「心愛は鼻歌を歌っていた」父は事実を語ったのか[2020/03/07 06:31]

長かった裁判も終盤を迎えた。3月6日、父親が検察官から問われたのは、心愛さん(当時10)が死亡した当日の出来事について。心愛さんが「動かない」と通報した去年1月24日午後11時8分。直前までの浴室で何があったのか。浴室には被告と心愛さんしかいなかった。2人しか知らないはずの“事実”が語られるのか。前日3月5日の裁判で、弁護人の質問に対しては泣きながら語った父親。しかし、この日は「分からない」「覚えていない」を連発した。家族の証言と食い違う説明を繰り返す被告に検察官や裁判長は何度も「本当のことを言っているのか」と詰め寄った。


―食い違う証言 心愛さん死亡の2日前
 起訴状に書かれた検察側の主張はこうだ。

 “被告は、去年1月22日午後10時から1月24日午後11時まで、強度に衰弱させることも構わないと考え、心愛さんに食事を与えないなど飢餓状態にし、浴室に立たせ続けるなど強度のストレスを与えた末に、冷水のシャワーを顔面に浴びせ続けるなどして死亡させた”

 検察官の質問は心愛さんが死亡する2日前、1月22日のことから始まった。

 検察官:「(22日の)夕食後に心愛さんを立たせましたか」
 父親:「はっきりと覚えていませんが、だいたい午後10時から午前2時までです」
 検察官:「立たせた理由はなんですか」
 父親:「覚えていません」
 検察官:「心愛さんは自分から『立っている』と言ったんですか」
 父親:「はっきりとは分かりませんが、そのようになるかもしれません」

 検察官:「妻の証言では心愛さんは朝にも立っていたと。それは違うんですか」
 父親:「はい」
 検察官:「嘘をついていると?」
 父親:「事実はお話しした通りです」

 あくまでも自分が指示したから立っていたのではなく、心愛さんが自分から「やる」と言ってきたと主張する被告。被告と心愛さんの母親。死亡した心愛さん以外では2人しか知らない家の中の状況は度々、食い違う。「妻が嘘をついているということか」と聞かれれば、被告は必ず「事実をお話ししている」と応じた。


―心愛さん死亡前日の夜 風呂場で何があったのか
 心愛さんの母親の証言によると、心愛さんの食事は死亡の前日から用意しなかった。被告に「作らなくていい」と言われたという。これに対し、父親は心愛さんが食事を取ったかどうかについて「分からない」「覚えていない」と答え、母親に指示もしていないとボソボソと話した。

 そして、父親が夜中に心愛さんを風呂場で立たせたことに話が移ると、検察官の口調は徐々に強くなっていく。母親は死亡前日、「夜から朝まで心愛さんは風呂場にいたと思う」と証言している。

 検察官:「あくまで心愛さんが『朝まで立っている』と言ってきた?」
 父親:「言ったのは事実です」
 検察官:「仮にあなたの話が本当だとすると、なぜ心愛さんは自分から『朝まで立っている』と言うほど追い込まれてたんですか」
 父親:「そう答えないと私に怒られると思ったのではないかと」
 検察官:「何でそんな親子関係なんですか」
 父親:「私に怒られないよう、そう答えたんだと思います」

 ここでも心愛さんは「自分で立っている」と言ったので立たせていたと主張する被告。仮に話が本当で、心愛さんが自分で「立ちます」と言ったとしても、かつて同じようなことを強制されたことがなければ10歳の女の子はそんなことを自発的に言わないのではないか、そう感じた。


―死亡当日の昼
 死亡当日の1月24日。父親によれば、昼すぎに心愛さんは再び風呂場にいたという。風呂場になぜ心愛さんがいたのか聞かれると、父親は心愛さんが「自ら風呂場に行った」「行かないと怒られると思ったから風呂場に行ったのではないか」と主張した。そして検察官が首をかしげるような証言を始める。

 検察官:「あなたは心愛さんが風呂場にいて良い、そう思ったんですか」
 父親:「心愛の様子を見に行ったりもしましたが、浴槽のふちに腰掛けて鼻歌を歌っているのを見ると、このままで良いと思った」
 検察官:「亡くなった当日ですよ?心愛さんは飢餓状態で極度のストレス状態にあったのにそんなことできるんですか」
 父親:「本当にあったことなので」
 検察官:(首を傾げる)「その後、ボウルで冷水を掛けたんですか」
 父親:「はい」
 検察官:「何でそんなことするんですか」
 父親:「なかなか服が脱げなかったからです」
 検察官:「水を掛けたら服が脱げるなんて聞いたことないですよ?その時の心愛さんの表情は?」
 父親:「覚えていません」
 検察官:「1月の真冬に実の父親から冷水を掛けられてるんですよ?表情は目に焼き付いてないんですか?」
 父親:「はい(平然とした口調)」

 検察官は勇一郎被告の答えにあきれたような表情を見せながら質問を続けた。聞いていても質問と答えがかみ合っていない部分が多く、なぜ心愛さんを立たせたのか、水を掛けたのか、回答が腑(ふ)に落ちる部分はなかったように感じた。


―死亡の瞬間 被告だけが知っているはずの状況

 検察官:「ここからはあなたと心愛さんとの間だけで起きたことです。心愛さんが亡くなるまでに何があったんですか?」
 父親:「…どのようにお答えすればいいか分かりません」

 心愛さんが死亡した夜について、質問はこんなやり取りで始まった。死亡する1時間前、被告は心愛さんが失禁したため、それを片付けるように風呂場へ連れて行った。妻の証言によると、この時点で心愛さんはかなり衰弱していたという。その後、心愛さんは冷水のシャワーを浴びせ続けられ、死亡したとされている。公判では心愛さんを解剖した医師も証人として呼ばれ、心愛さんの肺には水がたまっていて溺水したと証言した。心愛さんはどのようにして死亡したのか。それを話せるのは被告だけだ。

 検察官:「心愛さんへのシャワーの掛け方について、あなたの口から教えて下さい」
 父親:「おでこの付近から心愛に向かって冷水のシャワーを掛けました」
 検察官:「何回、掛けたんですか」
 父親:「はっきりとは分かりませんが、3回くらいですよ」
 検察官:「口付近は」
 父親:「掛けてません」
 検察官:「その後、心愛さんにはどういうことがあったんですか」
 父親:「…最後に見たのは、目の辺りを拭いて、そのまま座りました(泣き出す)」
 検察官:「あのね…泣かなくていいですから」
 検察官:「きのう、あなたは心愛さんがストンと落ちたと言ってたけど、どういうことなんですか」
 父親:「座るまでの間を見ていないので分かりませんが、立っていた心愛がストンと座り込みました」
 検察官:「何でそうなったんですか」
 父親:「どうしてそうなったのか自分でも分かりません」
 検察官:「心愛さんに反応は?」
 父親:「反応はありませんでした」
 検察官:「その後、温水シャワーを掛けたのは何で」
 父親:「抱えた時に顔や手が冷たく感じたからです」
 検察官:「その後、110番までどれくらい」
 父親:「はっきりとは覚えていないが、10分から15分、長くてもそれくらいだと思います」
 検察官:「救急隊が到着すると死後硬直が始まっていたという話と合ってないのは分かってますか?」
 父親:「でも私は事実しか話していません」
 検察官:「その後、警察に通報するまでの空白の時間、何かしていたのではないですか?」
 父親:「絶対に天地神明に誓ってありません」

 心愛さんが「動かない」と通報するまでに何があったのか。被告は「シャワーは3秒くらいで口には掛けていない」と暴行を否定し、「自分でもなぜこうなったか分からない」と詳しく話すことはなかった。勇一郎被告が話した行為で心愛さんが死亡することはあり得ないのではないか。

 検察官:「いまだに責任を心愛さんに押し付けている、死人に口なしでおとしめているのが分からないのか」
 父親:「そのように言われるかもしれませんが、私が1年以上にわたってこの事件と向き合って、私なりの心愛への思いです」


―「本当のこと」を話しているのか?
 検察官の質問が終わった後、最後に裁判員や裁判長から父親へ直接質問する時間があった。裁判員からは事実を話しているのか、質問が相次いだ。

 裁判員(男性):「たった10秒シャワーを掛けただけで冷たくなりますか?」
 父親:「そう言われても冷たかったのでそうとしか」

 裁判員(女性):「他の人との証言の食い違いを指摘されていたが、あなたは証人からはめられた、おとしめられた被害者ということですか?」
 父親:「そのようには思いませんが、私は事実しかお話ししていません」


 最後に裁判長は―

 裁判長:「あなたの話だと、なかなかイメージつかないようなところがある気がするんだけど。あなた、本当のこと話しているんですよね?」
 父親:「話しています」
 裁判長:「…いいでしょう。では元の席に戻って下さい」


―証言がかみ合うことはなく
 3月6日で9回に及ぶ審理は終了した。昨年1月24日、千葉県野田市のアパートで何があったのか。父親は、行ったとされる暴行のほとんどを否定した。ここまで証人として出廷したのは被告の妹、被告の妻、児童相談所の職員など合わせて8人。その全員が「嘘をついている」「自分は事実のみ話している」と主張した父親。証言がかみ合うことはなかった。毎回、傍聴してきたが、感想を一言で言えば「残念」だ。裁判員は被告の証言を聞いて何を思ったのか。9日は検察側による論告と求刑、そして、沖縄に住む心愛さんの母方の祖母が証言する。

(社会部DV・児童虐待問題取材班 笠井理沙 鈴木大二朗)

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