ウクライナは3月11日、米国との高官協議を行い、ロシアとの30日間の停戦を受け入れる用意があると表明した。この協議に先立ち、『BS朝日 日曜スクープ』では、米国がウクライナへの軍事支援を一時停止し、ロシアがウクライナへの攻勢を強化した状況で、一連の動きを分析した。トランプ政権の“内情”とは?そして、ウクライナは厳しい状況を脱して、停戦交渉を有利に進めることができるのか。
1)“トランプディール”米国の軍事支援停止で攻勢を強めたロシア
停戦交渉を急ぐトランプ大統領の“ディール”が戦況に大きな影響を与えている。米国は、トランプ大統領とゼレンスキー大統領の会談決裂後、ウクライナへの軍事支援を一時停止した。この措置は、高軌道ロケット砲システムHIMARS(ハイマース)や防空システム「パトリオット」など、米国が提供した兵器に影響が出るだけではない。トランプ政権は「軍事情報の共有」も停止したのだ。
ウクライナは、ロシアがミサイルやドローンを発射した際の情報も米国から提供されなくなった。ウクライナ軍指揮官は「ウクライナ東部から南部にかけて1300kmの前線沿いにいる多くの部隊が諜報活動の約90%をアメリカの情報収集に頼っている」と発言。さらにニューズウィークは「情報共有の停止」で民間人の被害も拡大すると指摘した。
その懸念は現実となる。ロシア軍は米国の支援停止後の3月7日、ウクライナへの大規模な空爆を行い、巡行ミサイルなど70発、ドローンおよそ200機で、インフラなどを集中的に攻撃した。さらに翌8日には、ドネツク州の集合住宅などを攻撃し、少なくとも死者20人、負傷者は幼い子どもら55人が確認された。
米国からの軍事情報が止まったタイミングでの、ロシアによる大規模な空爆。山添博史氏(防衛省防衛研究所米欧ロシア研究室長)は、以下のように分析する。
ウクライナへの軍事支援を止めると、ウクライナがロシアを攻撃する能力が下がるとともに、ウクライナ人が一人ずつ死んでいく結果になる。そうならないために、アメリカはウクライナに対する軍事支援をしてきた。そのことをトランプ大統領がどれほど理解しているのか問題になってくる。
2)トランプ大統領は“ロシア制裁”に言及も… 浮かび上がる政権の“内情”
トランプ大統領は3月7日、ロシアのロシアの大規模攻撃を受けて「ロシアが現在、戦場でウクライナを叩きのめしているという事実に基づいて、停戦と平和に関する最終的な和解協定が成立するまで、ロシアに対する銀行への大規模な制裁、それから関税を設けることを真剣に検討している」と警告した。
ウクライナへの支援の停止がロシアの攻勢を強める可能性はトランプ大統領の念頭にはなかったのか。峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)はトランプ政権の内情を以下のように分析をした。
先日、国防総省の関係者に話を聞いたが、バイデン政権の際に、次期トランプ政権が止めるかもしれないということで、ウクライナに相当な兵器の「駆け込み供与」を行っていた。そのストックがあるので数か月はもつという。ただ、軍事情報は完全に停止しているらしく、ウクライナ側の被害の拡大は非常に懸念される。
杉田弘毅氏(ジャーナリスト/元共同通信論説委員長)はトランプ氏の対応に一貫性が欠けるとして以下のように断じた。
3)クルスク州でウクライナ軍が危機的状況に… 停戦への道筋は
ウクライナ軍が一部の地域を占拠しているロシアのクルスク州でも、ロシア軍は攻勢を大幅に強化している。「スジャ」という町の近郊でウクライナ軍の防衛線を突破した。ロシア軍は戦力を増強し、3月5日、6日に突破口を開いていて、1万人のウクライナ兵が包囲される危機にあるという。山添博史氏(防衛省防衛研究所米欧ロシア研究室長)は、トランプ政権が停戦交渉に乗り出したことで、ロシアがクルスク州“奪還”作戦を早めた可能性があると指摘する。
というのは、クルスク州にウクライナ軍が残ったままで停戦交渉をすることになれば、ロシアはそれを返してもらうために大きく譲歩するという弱い立場での交渉になる。停戦交渉はまだまだ先だろうとロシアは見ていたが、ここにきて停戦が現実味を帯びてきたことで、その前にクルクス州を奪回すべく力を入れているようだ。
今年の2月半ばにポクロウシクを実際に見てきた専門家から話を聞いた。その時点でウクライナ軍は、士気も旺盛で補給も続いていて、何カ月か戦えそうだったと。実際にその後もウクライナ軍がロシアに反撃する場面は、ポクロウシク周辺でもクルスク州でもあった。ただ、軍事情報が途切れると効果的な作戦ができないというのがその専門家の見解だ。これまでの環境であれば、ウクライナはまだまだ反撃できる状況だったが、急激に厳しくなっている。
トランプ大統領が停戦に向けて取ってきた行動が逆にロシアの攻勢を強めている状況だが、3月11日には米国とウクライナの高官協議が行われる。峯村健司氏(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)は「安全保障担当のウォルツ大統領補佐官やCIAのラトクリフ長官も軍事支援の再開はありうると言っている。ある程度、戦況のバランスが取れていないと停戦に向かわない。両者のバランスを取るとみている」と分析する。
杉田弘毅氏(ジャーナリスト/元共同通信論説委員長)は今後の見通しを以下のように語った。
<出演者プロフィール>
峯村健司(キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。近著に『あぶない中国共産党』『台湾有事と日本の危機』。『中国「軍事強国」への夢』も監訳。中国の安全保障政策に関する報道でボーン上田記念国際記者賞受賞)
山添博史(防衛省防衛研究所米欧ロシア研究室長。ロシアの安全保障を研究。共著「大国間競争の新常態」(インターブックス)を2023年に上梓。)
杉田弘毅(ジャーナリスト。21年度「日本記者クラブ賞」。明治大学特任教授。共同通信でワシントン支局長、論説委員長などを歴任。著書に「国際報道を問い直す-ウクライナ紛争とメディアの使命(ちくま書房)」など)
(「BS朝日 日曜スクープ」3月9日放送分より)