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2025年1月12日 10:00

米トランプ氏の対“中国”人事 国防次官に抜擢“異例”の戦略家とは 中国展望2025

2025年1月12日 10:00

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中国の経済減速が否めない状況の中、アメリカのトランプ次期大統領は重要ポストに対中強硬派を次々と起用。既に国務長官に指名されているマルコ・ルビオ氏に加え、国防次官のポストに、エルブリッジ A. コルビー氏という戦略家を抜擢した。専門家は、この人事からトランプ政権の対中戦略が浮かび上がると分析。さらに、米中の対立が激化するのを踏まえ、日本は戦略的な対応が必要になると指摘する。

1) 重要ポストに新たな対中強硬派コルビー氏起用

既に国務長官に指名されているルビオ氏は、アメリカ議会の中でも中国に対して最も強硬派で知られ、現在も中国から入国禁止の制裁を受けている。柯 隆(かりゅう)氏(東京財団政策研究所主席研究員)は、「ルビオ氏は、中国から制裁を受けていて、北京に行くことができない。どこで米中外相会談を行うのか」と懸念を示す。

さらにトランプ氏は、去年12月22日、国防総省ナンバー3の国防次官にコルビー元国防副次官補を起用すると発表。コルビー氏はトランプ政権が2018年に対中戦略を転換し強硬策を打ち出した際、国防総省内で議論を主導したとされている。

コルビー氏とはどのような考えを持つ人物なのか。コルビー氏は著作「アジア・ファースト 新・アメリカの軍事戦略」(エルブリッジ A. コルビー著 文春新書)の中で、「現在の中国も、アメリカにとって対処することが非常に難しいライバルになりつつあります。それを前提として国家戦略や軍事戦略を組み立てる必要がある」と指摘し、覇権を目指す中国に対して日本などを主要メンバーとする反覇権連合を提唱。さらに、著作の中で「私の提唱している目標は中国のアジアにおける覇権を『拒否』すること。つまりその侵略を止めることにあります」「とにかく中国の支配で生きたくないのであればこの同盟に加わってもらって協力するということ」などと、述べている。

コルビー氏

峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)は、かねてからコルビー氏を取材し、今回の著作の校閲やファクトチェックにも関わった。今回のコルビー氏起用を以下のように分析する。

ワシントンの「対中強硬派」には、いま2つの派閥があり、ひとつは、国務長官だったポンペオ氏や副次官だったマット・ポッティンジャー氏のように、中国共産党はすべて悪で、この共産党体制をひっくり返さなければいけないという人たち。もう一つが、コルビー氏のようなプライオリタイザー派いわゆる“優先順位づけ派”と言われる人たちで、別に共産党体制が残るのは構わないが、武力を行使させたり、アジアでの覇権をとらせたりすることを拒否しなければならないという考え方だ。ある意味、かなり現実的な対中強硬派であることがポイントだ。アメリカのリソースは限られているからこそ、一番の競争相手である中国に向き合わなければならないという主張は、トランプ氏の対中強硬姿勢と非常に親和性が高いということで選ばれた。
国防次官は、国防総省ナンバー3のポジションではあるが、国防長官、副長官に名前が挙がっている2人は、国防総省で働いたことがない、いわば安全保障の素人だ。そういう意味では、コルビー氏が実質上のNo.1というか、実質的にアメリカのトランプ政権の安全保障を率いる人物となるので、非常に注目している。
コルビー氏

末延吉正氏(ジャーナリスト/元テレビ朝日政治部長)は、コルビー氏の著作(「アジア・ファースト 新・アメリカの軍事戦略」文春新書)の内容を踏まえた上で、石破政権の対応を注視する。

コルビー氏は、腕力でぐいぐい行くような強硬派ではない。著作は「アジアから目を離すな」という言葉など、読みやすく書かれている。ディテールやファクトが非常にしっかりしていて、分析もスマートだ。地政学、歴史上起きたことが淡々と記述されている。アジアのことを、地政学を含め非常によくわかっている内容だった。ポンペオ氏に代表されるような「中国共産党はダメだ」というイデオロギッシュな叩き方ではなく、非常にスマートなリアリストだと思う。
ただし、中国の覇権主義を抑えるためには最終的に軍備の問題で、軍事力の抑止力が効かないといけないとする反覇権連合の提唱は、日本にとって課題だ。日本には防衛費の問題あるいは駐留費の問題が出てくる。石破政権は、石橋湛山研究会への参加者が目立つが、ともすればアメリカを軽く見過ぎていると受け取られかねない。アメリカとの距離感を間違え、中国に入れ込み過ぎることになるのではないかと。

2) 新国防次官は“日本通”「日本の防衛費はGDP比3%に」

国防次官に指名されたコルビー氏は、自身のXで、日本は防衛費をGDP比3%に引き上げるべきと主張してきた。峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)は、コルビー氏は日本のことを熟知していると指摘する。

コルビー氏は、父親の仕事の都合で8年日本に住んでいたこともあり、本物の日本通だ。彼は本当のアジアのプロで、日本のことを分かり尽くしている。だからこそ、しっかり向き合わないと大変なことになる。彼が最も強調していることは、日本は防衛費をもっと上げて上げるべきて、自分のことは自分で守れるようにすべきだという点だ。彼は私と会うたびに言うのは、「我々アメリカがこれだけ中国を脅威だと思っているのに、日本はなぜこんなに危機感が薄いのか。地理的に日本の方が中国に近いのだから、もっと自分で防衛力を強化すべきだ」と。
昨年9月にコルビー氏が来日した際に意見交換をした際には、「日本は防衛費をGDP比4%にすべき」と強調していた。米国から言われる前に、日本は自らが中国の脅威を考えて、十分な抑止力を上げるにはどのぐらいの防衛費が必要なのかを算出し、主導的に対中戦略を確立することが重要だと考える。

今後の日中関係について柯 隆氏(東京財団政策研究所主席研究員)は、課題も含め以下のように分析をした。

最近の中国の対日外交を見ると、日本と関係改善しようとしていることが伺える。戦狼(せんろう)外交はもう終わり、今度は、よりソフトな「パンダ外交」だと。だが、それで本当に改善できるかどうか。今後、米中の対立は必ず激化するので、日本としては、いかにして巻き込まれないようにするかというのが第一のポイントだ。日本にとって賢いやり方は、感情的にならず、いかに実利を取るか。そのための戦略を考えなければならない。きちんとした分析の上で、戦略を作るというのが、2025年の日本の課題ではないか。

末延吉正氏(ジャーナリスト/元テレビ朝日政治部長)は、トランプ氏との関係構築の重要性を指摘しつつ、米中に向き合う2025年の日本の姿勢について以下のように述べた。

故安倍元総理は、「日本人は、もっと自分の国を守るというリアリズムを持たなければ、他の国もサポートはしてくれない」とよく言っていた。中国はそのあたりの日本の言論戦を分断してくるかもしれない。やはりカードはトランプ氏だ。キッシンジャー氏はトランプ氏のことを「一つの大きな歴史が終わるとき、その虚飾をはぎ取る人物の一人かもしれない」と表現している。トランプ氏の行儀の悪いところだけを見て、本質を見ずにいると、日本の外交は誤っていく。中国に課せられる関税は他人事ではなく、日本にも必ずやってくる。石破政権は是非、色々な人の意見を聞いて取り組んでいただきたい。

【前編はこちら】「万里の長城」絵画前から演説…習近平国家主席の真意と経済減速 中国展望2025

<出演者プロフィール>

柯 隆(かりゅう)(東京財団政策研究所主席研究員。専門は中国のマクロ経済。近著に「中国不動産バブル」(文春新書)など関連は多数)

峯村健司(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。近著に『あぶない中国共産党』(小学館新書)『台湾有事と日本の危機』(PHP新書)。『中国「軍事強国」への夢』(劉明福著 文春新書)も監訳。中国の安全保障政策に関する報道でボーン上田記念国際記者賞受賞)

末延吉正(元テレビ朝日政治部長。ジャーナリスト。永田町や霞が関に独自の情報網を持つ。湾岸戦争などで各国を取材し、国際問題にも精通)

(「BS朝日 日曜スクープ」2025年1月5日放送分より)