首都直下地震 新たな被害想定 スマホ、タワマン…10年で変わった“災害シナリオ”[2022/05/25 11:36]

■10年ぶりの被害想定 死者数減少も新たな課題が

東京都が、首都直下地震の都内の被害想定を10年ぶりに見直した。
都心南部を震源と想定した地震(マグニチュード7.3、冬の夕方、風速8m/s)では、23区の約6割にあたる地域に震度6強以上の揺れが襲うとされる。この時、建物の倒壊や火災などで、最悪で約6200人の死者が出ると想定したが、10年前に出された死者数の想定は約9700人で、およそ6割に減少した。負傷者は約9万3400人、建物の被害は約19万4400棟で、これらも10年前のおよそ6割となっている。都は、建物の耐震化などが10年間で進んだことなどが要因としている。

この10年で、人々の暮らしは大きく変わった。例えば通信手段の変化。スマートフォンは普段の生活を便利にした反面で、災害時には繋がりにくい。都は激減した公衆電話に「東日本大震災当時以上の長蛇の列が発生する」と想定している。また10年前に比べ、木造の建築物が密集している地域に1人で住む高齢者や、マンションの高層階に住む人が増えていることも新たな問題に繋がるとみられている。

■“災害シナリオ”その時、東京で何が…?

都が今回の被害想定で新たに取り入れたのは、生き残った被災者が直面するあらゆる状況を、「起こり得る災害シナリオ」として時系列に沿って描いたことだ。様々なケースについて、数値化が難しくても「〜だった場合、〜となる可能性がある」などと詳細に記述している。

例えば、マンションの高層階で被災したケース。発災直後には長周期地震動によって、歩くことが困難になり、家具の転倒などでけが人が出る恐れがある。緊急停止したエレベーターが数日間復旧しない場合は、地上で支援物資を受け取るために階段を使わなければならない。しかし、高層階と地上を階段で往復することは容易ではない。また停電が発生すれば、空調や上下水道にも影響する。都の想定には「停電・断水した不便な生活環境の自宅で在宅避難せざるを得ない者も発生する」「エレベーターが復旧しない状態で家庭内備蓄が枯渇した場合、自宅に留まり続けることが不可能になる」などと記載されている。

自宅にいられずに向かった避難所でも、厳しい環境が待ち受けている。避難所を訪れる避難者は、発災4日後から1週間後までが最も多く最大約299万人にのぼるとされ、同じように自宅にいられずに避難してきた人などで、廊下や階段の踊り場まであふれる可能性がある。避難所に非常用電源がない場合や、発電機の燃料が無くなってしまうとスマートフォンなどを充電できなくなり、連絡も情報収集もできない。照明や空調も使えなくなることから、シナリオでは「体調不良者が増加し、体力のない高齢者や乳幼児等は、最悪の場合、死亡する可能性がある」とする。

シナリオでは、避難所での慣れない生活による高齢者らの「災害関連死」も想定している。長時間座っていたり、車中泊が続いたりすることでストレスがかかると、エコノミークラス症候群になる可能性。また、避難生活中にハブラシなどの衛生用品や水が不足すれば、口の中に病原菌が発生して誤嚥性肺炎を発症し、治療が遅れると死亡する場合があるとしている。

シナリオに出てくる様々な「可能性」は、具体的な件数や人数では明記されていない。しかし鉄道のターミナル駅や繁華街で被災した場合など、あらゆる場面で生じるリスクを具体的に示すことで、数字では表せないリアルな状況を想像できるように工夫されているという。

■帰宅困難者は最大453万人

東京が首都であるがゆえに起き得る影響についても記述された。都内に本社を置く企業の「本社機能」が停止することで倒産の危機に至る可能性や、東京証券取引所の売買が一時停止する可能性などに言及し、経済的な被害は約22兆円にのぼるとされる。

多くの企業が集まり、多くの人が行き交う東京。記憶に新しい2011年の東日本大震災では、都内で352万人の帰宅困難者が発生したとされるが、都は今回、これを上回る最大453万人の帰宅困難者が発生すると想定した。
避難所や帰宅困難者のための一時滞在施設の不足も危惧される中、都内にも数多くある寺や神社、教会などの宗教施設を活用しようという取り組みが進んでいる。
5月18日、港区の増上寺に宗教団体の関係者や都の担当者らが集まり、意見を交わした。会合に出席した宗教と防災・減災の関係を研究する大阪大学大学院の稲場圭信教授は「寺や神社などには畳の広い部屋があるほか、境内では炊き出しなどもすることができる」と話す。
実際に増上寺は、港区と提携して700人が3日間滞在できるだけの準備を整えている。東日本大震災の時には、寺の職員が歩いて帰ろうとする帰宅困難者に声をかけ、およそ600人が寺で一夜を過ごしたという。増上寺の赤羽海衆さんは「仏さまはそんなことで文句を言われない。お寺として最大限協力します」とし、甚大な被害があった場合には本堂も開放して受け入れたいと話す。

■悲観的になり過ぎないよう…住民同士の協力で軽減できる可能性の指摘

電力や通信環境、水道やガスなど、あらゆる分野で「何が起こる可能性があるか」を詳述した今回の被害想定。作成にかかわった都の幹部は「被害の規模について、電力会社や通信会社など各分野を担う会社に加え、都庁内でも調整が難しかった」と明かす。それぞれの会社にとっては、「●日間復旧しない可能性がある」などと記載されることはイメージが悪いからだ。すべての想定において、十分な議論をした上で今回の被害想定を示したという。
続けてこの幹部は、「悲観的になりすぎないように、どうすればいいかという手がかりも盛り込んだ」とも話す。被害想定には、家族や住民同士の協力など、コミュニティーの活動が被害の軽減に繋がる可能性について書かれている。

東京・調布市の築50年のマンション「つつじが丘ハイム」。災害への独自の取り組みが評価され、全国のマンションの9割を管理受託する管理会社が加盟する一般社団法人マンション管理業協会が主催した「マンション・バリューアップ・アワード2021」でグランプリを受賞した。
443世帯の約900人が住むこのマンションでは、住民の4分の1が75歳以上と高齢化が進んでいることから、自主防災組織を作って災害時にマンション全体で高齢者を守る体制を作った。
そのひとつが「安否確認マグネット」。無事であることを示す青色と、救助を求めていることを示す赤色のマグネットのいずれかをそれぞれの自宅の玄関に張り出すことで、どの家が助けを必要としているか一目でわかる仕組みだ。また4棟あるマンションのすべての居住者に声が届く大型のメガホンを用意し、SNSなどが使えない高齢者にも情報を届けられるよう準備をしている。高齢化率など、マンションの今の状況にあわせた防災マニュアルを作ったことも評価された。

今回の被害想定を作った「東京都防災会議地震部会」の部会長である東京大学 平田直 名誉教授は「この被害想定を読んで、地域の方と、万が一のときにどうしたらいいかということを話し合ってもらえれば。地域のコミュニティーを活性化させ、普段からのお付き合いをすることが災害時の助け合い、地域の防災力を高めることの第一歩だ」と話す。

■平田名誉教授「想像力たくましくして」

平田名誉教授は、死者6200人という数字を「決して少ない数ではない」と強調したうえで、今回「災害シナリオ」を取り入れた理由について「自分の身の回りではどんなことが起きるのか、想像力をたくましくしてほしいから」と話す。そのうえで、「高層マンションと、築40年の木造家屋に住んでいる人とでは状況が非常に違う。最後は一人一人がこれを見て考えてもらうことが大事だと思っている」と話す。都は今回の被害想定をもとに、来年度に新たな防災計画を作成する予定だ。


テレビ朝日社会部 首都直下地震取材班

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