藤井二冠「神の手」は将棋AIの歴史にも名を刻んだ[2021/03/27 12:27]

藤井聡太二冠が指した「神の手」が大きな話題となっている。
他のプロ棋士たちがこぞって称賛し、その指し手「4一銀」はツイッターのトレンド入りまで果たした。

実はこの歴史的名手、将棋AIの存在によって、過去の様々な名手・妙手とは全く異なる意味合いを持つことになった。

ABEMAでの対局中継に使われたAIが「4一銀」を最善手として示したのに対し、解説のプロ棋士が「これは人類には指せない手だ」と指摘。
しかし藤井二冠はそれを本当に指してしまった…

将棋AIにとっても歴史的だったこの「神の手」を開発責任者はどう見たのか。AI的視点から検証する。
(記事中の▲は先手、△は後手の手であることを表す)

■ 予兆?最新鋭のAIに異変が…

「これは『藤井の4一銀』として後世に語り継がれる名手である」
携帯ライブ中継の解説を務めた上野裕和六段は、そう評した。

「この時代に生まれ、この手をリアルタイムで目撃できた、ただそれだけでなんて幸せ者だろうか。後世に語り継ぐべき名手、名局であり、藤井王位・棋聖、そして共に名局を作り上げた松尾八段にも、感動をありがとうと伝えたい。将棋ってすごい!」

同じプロ棋士から送られた最大級の賛辞。
その手は3月23日に行われた竜王戦2組ランキング戦の準決勝、藤井聡太二冠対松尾歩八段の57手目に現れた。

「藤井二冠が自分の駒台(の銀)に手を伸ばした時は鳥肌が立ちました」
その瞬間のことを振り返るのは、ABEMA将棋チャンネルが運用する「SHOGI AI」の開発責任者、藤崎智(さとし)氏。

「これまで藤井さんが指した『AI超え』の手に比べても、今回はあらゆるプロ棋士が『すごい』と言っている。本当にすごいんだな、と」

実はこの日、最新鋭のSHOGI AIにトラブルが起きていた。
今年2月から導入していた、従来のものより4〜5倍の速度で形勢判断できるAIが、対局開始5分前に突然動かなくなってしまったのだ。

原因は不明。急遽、判断速度がやや劣るAIを使ってしのぐことになった。
振り返ればこれも、歴史的な一手が指される何らかの予兆だったのかと藤崎氏は考えている。

■ 「神か、スーパーサイヤ人か」

松尾八段の「角」が藤井陣の「銀」を取って攻め込んだのは56手目。
藤井二冠は、角から「馬」に変わったこの駒を「金」で取ることもできるが、それでは相手の攻めを加速させてしまう。
一方、盤上の別の場所では互いの飛車がぶつかっている。

プロ棋士から見れば、藤井二冠が自分の飛車で松尾八段の飛車を取る「▲8四飛」が最善手、というよりも「一択」の候補手だという局面。
そこに、飛車を取らずタダで銀を捨てる手がAIの最善手として示されたのである。

ABEMAのSHOGI AIでは画面右側に、「次に指す手」の候補が“Best(最善手)”“2(番目)”などと最大5手まで表示される。
この時、「一択」と目された「▲8四飛」は2番目の手。
Bestとして示されたのが「▲4一銀」だった。
 
この「▲4一銀」、一応“王手”ではあるのだが、相手の金ですぐ取られてしまい、王将への直接攻撃は続かない。
ABEMAの中継でも、ダブル解説者の及川拓馬六段と藤森哲也五段が、この「4一銀」がいかに難しい手なのか、その解説に時間を費やしていた。

藤森五段と言えば独特の表現を使った解説が人気だが、その“藤森節”が炸裂する。

「これすごいよ、こんな手見えない。まず何してるかわからない」
「これ、人類に思い浮かびますかね?」
「4一銀は神の一手でしょう!」
「4一銀打ったら、これは信じられないけどなあ。化け物の一手だけど」
「ここで4一銀ですよ、皆さん。プロが見えないっすから。見えないし1秒も考えない」
「スーパーサイヤ人の手でしょこれ。普通の人には見えない」
「4一銀打つ人にもう将棋勝てないでしょ」

一方の及川六段は淡々と、「4一銀」以降の様々な変化を検討していく。
非常に難解な展開ではあるが、確かに藤井二冠が優位になる道筋が見えてくる。
 
熟考すること59分。藤井二冠の右手は駒台の銀をつかんだ。

■ 藤井二冠の対局でAIが“難解になる”ワケ

「キター」「化け物か」「鳥肌立った」「神降臨」
「歴史的瞬間に立ち会ってしまった」

ABEMAのコメント欄に驚愕と称賛の声が並んだ。

「過去にも放送中に解説の棋士の方が、これは『人には指せない手』だと指摘した手はたくさんあるんですが、大抵それはいくつかの候補手の中に『人には指せない手』が含まれているというケースでした。ところが今回は『人なら必ず指す手(▲8四飛)』があり、その上に『人には絶対指せない手』が示されて、しかもそれを人が指した… そんなことは今までになかったですね。その瞬間を視聴者全員が目撃した、もう本当に画期的だと思います」(藤崎氏)

藤井二冠の名手といえば、去年の棋聖戦第2局で自陣に放った「△3一銀」がAI超えと話題になった。
ただ、この手は受けの手であり直接的な狙いが見えにくく、些か地味でもあった。

一方、今回の「▲4一銀」は、明らかに攻めの手であり、突如敵陣に銀を放り込むタダ捨ての派手な手。
ただプロの解説を聞かなければ意図が見えにくい一手ではあった。

藤崎氏はこんなことを話してくれた。
「藤井二冠の対局の時は、なぜかAIの示す手がすごく難解で理解できないんです。AIの手にもプロの解説が必要なんですよ」

AIの示す最善手、その意味が瞬時にはわからない… 
まさに「4一銀」がそうだった。
藤崎氏はそうした傾向が起きることについて「AIで研究することでAI的な指し方になっているからではないか」と推測する。

AIは自分が攻撃を受けているときにも守らずに攻める手を示したりする。
人間が抱く「恐れ」といった感情がない…藤崎氏はそう表現した。
果たしてそれが「神の手」の正体なのか?

■ AIは「神の手」を判断できるのか

「歴史的名手を先にAIが示してしまうなんて興ざめだ」という批判的な声もある。
だが藤崎氏は、AIが難易度の高い手を示し、それを藤井二冠が指すことで「名手」が誕生した、この経緯に意義があると考えている。

「AIが『人類にはさせない手』を示したのは、AIからの挑戦状のようなもので、それを見事に人類が受け止めたというんですかね…」

藤崎氏の信念は、SHOGI AIが常に最新・最強でなくてはならない、というものだ。
一方でそれはAIと人間との乖離をより広げていくということでもある。
だが「藤井の4一銀」はそのジレンマを打ち破る一手だった。

「かつてはAIが人間を追いかけて、ついに人間を追い抜いたと言われていましたが、また人間が追いついてきた、ということかもしれないですね。この手によって、AIと人間の良い共存関係がさらに前進した気がします」

ただ、「4一銀」は藤崎氏が目指すSHOGI AIの進化に別の課題を投げかけた。
藤崎氏が構想していたのはAIによる「神の手」表示。いわゆる「人間には指せない手」が候補手として挙がってきたときに、それを実際に「神の手」として画面表示したいというのだ。

例えばAIすら数億手、数十億手読まないと出てこないような手を「神の手」と認定することを考えていた。
ところが…

松尾八段が56手目を指した直後の中継画面を見ると、SHOGI AIの最善手として11秒後には「▲4一銀」が浮上。
その後いったん「▲8四飛」が現れたものの、31秒後以降は一貫して「▲4一銀」が最善手だった。

前述したように、この日使用されたSHOGI AIは判断スピードが遅い型。
それでも30秒あまりで「4一銀」を確定させていた。

さらにその後、藤崎氏がこの局面を最新鋭のAIに読ませてみたところ、わずか5秒ほどでこの「4一銀」が最善手だと判断していた。

人間が「神の手」だと思う手をAIはかなりの短時間で読んでいた。
となると果たしてAI自身は、その手を「神の手」だと判断することができるのだろうか?

藤崎氏は「今回の対局で『人の手』『神の手』という判断機能を取り入れるのが、さらに難しくなったことは間違いなく言えますね」と認め、「精進するしかない」と話している。

■ 「超早指し」戦でもAIが…

藤井二冠はこの勝利で公式戦17連勝。2020年度の最多勝利と最高勝率を確定した。
特に勝率は4年連続の8割超えという驚異的な記録を達成している。

次に待ち構えるのは、将棋界としては異例の団体戦を採用しているABEMAトーナメント(非公式戦、3月27日開幕)。

当初の持ち時間が5分という超早指し戦で、SHOGI AIは使われない…はずだったが、今回、ABEMAでの番組終了後にYouTubeで、棋譜とともにAIの形勢判断が公開されるという。

「観る将」としては、猛スピードで進む早指し対局を観戦した後、どの手が好手だったのか、どこで形勢が逆転したのか、などをAIとともに改めて検討することができそうだ。

2020年度、藤井聡太二冠の躍進と歩調を合わせるように存在感を増したSHOGI AI。「人類とのより良い共存」の模索は今後も続いていく。


報道局 佐々木毅

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