ウクライナ本格侵攻から丸3 年。
アメリカのトランプ大統領の就任で、アメリカとロシアによる停戦に向けた交渉が始まった。
ウクライナのゼレンスキー大統領が当事者不在と批判するように、アメリカ、イギリス、ソ連(当時)の超大国のみで第二次世界大戦の戦後処理を話し合った「ヤルタ会談」にも例えられる。
トランプ大統領は2月中にロシアのプーチン大統領と直接会談する意向を示し、プーチン大統領も「ドナルドに会いたい」などと前向きなそぶりを見せる。
だが、互いの友好的な発言とは裏腹に、首脳会談に向けた駆け引きは不信に満ちているようだ。
「問題は、『会談のテーマ』と『合意文書への署名』だ。
トランプ・チームはいかなる文書への署名も拒否していることだ」
あるクレムリンに近い関係者は、米ロ首脳会談にむけた交渉をめぐり、そう指摘する。
水面下で、どのような駆け引きがあるのだろうか?
そして、この戦争を外交の力で終わらせることは本当にできるのだろうか?
(ANN取材団)
要求の譲歩はしないプーチン政権
クレムリンに近い関係者によると、トランプ政権はウクライナ問題の解決のみに首脳会談の焦点を絞りたいという。
それに対して、プーチン政権は、今回の米ロ間の接触の3年ぶりの再開を「米ロ関係の修復だ」と位置づけている。経済制裁などをはじめ幅広いテーマで会談することを求めていて、交渉のスタート地点、何について話し合うかの議題からして、まったく折り合いがついていないという。
停戦交渉についてだけをみても、プーチン政権は常に対話の用意があると繰り返しているが、実際にはゼレンスキー政権の退陣や、ウクライナ東部4州すべての領土、ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)への非加盟の確約などで、譲歩する構えは一切見せていない。
3年ぶりの米ロ高官協議に参加したロシア直接投資基金のドミトリエフ総裁は「ロシアの封じ込め政策は失敗した」と語り、欧米の結束にくさびを打ち込んだ形だ。プーチン政権は、トランプ大統領との会談でアメリカとヨーロッパの分断を決定的にしたいようだ。
文書で確約を迫るロシア
プーチン政権がトランプ大統領に迫っているのが首脳会談後の「合意文書」への署名だという。
トランプ大統領は最近、過剰にプーチン大統領に寄り添う発言を繰り返すようになった。たとえば、ゼレンスキー氏の大統領としての正当性を疑い、19日には改めて「選挙を経ていない独裁者だ」と明言した。まさに昨年3月にウクライナが戒厳令を理由に大統領選挙を延期して以降、プーチン政権が繰り返してきた言説をそのまま受け入れての発言だ。
こうした言動から「トランプ氏は完全にロシアに取り込まれた」という見方が西側諸国を中心に広がっている。
しかし皮肉にも、当のクレムリンは、ロシア寄りのトランプ発言に確信を持てていないようだ。
トランプ氏の言動を振り返れば、彼が自身の発言の一貫性に気を使っているようには到底見えない。ロシアとウクライナの停戦も大統領選挙時に24時間で解決すると言っておきながら、いつの間にか言い訳することもなく、半年に期間を延ばす。
状況が変われば、トランプ大統領は、とたんにゼレンスキー大統領を持ち上げる発言をし出すかもしれないとみているのだ。
だからこそ、プーチン政権は、トランプ氏が後戻りしないよう首脳会談で合意文書を作成し、署名させることを迫っている。一方で、トランプ政権は言質を取られぬよう、いかなる文書への署名を拒否しているのだ。
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追い込まれているのはトランプ氏かプーチン氏か?追い込まれているのはトランプ氏かプーチン氏か?
クレムリンに近い関係者は、「トランプ氏は早く会談したいと焦っている」と指摘する。トランプ大統領にとっては就任後に素早く行動に移すダイナミズムが必要だとみているのだ。「会談テーマ」や「合意文書の署名」などでトランプ政権の手足を縛るような厳しい条件を課しても、最終的にはトランプ氏がプーチン政権の条件に応じて首脳会談を行うと考えているようだ。
実際にトランプ大統領は24日、「プーチン大統領と戦争の終結にくわえ、アメリカとロシアの間での主要な経済開発取引について真剣に話し合っている」とSNSに投稿。
その直後、プーチン大統領はモスクワ時間の夜遅く、レアアースに関する会議を急遽開き、アメリカとの共同開発の可能性などを提案する。レアアースをめぐるウクライナとの交渉が難航しているのを意識して、トランプ氏をさらにロシア側に引きこもうとしているようだ。
会議後には国営メディアのインタビューにも応じ、ロシア産アルミニウムのアメリカへの供給や、国防費の半減についてアメリカと交渉する用意があるなどと甘い言葉を並べる。
ただ、一方のロシアも時間が多く残されているわけではなく、トランプ大統領が折れるのをじっと待っているというわけにもいかない。多額の契約金を示した兵士募集の看板が街の至るところに掲げられ、兵士不足は深刻化している。戦死者、負傷者も増え続けている。
また、今後のウクライナやヨーロッパ諸国の対応次第で、トランプ氏がいつどのように翻意するかもわからない。ロシアに少しでも有利な状況のうちに、譲れない条件でも折れざるを得ない可能性もある。
沈黙を貫く中国、インド
プーチン大統領は中国との関係でもジレンマにさらされていると指摘される。
トランプ大統領がロシアと近づこうとする狙いの一つは、中国とロシアの切り離しだ。プーチン氏がトランプ氏との関係改善を優先すれば、中国が、ロシアから離れていく可能性もある。今のロシア経済に中国との貿易は不可欠で、習近平国家主席の意向はプーチン政権にとって大きな不安材料だ。
プーチン大統領は侵攻を始めて3年となる2月24日、習主席に電話をし、3年ぶりとなったサウジアラビアでのアメリカとの高官協議の内容について説明している。
また、ロシアのモルグロフ駐中国大使が、習主席が5月9日にモスクワで行われる対独戦勝記念の軍事パレードに出席すると早々に明言したり、ラブロフ外相が「プーチン大統領は夏に訪中し対日戦勝記念日の式典に出席する」と議会で公式に明らかにしたりしている。中国側は習主席の5月のモスクワ訪問を公式には発表しておらず、微妙な温度差をうかがわせる。
対米関係を模索する一方で、中国との関係悪化を避けたいという苦悩がにじみ出ているかのようだ。
ロシア経済を支えるもう一つの大国、インドも息を潜める。
インド外交筋は、プーチン大統領から5月9日の軍事パレードへの招待が届いたと明かすが、モディ首相はまだ決断しないという。
「外交のプロトコル上は、プーチン大統領がインドに来る番だ。招待に簡単に応じるわけにはいかない」
「たしかにインドは、ロシアから格安の石油を大量に購入し大きな利益を得てきた。しかし、それを失ってもインド経済が崩壊することはないが、ロシアは違う」と強気だ。
そのうえで、トランプ氏がロシアと直接進めようとするウクライナとの停戦仲介が成功する確率は低いとみていて、「失敗した場合、頼られればインドは仲裁に手を貸してもいい」と、主導権が舞い込んでくることを虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。
トランプ大統領がウクライナ侵攻の早期の解決に意欲を見せるほど、国際情勢は混迷を深め、外交的解決の道はむしろ遠のくようだ。