1月24日、中国南部、深セン市の中級法院(中国の刑事裁判は二審制で、その一審)で、去年9月に発生した日本人学校の児童刺殺事件の被告の初公判があった。
開廷は午前9時30分。審理はおよそ1時間で終了したが、その後の展開が異例だった。傍聴した広州の日本総領事館員に「午後3時からの公判再開」が伝えられたのだ。
法廷で何が起きたのか。公判終了後に北京で行われた金杉大使の“ぶら下がり”で明らかとなった。
初公判当日という異例のスピードで、死刑判決が下されたのだ。
実は前日23日にも、去年6月に起きた中国東部、蘇州の日本人親子切りつけ事件の被告に死刑判決が言い渡されていた。また20日には、去年11月に中国南部の珠海と、中国東部の無錫で起きた無差別殺傷事件について、異例のスピードで死刑が執行されている。
1月29日の春節を前に相次いだ「駆け込み」とも思える死刑判決や死刑執行。背景には、いったい何があるのか?
中国便り30号
ANN中国総局長 冨坂範明 2025年01月
■深セン事件 「日本人学校を狙ったのか」には触れず
初公判の日に、異例のスピードで死刑判決が出た深センの事件。
故意殺人の罪で死刑を言い渡されたのは45歳の鐘長春被告。判決には、「日本」についての言及はなかった。傍聴した総領事館員によると、以下がその内容だ。
ただ、人を殺してまでインターネットで注目を集めたかった理由については、明かされていない。また、日本人にとっては最も重要な点である「日本人学校を狙ったのか」については、一切触れられなかった。
■蘇州事件でも「日本」への言及なし
その前日、1月23日に死刑が言い渡された蘇州事件は、去年6月に発生した。バス停でスクールバスを待っていた日本人親子が襲われ負傷し、バスの案内役だった中国人女性、胡友平さん(54)が刺されて亡くなった。
1月9日が初公判、23日が第2回となる判決公判だったが、実質的な審理は9日一日ですべて終わっていた。
故意殺人の罪で死刑を言い渡されたのは52歳の周加勝被告。こちらも判決で、「日本」についての言及はなかった。
蘇州事件の判決でも「日本人学校を狙ったのか」についての言及はなかった。また、なぜ借金を背負ったのか、どのくらいの額の借金があったのか、事件に至った背景は、明らかにされていない。
春節前に駆け込みで言い渡された印象がぬぐえない深セン、蘇州の事件の死刑判決から感じたのは、「日本人学校を狙ったのか」という点をあいまいにしたまま、幕引きを図ろうという当局の姿勢だ。「日本人学校」の話題が出ることで、反日感情をあおり、模倣犯が発生することを懸念した可能性もある。いずれにしても、中国在住の日本人の不安は、払しょくされないままでの判決となった。
次のページは
■珠海・無錫の無差別殺傷事件 “駆け込み”で死刑執行■珠海・無錫の無差別殺傷事件 “駆け込み”で死刑執行
さらに3日前の1月20日には、2件の無差別殺傷事件について、死刑が執行された。
去年11月に珠海市で起きた35人死亡の乗用車暴走事件と、同じく11月に無錫市で起きた8人死亡の刃物切り付け事件だ。
この2つの事件に関しては、どちらも12月中に死刑判決が下されていたが、報道は一切なかった。2人の被告はどちらも上訴せずに判決が確定。死刑が執行された後に、ようやく発表された。
事件から2カ月、判決からでは1カ月という中国でも異例のスピードでの死刑執行について、中国の司法関係者は、珠海の事件後に出された、「犯人を厳罰に処し、リスクを管理し、極端な事件の発生を防ぐ」という習近平国家主席の「重要指示」が背景にあるのではと指摘した。
「春節が始まる前に死刑を執行し、社会不安を払しょくする必要があった」というのが彼の見立てだ。
中国は、司法制度にも「党の指導」が厳然と存在する。政治的な理由で、死刑の早期執行が行われた可能性もあるという。2人の被告がなぜ上訴しなかったのかは、わかっていない。
■報じられない爆発 習主席の視察が関係か?
これらの事件は、裁判の過程が不透明とはいえ、事件については警察が発表し報道が許されてきた。
一方、春節直前に中国東北部、瀋陽市で起きた爆発事案は、その発生についてさえ、ほとんど報じられていない。
爆発が起きたのは1月26日の昼頃、場所は有名な食品市場の近くだった。Xなど、中国国外のSNSでは当時の様子とみられる動画が投稿され、人が倒れている様子などが確認できる。ただし、中国国内のSNSでは爆発に関する情報は一切出てこない。発生時に爆発を報じた中国メディアの記事もすぐに削除されている。
実は、この市場は習近平国家主席が爆発の3日前に訪問していた場所だった。厳しい報道統制の背景には、習主席の視察直後に爆発が起きたことを知らせたくない、政府の思惑があると考えられる。
駆け込みで行われたかに見える死刑判決と死刑執行、発生すら報じられない爆発事案…。一連の不透明な処理の背景には、「社会の安定」を最重要視し、自由な事件報道を許さない現政権の姿勢があるのだろう。
日本人が絡んだ深センと蘇州の事件に関しては、総領事館員の傍聴を認めた点で、日本に一定の配慮があったといえるが、それでも現時点では、真相解明にはほど遠い。
事件の実態とその背景を伝えることは、再発を防ぐ観点からも、非常に重要だと考える。中国での事件取材は非常にハードルが高いが、ひるまずにチャレンジしていきたい。