協力者全員が数学苦手で犯行綻び 解答求めたSNS投稿で不正発覚 一橋大入試で問題流出[2022/06/11 19:17]

「犯行が受験生と家庭教師で“完結”していたら分からなかった」
ある捜査員は、そう呟いた。バレない筈だった犯行がほころびを見せた原因は「数学」だった。

東京・国立市の一橋大学で1月31日、外国人留学生向けの入学試験中に、数学の問題が外部に流出した。4カ月が経った6月8日、受験生(22)と、当時の家庭教師(28)の2人の中国人が、試験問題を外部に流出させ、大学の業務を妨害したとして偽計業務妨害容疑で警視庁に逮捕された。受験生(22)は一橋大学に合格し、入学していた。

■異変に気付いたのは体調不良で受験を断念した男性だった

試験当日の1月31日。数学の試験が始まる前の、午後1時50分頃、「ウィーチャット」というSNS上で、1人の中国人男性が、こんな投稿を発見する。

「高校の文系数学の宿題を手伝ってくれる人を探している」
「午後4時〜午後4時30分に3問解いてください」

男性は当日、一橋大学の外国人留学生向けの入学試験を受ける予定だった。しかし、試験会場まで行ったものの、咳と発熱のため受験を断念していた。失意の中、帰途に就いた男性が発見したのがこの投稿だった。「午後4時〜午後4時30分」は、自分が受けるはずだった一橋大学の数学の試験時間である午後4時〜午後4時40分とほぼ重なる。投稿を不審に思った男性は、一橋大学に慌てて戻って「入学試験で不正が行われるのではないか」と職員に通報した。

男性は「解答に協力するふり」をして、投稿者とのやり取りを開始する。すると、数学の問題を写した画像2枚が男性のもとに送られてきた。「これは一橋大学の入学試験の問題で、試験会場から流出したに違いない」と確信した男性は、大学側に「数学の試験で不正が行われている」と改めて通報した。大学側は警視庁に相談し、試験問題の流出が発覚した。

■厳戒態勢も不正行為をした受験生は特定出来ず

一橋大学の留学生試験の約2週間前に行われた大学入学共通テストで、「世界史」の問題が流出し、のちに当時19歳の女子受験生と手助けしたとされるシステムエンジニアの男性が書類送検される事件が起きた。これをきっかけに、文部科学省は不正防止対策の強化に努めてきた。

警戒を強めていた一橋大学は、男性から「入学試験で不正が行われるのではないか」という通報を受けて、数学の試験中に不正行為がないよう、試験開始前に改めてアナウンスをしたほか、試験会場での巡回や監視をさらに強化するなど、厳戒態勢を取った。ただ、それでも不正を見抜くことはできなかった。試験は終了し、カンニングをしている受験生を特定することはできなかった。のちに逮捕されることになる受験生は試験に合格し、一橋大学に入学を果たすことになる。

■わずか1cm 「小型イヤホン」を使って…

いったいどうやってカンニングをしていたのか。逮捕された受験生の自宅からは、試験問題のほかに、小型イヤホンなど犯行に使われたとみられる機器が見つかっている。見つかった小型イヤホンは3つ。主に肌色で、大きさも1センチ強と非常に小さい。ある捜査員は、「つけていてもまず気付かない。一度耳に入れたら取れなくなってしまうのではないかと思うほど小さい」と話す。

この小型イヤホンはワイヤレスで、スマートフォンとコードをつなぎ、コードを首の周りに巻いておくと、スマートフォンの音が小型イヤホンまで飛んでくる、という仕組みになっている。これを使って受験生は解答を聞いていたとみられている。

いっぽうで、どうやって試験問題を撮影していたのかは、確認できていない。厳戒態勢の試験会場で、誰にも気付かれずに撮影していることから、スマートフォンをそのまま使ったのではなく、なんらかの特殊な機器を使用したとみられている。

■4カ月の捜査で浮かび上がった事件の構図

試験の終了後、大学側からの相談を受け、警視庁による捜査が始まった。捜査員は通報した男性がSNSでやり取りしていた相手を特定し、最終的には不正を行った受験生までたどり着いた。

捜査で判明した事件の流れはこうだ。まず逮捕された受験生が家庭教師に全科目で不正行為への協力を依頼する。もともと数学に自信がなかった家庭教師は、試験の数日前に、“別の教え子”に協力を依頼した。この“別の教え子”もまた、あらかじめ数学の問題を解く人を確保しようとしたとみられ、SNSに解答者を求める内容の投稿をしたのだ。その投稿を見た1人が、大学に通報したあの男性だった。

逮捕された家庭教師は「(数学よりも前の時間帯に行われた『日本語』と『総合科目』を含めた)全科目の問題が受験生から動画で送られてきた」「『日本語』と『総合科目』は自分で解答して受験生に教えた」「数学は苦手だったので他の人に解答を頼んだ」などと説明している。

家庭教師のもとに「動画で送られてきた」という数学の問題は、“別の教え子”に送られた際には画像(静止画)7枚に変わっていた。家庭教師は、受け取った動画を画像に切り取るなどして送った可能性がある。

ただ、今回SNS上に投稿したこの“別の教え子”は逮捕されなかった。警視庁の調べに対し、「一橋大学の入試問題だとは知らなかった」などと説明しているという。捜査はまだ続いているが、違法行為だという認識を、本当に持っていなかった可能性はある。

というのも、“別の教え子”が、逮捕された家庭教師から数学の試験問題の画像を受け取ったのが、試験開始からわずか3分後の午後4時3分だった。しかし、その画像を通報した男性に送信したのは試験時間が終了したあとの午後5時過ぎだったのだ。この対応からは、たった今行われている試験の問題を扱っているという緊張感は感じられない。

つまり、逮捕された受験生は、家庭教師以外からのサポートを受けることなく、数学の試験を終えた可能性がある。実際にどれほどの得点をしたのかは明らかにされていないが、とにかくこの受験生は合格した。

<関係者の動き>
・試験数日前:家庭教師から“別の教え子”に協力を依頼
・日時不明 :“別の教え子”がSNSに解答者を求める投稿
試験当日
・午後1時50分:受験を断念した男性が投稿に気付く
・午後2時50分:男性が大学に戻り職員に通報
・午後4時00分:数学の試験開始
・午後4時03分:家庭教師から“別の教え子”に試験問題画像が届く
・午後4時40分:数学の試験終了
・午後5時05分:“別の教え子”から男性に試験問題画像が届く

■「受かる実力はないと思っていた」

家庭教師は受験生の実力はよく知っていたようだ。受験生は、家庭教師の授業を一時期勝手に休むなどしていたそうで、家庭教師は、「受かる実力はないと思っていた」と話したという。そんな中、受験生に犯行を持ちかけられ、家庭教師は、不正行為に加担してしまったとみられている。警視庁は、受験生から家庭教師に何らかの「報酬」があったとみて捜査を進めていて、さらに他に事情を知る「協力者」がいたのかどうかについても慎重に調べている。

今回の事件は、家庭教師が第三者に助けを求めなければ、SNSで情報が拡散することもなく、発覚しなかったかもしれない。実際、数学以外の2科目については、家庭教師に「動画で送られてきた」というが、そこからさらに外部には漏れていないとみられている。

「犯行が受験生と家庭教師で“完結”していたら分からなかった」…ある捜査員は言う。
「小型イヤホン」など手口が巧妙化する中で、不正をどう防ぐのか。議論と対策が急がれる。


テレビ朝日社会部 警視庁担当 尾崎圭朗

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