ目に、なぜ買いたいのか。欧州側から見た時に、既にグリーンランドには米軍基地があり、米軍基地の設置は、購入の理由にはならない。海外の米軍基地を負担と考える傾向のあるトランプ政権が、さらに資金を投じて基地を拡張したいのかという点も疑問だ。加えて、近年、レアアースがさらに見つかっているという事情はあるにせよ、グリーンランドからすれば、これまで投資を呼びかけても米企業の反応はあまりはかばかしくなかった。投資したいだけならば、アメリカの一部にする必要もない。デンマーク側も欧州側も、アメリカが何を意図して領有を求めているのか、まだ測りかねていると思う。
アメリカの安全保障、地政学的に重要というロジックと、「不動産取引」的に、いい場所にあるからその土地が欲しいという主張が混然一体になっている。

2)アメリカは“自由世界”を守るのか? 北極圏での中国・ロシアの脅威

グリーンランドに対しては近年、中国とロシアも関与を強めている。ロシアはグリーンランドを経済安全保障で重要な地域と位置づけている。中国は2018年1月、北極海航路「氷上のシルクロード」建設に向け「北極政策白書」を発表。鉱山開発やレアアース関連の現地企業を設立している。

トランプ氏は7日の会見で「あの辺りでは双眼鏡がなくても中国船やロシア船があちこちに見える。このようなことは許してはならない」と言及。バイデン政権も国防総省が北極戦略を発表し、その中で中国を北極圏における米国の主な脅威と位置付けていた。

グリーンランド

小谷哲男氏(明海大学教授)は、トランプ政権1期目やバイデン政権も、北極圏における中国やロシアの脅威に強い危機感を抱いてきたと指摘する。

中国は北極圏に面してはいないが、ロシアを通じて北極海におけるプレゼンスを増してきた。両国間の協力関係も深まっており、グリーンランドに対する投資などもかなり拡大してきている。今は民間レベルでの協力に収まっているが、港湾や空港施設を開発する中で、軍事的に利用されるのではないかという懸念は非常に高まっている。
中国ロシア

杉田弘毅氏(ジャーナリスト/元共同通信論説委員長)は、1期目のトランプ政権での対応を踏まえつつ、今回の発言を分析する。

2018年、第1期トランプ政権時、中国がグリーンランドで空港、滑走路3本を造ろうとして、当時のマティス国防長官が「これはまずい」と、デンマークの国防大臣に直談判した。「グリーンランドは開発のために空港を欲しがっている。もともと、あなたの国のものなのだから、あなたの国がきちんと補助金を出して空港を作ってあげたらいいじゃないか。そうでなければ中国が出てくるぞ」と説得。デンマークが空港建設の資金を拠出し、中国は空港を造れなかった。こうした記憶が、アメリカの安全保障に関わっている人間には鮮明にある。だからこそ、常に危機感を持って、何らかの手を打っていくという流れの中で、今回のトランプ氏の発言になったのだろう。

3)「“ビッグテック系”の意向も…」 欧州有数の親米国との今後は?

2期目を迎えるトランプ政権。CNNは、デンマーク当局がトランプ氏の側近から、今回は本気であると警告されたと報じている。小谷哲男氏(明海大学教授)も、1期目とは確実に違うと指摘する。

1期目の政権内には、グリーンランド買収に反対するボルトン補佐官のような人物がいたが、今回はいない。加えて、新たな勢力、イーロン・マスク氏を含むビックテック系の人たちがこの取引を後押ししている。ビックテック系の人たちは、アメリカのエネルギーの自給体制をつくることを目指している。AIも含め、大量の電力が必要で、電力を安定して安く賄うためには、アメリカ国内だけではなく、グリーンランドの資源が欲しいところだ。トランプ・ジュニア氏がグリーンランドを訪れたときには、ビッグテック系の人たちが何人も加わっている。
一番の狙いは、デンマークへ圧力をかけることで、アメリカが望んでいることを認めさせること。それができないようなら、本気でグリーンランドを獲りたいと。安全保障に加えて、資源、エネルギーの需給体制を確実にしたいというビッグテック系の思惑が今回はかなり入ってきている。
側近

アメリカのニュースサイトによれば、デンマークがトランプ氏のチームに対し、売却の意思はないことを示しつつも、グリーンランドの安全保障の強化や、アメリカ軍のプレゼンスの拡大について協議する意向を示すメッセージを非公式に送った。鶴岡路人氏(慶応義塾大学准教授)は、両国の関係を以下のように分析する。

デンマーク
アメリカにとってデンマークは欧州有数の親米国家。NATOへのコミットメント等、オランダと並んで、アメリカに非常に近い立場だ。そのような国とわざわざ対立するのは、本来、アメリカの利益にもならない。デンマークからすると、アメリカとの関係は壊したくないが、領有しないとできないことは何なのか、不思議に思っているのではないか。軍事基地を拡大したいのであれば交渉する。
もうひとつ重要なのは独立運動との関係。デンマークとしては、グリーンランドの頭越しにアメリカと協議を進めるのは避けたい。フレデリクセン首相も、グリーンランドはグリーンランドのものだと強調している。勝手にデンマークとアメリカが売り買いするという、帝国主義的なことはできないというのがデンマークの考えだと思う。

<出演者プロフィール>

小谷哲男(明海大学教授。米国の外交関係・安全保障政策の情勢に精通。「日本国際問題研究所」の主任研究員を兼務。)

鶴岡路人(慶応大学准教授。現代欧州政治・国際安全保障などを専門に研究。著書に「模索するNATO-米欧同盟の実像」(千倉書房))

杉田弘毅(ジャーナリスト。21年度「日本記者クラブ賞」。明治大学特任教授。共同通信でワシントン支局長、論説委員長などを歴任。著書に「国際報道を問い直す-ウクライナ紛争とメディアの使命」(ちくま書房)など)

(「BS朝日 日曜スクープ」2024年1月12日放送分より)