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2025年5月23日 11:30

【トランプ政権の対中国戦略】半導体規制“撤回”しての中東訪問 AI覇権争い“シェア奪い合い”へ戦略シフト

2025年5月23日 11:30

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トランプ大統領は、関税引き上げで世界に衝撃を与え、ウクライナ停戦に向けてはロシアと交渉したが、米国の最大の競争相手は中国と捉えている。中でも、次世代産業のカギを握る人工知能、AI開発をめぐる米中の覇権争いは激しさを増す。ところが、トランプ政権は、中国への流出防止が目的の、AI向け半導体の輸出規制を撤回した。一体なぜか。トランプ大統領の中東訪問を読み解くと、“戦略シフト”の真意が見えてくる。

1)トランプ政権 中国対策の半導体規制を撤回 その真意は?

バイデン前政権は今年1月、中国のAI技術発展を抑える目的で世界各国と地域を3つのグループに分け、米企業エヌビディア製の最先端半導体の輸出規制をすると発表した。

第1グループは日本などG7、韓国、台湾など19の国や地域で、輸出の制限がない。
第2グループはインド、ブラジルや、今回トランプ大統領が訪れたサウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)などおよそ120カ国で、輸出量に上限がある。
そして第3グループは中国、ロシア、北朝鮮、イランなどの24の国や地域で、輸出は事実上禁止だ。 

この規制は5月15日に発効予定だったが、発効2日前の5月13日、トランプ政権は撤回した。米メディアの報道によれば、「トランプ政権は新たな独自のアプローチを策定中で、今後は各国・地域との個別交渉に軸足を移す可能性がある」という。トランプ大統領の中東訪問(5月13日〜16日)に合わせての規制撤回となった。

鈴木一人氏(東京大学大学院教授)は、「第2グループの中でも特に中東諸国を、輸出制限のない第1グループに入れることを検討していたのではないか」と指摘する。

半導体の輸出規制“撤回”をサウジアラビアも期待していた部分がある。サウジアラビアとしては、次世代の産業を育てていくことが第一であり、今後、脱炭素・脱石油の経済を作って行く上で、AIサービス分野における先端産業を育てることが発展のためには不可欠だ。特にエヌビディアの半導体がかなりの数が必要になってくるので、制限が撤回されアクセスできるようになったことはサウジアラビアにとって重要だ。ムハンマド皇太子が発表した『ビジョン2030』には、医療分野や様々な新しい分野におけるAIの活用が盛り込まれている。その分野に特化したAIや、生成AIのいずれも、サウジアラビアの新たな産業として育てていきたいという狙いがある。
小西さん

小谷哲男氏(明海大学教授)は、半導体規制の撤回はトランプ政権・中東諸国の双方が望んでいたと指摘した。

これは商務長官のラトニック氏とホワイトハウスでAI、最先端技術を担当しているデービット・サックス氏の2人が中心となって進めてきたと聞いている。中東からも、“脱石油”という観点からAIを積極的にそれぞれの国の経済政策に活かしていきたいという要望がある中で、バイデン政権の規制があると十分にできないため、この規制を撤回し、アメリカの半導体のシェアを中東でも広げたい、と。一方で、アメリカ本国におけるAIのデータセンターへの投資を中東から呼び込み、まさにwin-winの関係を作ることができる。

2)中東で動き出したAIビジネス 安全保障上の思惑も錯綜

トランプ大統領の中東訪問、そして半導体規制の撤回と呼応するように、中東を舞台にAIを活用したビジネスが次々と進展している。サウジアラビアでは、複数の米企業がサウジアラビアの新たなAI企業「ヒューメイン」と戦略的提携を発表。さらに米国は、UAEに対してエヌビディア製の最先端半導体100万個以上の輸入を認めることを検討するなど、巨額の商談が動き始めた。

中東訪問

小谷哲男氏(明海大学教授)は、こうしたトランプ政権と中東各国のAI産業の推進には、安全保障上の狙いも関連していると指摘する。

トランプ氏は、関税をかけて国内の製造業を守ると言っているが、実際にアメリカが輸出できるのはハイテク、ビックテック系のサービス。それらを積極的に打ち出していきたいということだ。ヨーロッパに輸出するのは様々な規制があり難しいが、中東であればライバルもおらず規制もないので出しやすい。しかも1期目のときに『アブラハム合意』を結んで中東をより安定させ、ビジネスしやすい環境を作った。AIを含めて最先端技術あるいはサービスを中東に輸出する土壌を作るのが今回の歴訪の目的だ。
米国の政権が民主党であれば、サウジアラビアの人権状況に口を出さざるを得ないが、トランプ政権はそこを気にする必要はない。ただ、2019年、トランプ政権1期目にサウジアラビアの石油関連施設がイランの支援を受けたフーシ派から攻撃を受けた。そのときトランプ政権が動かなかったこともあり、サウジアラビアにはアメリカに対する不安もある。その不安を解消するためにも、経済や防衛産業レベルでの協力を深めて安全保障を強めたいという狙いもある。
鈴木さん

鈴木一人氏(東京大学大学院教授)は、米国とサウジアラビアの関係について、イラン核合意をめぐる交渉も絡めて指摘した。

トランプ大統領はイランとの交渉を始めている。イランの核合意が進めば、イランの核開発能力が維持される可能性がある。2015年のイラン核合意の際、サウジアラビアは非常に強く反対をしていた。トランプ氏としては、様々なビジネス関係を作ることで、イランとの交渉を進めるにあたり、サウジアラビアに口出しをさせないという側面もあるのだろう。

3)米政府「ファーウェイの使用は認めない」 AI覇権争いの行方は?

トランプ政権の半導体規制の撤回について、米メディアの報道によれば、米政府当局者の一部は米国から湾岸諸国に輸出されたAI半導体が最終的に中国を利する恐れがあり、これを防ぐ十分な対策が取られていないと懸念している。現時点での、中国への対処はどうなっているのか。米商務省は中国の通信機器大手ファーウェイが開発したAI半導体『アセンド』を使用した場合、「世界のどの国でも」米国の輸出管理規則に違反するとの指針を発表した。

中東

鈴木一人氏(東京大学大学院教授)は、トランプ政権の“戦略シフト”を指摘する。

バイデン政権は、中国の半導体はまだ劣っておりアメリカの半導体を輸出してしまうと中東から中国に流れるかもしれないという懸念を抱いていた。ところが中国の半導体は、今やアメリカの半導体に迫る性能を持つようになっている。このまま規制をかけていては、中東の国々は中国の半導体を買う可能性があり、トランプ政権はその可能性をより恐れ、“中国の半導体を買うな、代わりにアメリカのものをたくさん売る”という戦略にシフトした。中東諸国へ“中国排除”のメッセージを伝えることが今回の歴訪の目的だ。

小谷哲男氏(明海大学教授)も、米中のAI覇権争いは“シェア争い”に突入したとして、以下のように分析した。

従来、中国の半導体能力を抑えることを目指してきたがなかなかうまくいかず、中国の半導体の能力も上がってきている。今後は輸出の規制よりも、各地での中国製半導体とアメリカ製半導体のシェア争いという方向に舵が切られていく。AIを含めた最先端技術に関してアメリカは譲るつもりはなく、今後も争い続けていくだろう。一方で、アメリカはレアアースの輸出規制を中国側からかけられ弱みを握られた状態だ。この先始まる米中関税交渉でアメリカだけが強気の立場で交渉を進めていくのは難しい。

さらに鈴木一人氏(東京大学大学院教授)は、AIモデルの開発でも中国企業ディープシークが台頭してきたことを踏まえ「アメリカが輸出規制をするほど、中国では“自分たちで開発をしよう”というインセンティブが高まり、開発に拍車がかかった。今後の争いは規制戦ではなく、双方が正面からぶつかり合う形になる」と予測する。

中国

番組アンカーの末延吉正氏(ジャーナリスト/元テレビ朝日政治部長)は、AIはじめハイテク分野での米中の覇権争いが激化する中、日本も対応は急務と訴えた。

AI半導体の分野は中国が急速に力をつけている。これに対しアメリカは中東を舞台に切り返しを図る。日本ももっと上手くフォローアップしていく必要がある。日本も技術革新を進めて前に行かなくてはならない。国内向けの、内向きの政治をやっていると世界に置いていかれる。極めて重要な時だ。

<出演者プロフィール>

小谷哲男(明海大学教授。米国の外交関係・安全保障政策の情勢に精通。「日本国際問題研究所」の主任研究員を兼務。)

鈴木一人(東京大学公共政策大学院教授。専門は国際政治経済学。AIをめぐる国際競争に精通。近著「資源と経済の世界地図」(PHP研究所)など多数

末延吉正(元テレビ朝日政治部長。ジャーナリスト。東海大学平和戦略国際研究所客員教授。永田町や霞が関に独自の情報網を持つ。湾岸戦争などで各国を取材し、国際問題にも精通)

(「BS朝日 日曜スクープ」2025年5月18日放送分より)