1月20日、米大統領就任式に臨むトランプ氏。1月7日の記者会見では、2期目の取り組みについて多岐に渡って言及し、“領土拡大”への意欲まで示した。今回は、その中でも最も大きな波紋を広げている「グリーンランド買収」発言に焦点を当て、その真意を読み解く。専門家は、中国・ロシアの北極圏進出から、新たな支援者の意向まで、複雑な利害が絡み合っていると指摘する。
1)“デンマークへの圧力強化”北極圏への影響力拡大の狙い
トランプ氏は1月7日の会見で、「国家安全保障のためにグリーンランドが必要だ。デンマークに法的な権利があるのなら放棄すべきだ。我々が国家安全保障のために必要としているのだから」と発言。グリーンランドを獲得するため、関税引き上げなどの「経済的圧力」、さらには「軍事的圧力」など強硬な手段を使うことも否定しなかった。
グリーンランドは、デンマーク領。1979年、自治権を獲得し、予算の半分はデンマークからの補助金だ。グリーンランドは今、2つの面から重要性が高まっている。1つが「経済的な重要性」。レアアース埋蔵量が未開発地域で世界最大規模であり、アメリカの埋蔵量と同等とされている。もう1つが「軍事的な重要性」だ。アメリカのピツフィク宇宙軍基地があり、「北米に対するICBMの監視」と「中国の核搭載潜水艦が北極海に展開することを監視」。北極圏の要衝としての重要性がある。
小谷哲男氏は(明海大学教授)は、今回のトランプ氏の発言について、圧力によりアメリカの影響力を増す狙いがあると分析する。
このトランプ氏の発言を欧州各国はどのように捉えたのか。鶴岡路人氏(慶応義塾大学准教授)は、「相当本気なようだという認識はだいぶ浸透している」としつつ、「『不動産屋さん的発想』で議論しているところが気になる」と指摘する。
アメリカの安全保障、地政学的に重要というロジックと、「不動産取引」的に、いい場所にあるからその土地が欲しいという主張が混然一体になっている。
2)アメリカは“自由世界”を守るのか? 北極圏での中国・ロシアの脅威
グリーンランドに対しては近年、中国とロシアも関与を強めている。ロシアはグリーンランドを経済安全保障で重要な地域と位置づけている。中国は2018年1月、北極海航路「氷上のシルクロード」建設に向け「北極政策白書」を発表。鉱山開発やレアアース関連の現地企業を設立している。
トランプ氏は7日の会見で「あの辺りでは双眼鏡がなくても中国船やロシア船があちこちに見える。このようなことは許してはならない」と言及。バイデン政権も国防総省が北極戦略を発表し、その中で中国を北極圏における米国の主な脅威と位置付けていた。
小谷哲男氏(明海大学教授)は、トランプ政権1期目やバイデン政権も、北極圏における中国やロシアの脅威に強い危機感を抱いてきたと指摘する。
杉田弘毅氏(ジャーナリスト/元共同通信論説委員長)は、1期目のトランプ政権での対応を踏まえつつ、今回の発言を分析する。
3)「“ビッグテック系”の意向も…」 欧州有数の親米国との今後は?
2期目を迎えるトランプ政権。CNNは、デンマーク当局がトランプ氏の側近から、今回は本気であると警告されたと報じている。小谷哲男氏(明海大学教授)も、1期目とは確実に違うと指摘する。
一番の狙いは、デンマークへ圧力をかけることで、アメリカが望んでいることを認めさせること。それができないようなら、本気でグリーンランドを獲りたいと。安全保障に加えて、資源、エネルギーの需給体制を確実にしたいというビッグテック系の思惑が今回はかなり入ってきている。
アメリカのニュースサイトによれば、デンマークがトランプ氏のチームに対し、売却の意思はないことを示しつつも、グリーンランドの安全保障の強化や、アメリカ軍のプレゼンスの拡大について協議する意向を示すメッセージを非公式に送った。鶴岡路人氏(慶応義塾大学准教授)は、両国の関係を以下のように分析する。
もうひとつ重要なのは独立運動との関係。デンマークとしては、グリーンランドの頭越しにアメリカと協議を進めるのは避けたい。フレデリクセン首相も、グリーンランドはグリーンランドのものだと強調している。勝手にデンマークとアメリカが売り買いするという、帝国主義的なことはできないというのがデンマークの考えだと思う。
<出演者プロフィール>
小谷哲男(明海大学教授。米国の外交関係・安全保障政策の情勢に精通。「日本国際問題研究所」の主任研究員を兼務。)
鶴岡路人(慶応大学准教授。現代欧州政治・国際安全保障などを専門に研究。著書に「模索するNATO-米欧同盟の実像」(千倉書房))
杉田弘毅(ジャーナリスト。21年度「日本記者クラブ賞」。明治大学特任教授。共同通信でワシントン支局長、論説委員長などを歴任。著書に「国際報道を問い直す-ウクライナ紛争とメディアの使命」(ちくま書房)など)
(「BS朝日 日曜スクープ」2024年1月12日放送分より)