25日午後、東京都内の日本記者クラブで会見したドイツのペトラ・ジグムント駐日大使は断言した。23日のドイツの総選挙で第2党に躍進し存在感を見せつけた“極右政党”についての話だ。
今回の選挙で第1党となり、4年ぶりの政権返り咲きが確実となった最大野党「キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)」の得票率は 28.6%。CDUのメルツ党首は、新政権樹立のため、速やかに他党との連立協議を進める意向を示している。選挙から新政権が発足するまでに従来3カ月ほどかかっているところ、「イースター(今年は4月20日) までに新政権を発足させたい」と話す。
第2党となったAfDの得票率は、前回2021年の総選挙から倍増の20.8%。
ジグムント駐日大使は「連立相手には選ばれない」とみているが、AfDの顔であるアリス・ワイデル共同党首は、24日の選挙後の会見で政権入りへの野心を見せ、こう訴えた。
「移民排斥」や「ウクライナ支援の停止」を訴える極右政党の勢力拡大の背景には、「メルケル政権の“負の遺産”」がある。
“ヨーロッパの大国”ドイツでの極右躍進は、何を意味するのか。
(外報部 大原武蔵)
■投票率は 8 割超え 有権者を掘り起こした AfD
今回の総選挙の投票率は、1990年に東西ドイツが統合してから最も高い 82.5%に達した。ドイツの有権者の5人中4人が投票したということだ。ジグムント駐日大使は「選挙戦では移民の流入管理が大きな議論となった。AfDはこれまで投票所に足を運ばなかった層の動員に成功した」と分析した。
ドイツはいまだに東西の経済格差があり、西に比べて貧しい旧東側の5州すべてでAfDは勝利している。AfDはエネルギー価格をはじめとした物価の高騰に苦しみ、移民問題に不満を抱えた層の取り込みに成功したと現地メディアも伝えている。
現在、“極右”と称される AfD だが、不満を吸収していくことに長けていて、これまでも不満を抱えた層に刺さる政策を訴え、勢力を拡大してきた。
■「保守系政党」から「極右政党」へ “反移民”に至るまで
AfDはそもそも反 EU(ヨーロッパ連合)を訴える保守系の政党として2013年に誕生した。当初は、特にユーロ圏で財政危機に陥った国々を支援する「ユーロ救済政策」という政策を批判していた。当時ドイツは、財政破綻したギリシャの支援をしていて、国内の「なぜきちんとしていない国を支援しなければならない」という不満を追い風にしていた。
もう一つ、特徴的だったのは、最初期のAfDが、高学歴層をターゲットにしていたことだ。支持者の3分の2が博士号を持っているとされ、「教授の政党」とも呼ばれていた。
■難民の流入に「銃を使ってでも…」−AfD の極右化
2015年に、当時、社会民主党(SPD)と連立を組んでいた CDU・CSUのメルケル政権が、中東などからの移民や難民を積極的に受け入れ始めると、AfDには、移民排斥を訴える党員が増えていく。
大半の支持層であった保守的な男性の問題意識が「反EU」から「移民流入」に転換したことや、「反EU」を訴えつつも穏健な保守政治家でAfD創設者の 1人であるベルント・ルッケ氏が 2015 年の党大会で失脚したことが主な原因とみられている。そうして、だんだんと極右政党としての姿勢が鮮明になっていった。
2016年には、AfDの共同代表を務めていたペトリー氏が「必要なら銃を使ってでも、不法移民の侵入を防がなければならない」と発言し、批判を浴びている。
党内での一部の過激な発言は、意外にも国内外で受け入れられ、AfDの支持拡大に貢献した。ヨーロッパ各国で移民問題が表面化し、ドイツでは「ペギーダ」呼ばれる「ヨーロッパのイスラム化に反対する運動」が起きた。ドレスデンやライプツィヒなど旧東ドイツを中心に広がり、頻繁に開催されたデモで参加者らはメルケル政権を批判した。英エコノミスト誌によると、2015年の段階で「ペギーダ」に参加していた人のうち、10人に9人がAfD支持者だった。
■新たな 女性代表ワイデル氏
2022年、新たにアリス・ワイデル氏が共同党首となり、AfDの顔になった。
米国系の投資銀行で長く働き、経済学の博士号を持つ。中国での勤務経験から中国語話者でもある。私生活では、スリランカ人のパートナーがスイスで暮らしており、2人の養子を育てている。反グローバル化や反EUを訴える旧東ドイツの保守系男性が岩盤支持層のAfDでは異色のバックグラウンドだ。
そんなワイデル氏は、共同党首になる前から過激な発言を繰り返していた。
2018年の議会演説では、イスラム圏の移民を念頭にこう述べ、物議を醸した。
今回の選挙は、彼女がAfDの首相候補として指名された初の選挙戦だった。AfDは前回の選挙から得票率を倍増させ、大躍進し、ワイデル共同党首は「歴史的な結果を成し遂げた」と成果を誇示した。
ドイツの政治家の典型とはいえないワイデル氏のバックグラウンドや、アメリカのトランプ政権で要職に就くイーロン・マスク氏との交流などが旧東ドイツだけでなく、旧西ドイツでの支持拡大にもつながったのではないかとの分析もされている。
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■「メルケル時代の“負の遺産”」 その1「移民・難民」■「メルケル時代の“負の遺産”」 その1「移民・難民」
今回の総選挙でAfDが躍進した背景には、「メルケル時代の負の遺産」とも言える「移民・難民問題」と「財政難によるエネルギー問題」の2つがあったと指摘される。
難民の受け入れについて、当時のメルケル首相は「私たちならできる」という言葉をモットーに、ヨーロッパの大国としての寛容さを示した。
AfDは、「『私たちならできる』ではなく『あなたたち(国民)ならできる』だ」と国民に負担を強いていると批判を強めていた。
さらに、移民らや難民らによる犯罪が頻発すると懸念を煽(あお)っていた。
2016年には、西部のケルンで、女性が北アフリカ系の男性らに集団で性的暴行を受ける事件が起きた。2018年にも、南部のフライブルクで、シリア難民8人らが女性に集団暴行する事件があった。
こうした事件はドイツ社会の移民や難民に対するイメージを変えていった。
また、一部のドイツ国民の中には、このような凶悪事件を起こす移民や難民ために、多くの税金や社会保障が使われていることに不満を持っている人もいた。こうした状況は、AfDが支持を伸ばす土台を作っていた。
2018年には、寛容な移民政策を進めてきたメルケル氏が地方選挙で、自身の党が大敗したことを受けて、政界引退を発表。
しかし、ショルツ政権に移行しても移民や難民による事件は起き続けた。2024年8月には、西部のゾーリンゲンで3人が刺殺される事件があった。容疑者は、強制送還を逃れた26歳のシリア難民だった。法制度の抜け道を利用し、不法滞在していたのだ。管理が不十分で対策が打てない政権への批判が高まった。
ショルツ連立政権が崩壊し、今月の総選挙が決まった後も、移民・難民によるテロ事件が続発した。
東部マグデブルクで6人が死亡し約300人がけがをした去年12月のクリスマスマーケットでの暴走事件と、投票日の2日前にベルリンの「ホロコースト記念碑」で観光客が刺された事件は記憶に新しい。これらの事件が有権者の投票行動に影響したと現地メディアは分析している。
■ワイデル氏の「再移民」発言
AfDのワイデル共同党首は、選挙戦に入ってからも先鋭的な発言を連発していた。
これは1月の発言だ。この「再移民」という言葉、移民や難民として移住してき人を強制的に人種的出身地に帰す政策を説明した際に使われたものだ。ドイツ語では“Remigration “。実はナチスの時代にユダヤ人に対して使われた強制移住を表す “用語”で、ドイツでは言わば禁句だ。
ワイデル氏は、この発言で当然大きな批判を浴びたが、同時に一部の支持者はこの発言を擁護し、より一層、極右としての色を強めていった。
■「メルケル時代の“負の遺産”」 その 2「債務ブレーキ」と「エネルギー」
ドイツには財政の規律を守るための仕組みがあり、「債務ブレーキ」と呼ばれる。政府は借金(債務)を国内総生産(GDP)の0.35%未満に抑えなければならないと定めている。これは2009年に、メルケル政権が財政再建のために基本法(憲法)に盛り込んだものだ。
この「債務ブレーキ」が、ショルツ政権に混乱を生じさせた。
2011年の福島第一原発の事故を受けて、メルケル政権は、同6月に国内すべての原発を2020年までに停止する「原発ゼロ」を決めた。その代わり、2011年以降、ドイツはロシアの天然ガスに依存を強めていた。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻でドイツにはロシアからの低価格な天然ガスが入ってこなくなる。
エネルギー価格が高騰したため、ショルツ政権は、脱炭素のエネルギー政策やウクライナ支援の強化を訴え、新たな予算を確保しようとしていたが、「債務ブレーキ」がそれを阻む。
新たな予算を確保したかったショルツ政権が考えた逃げ道は、「緊急事態条項」だった。コロナ禍でも適用されたのだが、「緊急的に予算が必要なため、債務ブレーキの適用を避ける」というものだ。しかし、連立を組んでいた自由民主党(FDP)は、財政の安定を重視し、緊急事態条項の適用に反対していた。政権内に亀裂が走った結果、FDPは政権離脱を決め、連立は崩壊した。
こうして、ショルツ氏らが模索していたウクライナ支援やエネルギー政策の新予算の確保はできなくなった。
AfDはこうした状況下で、化石燃料を使った火力発電所の強化や原子力発電の再開を主張している。さらに、ロシアへの制裁を解除し、低価格の天然ガスの輸入を再開するべきとも訴えている。
ドイツ国民の多くは、ウクライナ支援が必要と感じつつも、現実的にロシアからのエネルギーが必要という問題に直面しているのだ。
■次期政権と AfD の関係は “防火壁”の侵食は止まるか
今回の選挙を経て、第1党になったキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)がどの政党との連立を組むかが、今後の最大の注目点だ。
CDUのメルツ党首は、AfDとの連立政権を否定しているが、AfDが政策決定に関与することは可能だ。
実際、CDUは、選挙前に国民からの評価を得ようと、移民や難民の流入を厳格にする決議の採決を議会に提案した。CDUはその過程で、極右(AfD)の協力を得ることとなり、決議は採択された。
ドイツの主要政党には、ナチス時代の反省から極右勢力との協力を禁止とする「防火壁」“Brandmauer“という暗黙の了解がある。CDUはこの長年尊重されてきたタブーを破ってしまったのだ。
「防火壁」の侵食ついて今後の懸念を感じるか、との私の質問に、ジグムント駐日大使は、このように答えた。
しかし、大使はAfDとの今後の向き合い方について、次のようにも発言している。
まさにここに、ドイツの運命を決める要素が詰まっている。楽観視はできないのだ。AfDは、もはや「極端な政党だ」と蚊帳の外に置いておけないほどの民意を得たように思える。新たな “民意” とどう向き合うか、新政権は大きな難題に直面するだろう。