ウグイス、セミ…9割削減の「季節観測」を考える[2020/11/14 23:12]

11月10日に気象庁から出された発表が波紋を呼んでいます。

ウグイスが「ホーホケキョー」と鳴き、タンポポが黄色い花を咲かせると春の訪れを感じ、セミが鳴くと夏を感じる。こんな日本らしい季節の移ろいを、気象庁はおよそ70年にわたって、職員の目や耳を通して観測してきました。

1953年から始まった「生物季節観測」。
現在は全国の気象台など58の地点で、動植物57種目を対象に行われています。

10日に気象庁が発表したのは、「生物季節観測」の種目を約9割削減する、というものでした。
残るのは「さくらの開花」や「かえでの紅葉・落葉」など6種目だけ。削減対象となったものは12月末をもって行われなくなります。

気象予報士は気象庁の決定をどう受け止めているのでしょうか?
また、これまで観測に携わってきた元職員はどう感じているのか、話を聞きました。


◆「自ら行う観測、残してほしい」

スーパーJチャンネルで毎日、天気を伝えている気象予報士の今村涼子さん。
「季節の移り変わりを感じられる観測が一気に減るのは、まず残念だし、情緒的に寂しい。伝える側としては、あってほしい情報です」

今村さんは「生物季節観測」を取材の参考にしてきたと言います。
「植物や動物の季節観測をきっかけに、きょうはこれを伝えよう。あるいはどこへ取材に出ようか、などの目安にしてきたところもありますね」

そして、季節観測の大幅な削減は、気象庁の職員にとって損失になると感じています。
「現在の予報作成作業はモニター越しで行うことが多いのです。パソコンだけではなく、自分の目で見て、肌で季節感を感じるというのは、天気を生業とする人には必要なことだと思います」
「自分自身で見る観測というのは、残してほしいです」


◆なぜ気象庁は止めるのか?

「生物季節観測」の種目の見直しを担当した、気象庁の観測整備計画課に聞いてみました。

「簡単に言えば、減らす種目は、目的にそぐわなくなったからです」
どういうことなのでしょうか?

「サクラの開花」や「セミの鳴き始め」などの「生物季節観測」は、季節の進み具合を総合的に判断する材料の一つとして活用されてきました。

しかし、2000年代に入ると全国的に都市化が進み、対象となっている動物や虫などが観測地点で見つからなくなることもありました。また、季節や気温と動植物の生態の関係に、ブレがみられるようになったというのです。

気象庁は2011年に「直近の30年間で8回以上観測できなかった動植物」を観測対象から外すことを決めました。
今年1月、「東京のウグイスの初鳴」もその対象となっていました。

さらに、観測対象の全体の見直しはおよそ10年に一度行われてきました。
今年がその年にあたり、大幅な削減という結果になりました。

ただ、今回対象から外れた動植物のなかには「30年間に8回以上観測」されたものも入っています。

果たして一気に9割減らすことに合理性があったのか、疑問も残ります。


◆限られた「資源」をどこに振り分けるのか

秋田地方気象台のトップをつとめた和田幸一郎さん。

現役当時は、通勤途中に鳥の鳴き声を聞くために耳を澄ましたり、モンシロチョウを探したり、開花などを知る指標となる木を管理したりすることもありました。

「生物季節観測」を負担とは思わなかったといいます。

「今までせっかくきっちりとってきた統計を、ここで終わらすのはもったいないという思いはありますね」
その一方で、観測対象の変更自体は珍しいことではないと話します。

「『生物季節観測』では、かつて海水浴の開始日や蚊帳の吊り始めの時期なども調べていました。その後、10年ほどで時代に合わなくなってきたということで廃止になりました」
「時代に合わせて変化するのは仕方がない部分もあるのではないでしょうか」

『生物季節観測』は各地方にある気象台の職員が担っています。

「削減の背景には地方気象台が求められる役割の変化もあるのではないか」と
和田さんは話しています。

「経験がないような災害が頻発する中で、市町村との連携や自主防災組織の支援など、防災面でのニーズが各段に上がってきています。測候所などをなくして地方気象台に何とか確保した人材を、防災のために活用することを期待される中で、限られた予算資源を使ってどこまで何を続けるべきなのか、難しい選択を迫られています」


◆見つからなくなったことが「観測」

「いずれこうなるだろうと思っていましたが、動物全部やめるのはびっくりしました」

報道ステーションで気象情報を伝える喜田勝さんはこう話しました。

かつて全国に90か所以上もあった気象庁の測候所は、今では帯広と名瀬の2か所のみ。
初雪など目視で観測してきた気象現象も、いまや機械で自動的に行われるようになりました。

喜田さんは『生物季節観測』が減っていくのも時代の流れなのかと感じる反面、
約70年続いた観測が途絶えるのは残念だと言います。

特に語気を強めたのは、観測を続けることの重要性でした。

「基本、観測が一番大切だと思っています。観測がないところに予報はないはずです。観測を継続することによって予報も継続できる。データをとり続けることに意味がある。気象庁が理由に挙げている動物が見つからなくなったからやめるというのは変な答えで、見つからなくなったというのも観測なんじゃないか。10年20年見られなかったものが、突然みられるかもしれない」

「気象庁でなくても、何らかの形で観測を続けてもらいたい」


◆最後の観測は「クワの落葉」

11月10日の発表以来、気象庁には「なくさないでほしい」という電話がかかってきているということです。
来年の春、「ウグイスの初鳴」や「モモの開花」の知らせはありません。

削減対象となっているのは、植物28種と動物23種。
関東地方で最後の観測となりそうなのは、前橋、宇都宮、熊谷、横浜の「クワの落葉」です。

※気象庁は削減対象となる動植物の「観測の指針」をHPに載せることにしています。
「観測の指針」はこれまで公表されてきませんでした。今後、地方自治体などが観測するうえで参考にしてもらいたいとしています。

社会部 川崎豊

こちらも読まれています