衆議院解散の瞬間 1979・80年 大平総理[2021/10/14 19:45]

昭和の衆議院解散の瞬間映像をシリーズで公開します。
大平正芳総理大臣による2回の解散です。

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1979年9月7日 “増税解散”

天皇陛下からの詔書が到着、議長応接室に運び込まれます。
本会議場には議員らが集まっています。

大平総理の様子です。
灘尾弘吉議長らが本会議場に入場、着席。

灘尾弘吉議長:
 休憩前に引き続き会議を開きます。

玉沢徳一郎議員:
 議長ー!

灘尾議長:
 玉沢徳一郎君

玉沢議員:
 多賀谷真稔君外12名提出、大平内閣不信任決議案は、提出者の要求のとおり…
 (怒号で音がかき消される)

灘尾議長:
 玉沢徳一郎君の動議に御異議ありませんか。

議場から:
 異議なし

灘尾議長:
 御異議なしと認めます。よって、日程は追加せられました。

灘尾議長:
 大平内閣不信任決議案を議題といたします。

田中六助官房長官が本会議場に入場し、解散詔書を包んだ“紫の袱紗(ふくさ)”を手渡します。
風呂敷の包みが開けられ、灘尾議長に手渡されます。

灘尾議長:
 ただいま内閣総理大臣から、詔書が発せられた旨伝えられましたから、朗読いたします。
 日本国憲法第七条により、衆議院を解散する。

議場内に議員らの万歳や歓声があがり、拍手が響きました。午後6時45分のことでした。

大平総理は一礼ののち本会議場を退出しました。
議員らも互いに握手を交わし、本会議場を退出していきます。

大平総理は一般消費税導入を掲げ、野党だけでなく党内からの反対にもあいます。
内閣不信任決議案が提出され、解散・総選挙に臨みました。

大平総理:
 一言にはなかなか言い尽くせないんだけども、新しい自信と勇気を蓄えて、重い責任に答えなきゃならんという使命感でいっぱいです。

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1980年5月19日 “ハプニング解散”

大平正芳総理大臣による2回目の衆議院解散です。

3日前の16日、大平総理に対する野党の不信任決議案が、自民党反主流派の本会議欠席でに予想外に可決され、
大平総理は内閣総辞職ではなく、衆議院解散を選びます。

灘尾弘吉衆議院議長は本会議を開かず、衆議院議長の応接室で解散手続きが行われました。

伊東正義官房長官が、解散詔書を包んだ“紫の袱紗”を持って応接室に入ります。
渡された詔書を瀬尾弘吉議長が読み上げます。

灘尾弘吉議長:
 ただいま内閣総理大臣から、詔書が発せられた旨、伝えられましたから、朗読いたします。
 日本国憲法第七条により、衆議院を解散する。

こうした経緯から、“ハプニング解散”と言われました。
大平総理は投票日の10日前、選挙中の6月12日に急死しました。

※この映像にはナレーションはありません。ご了承ください。

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