写真家の6年「月命日は被災地に」レンズ越しの笑顔[2017/03/18 16:15]

「あたりまえがあたりまえでなくなったあの日から、何気ない日常の尊さ、そしてたいせつなもののたいせつさをより気付かされる。」(「3.11からの手紙/音の声」より)

今月、福島空港で写真展が開かれました。
震災当初から変わらない駅の景色、そして南三陸町の防災庁舎など、震災の爪痕を写した写真が並びます。
この写真展で、一際人々の目をひきつけていた写真があります。料理を楽しむ子供や公園を元気に走る子供たち…そこに写っていたのは被災地の人たちの笑顔でした。

この写真展を開催したのは、写真家の石井麻木さんです。
「知ってもらいたい」という思いから6年、毎月11日には被災地を出来るだけ訪れ写真を撮っています。
11日は、多くの震災の犠牲者の月命日です。

初めのころ、石井さんは悲しみに暮れる被災者にカメラを向けることがなかなか出来ませんでした。
しかし、被災地に通い続けると人々の表情がだんだんと変わってきたといいます。
「どんどん笑顔が増えていったのが印象的で…月命日に会うことを楽しみにするようになったっておっしゃってくれた」と石井さんが話します。

3月11日、石井さんは福島県郡山市の仮設住宅を訪れました。原発事故の影響で富岡町と川内村から避難した人が暮らしていて、石井さんはこれまで何度もここで暮らす人たちを撮影しています。
この日は、1軒の仮設住宅に被災者らが集まりました。富岡町から避難している関根富子さんの住宅です。
富子さんは、この仮設住宅で暮らして6年になります。その間に夫を亡くし、長男と二人で暮らしていますが、今も原発事故の影響で故郷に帰ることが出来ません。
富子さんの住宅の壁には、石井さんが撮影した写真などが一面に飾られています。先の見えない避難生活の中で月に一回、みんなが集まって石井さんに写真を撮ってもらうことは数少ない楽しみの一つです。違う土地の人たちが同じ場所に避難して6年、今ではみんなが家族のようになりました。

富岡町の大部分は、4月1日に避難指示が解除されます。しかし、富子さんの家は6年の間に荒れ果て、今後は住んだことのないいわき市の復興公営住宅に移るつもりです。
原発事故は再び人々を離れ離れにしようとする中、石井さんが「集まれる場所を作って、来れる方はそこで集まって、毎月11日に一緒に楽しい時間を過ごせたら」と話しました。

こんな記事も読まれています