ロシア軍が欲した町工場の技術 鍵は「燃料」だった〜戦場のメイド・イン・ジャパン中[2022/08/07 10:32]

ウクライナに侵攻したロシア軍が使うドローンに日本製のエンジンが使われているらしい。それは模型飛行機用のエンジンだという。ネット上のわずかな情報をもとにウクライナに渡り、ついに、ウクライナ軍から、ロシア軍ドローンの解体動画を独自に入手。
3分46秒…映し出されるグレーの機体と手のひらほどの小さなエンジン。だが、日本製エンジンかどうかはメーカーに確認を取らなければいけない。動画を手に、前回はファクスでの回答だったエンジンメーカーに向かった。果たして、取材に応じてくれるのか。

テレビ朝日社会部 松本健吾


◆動画を手に向かったエンジン製造会社で……

 千葉県市川市にある「斎藤製作所」。ガソリンを燃料にする模型飛行機用エンジンをつくり、「世界のSAITO」として知られるこの会社の製品が、ロシア軍ドローンエンジンに使われている。

 前回はファクスでの回答だったが、今回はアポなしで訪れることにした。改めてインタビューの依頼をするつもりで、ウクライナで一緒に取材したカメラマンにも同行してもらった。

斎藤製作所は江戸川沿いの住宅街の真ん中に、模型用エンジンを製造する工場と平屋の事務所を併設している。出てきた従業員に要件を伝えると、入口近くのイスに座って待つように促された。中を見渡すと、我々が座った正面のショーケースには、「SAITO」と書かれたエンジンが15機近く陳列され、その上には、少し色がくすんだ額縁に入った表彰状がずらりと掲げられていた。町工場の「技術力の結晶」とその誇りを感じる一方で、「これがウクライナの戦場の空を飛んでいるのかもしれない…」と、作り上げた職人たちのことを思うと複雑な気持ちになった。

対応してくれたのは、親子でもある社長と常務の2人だった。

「ロシアのドローンを解体したら、御社のエンジンと思われるものが出てきた。映像を見てほしい」と切り出した。

動画は全部で3分46秒。

再生が終わると、常務が静かな声で言った。

「間違いなくうちの(エンジンの)FG−40です」

「最初にロシアから“産業用”に、森林火災などの防止のために欲しいと言われたときは、みんなで喜んだんです。ロシアの人々のためになる、技術が認められたんだと……」

しばらく沈黙が流れた。
「御社の製品が改造されているのではないか」と質問をぶつけた。

2人は動画を一時停止させ、相談しながら画面を指す。

◆「様々な改造が…」 戦場で使うために?

「エンジンの下の部分のバネ。うちのものにはついていない。エンジンの振動を吸収して、機体に影響を与えないためだろう」
「エンジンを冷やすための『冷却板』もつけられている。プロペラ側から入ってきた空気を効率的にエンジンに当てることで、長時間の飛行で熱を帯びるエンジンを一定の温度に保つのだろう」
「イグニッション(点火装置)の位置も自分たちで変えている。燃料を供給する黄色のケーブルも、うちは1本しか使わないけれど、ここには合わせて3本ある」

他にも様々な改造が加えられているという。

「模型飛行機は、飛んでもせいぜい15分。でも、ロシアは偵察用ドローン。長時間、高い上空を飛ぶから、エンジンの熱問題と、燃料などの安全供給が必要になる。そのための改造だろう」

「うちのロゴは見えないようにされているのだな…」
社長が少し寂しそうにつぶやいた。
本来、SAITOのロゴが刻印されているエンジンの一部には「A10」・「1219」と手書きで上書きされていた。

「どうして斎藤製の、しかもこのエンジンが選ばれたと思いますか?」

「向こうに聞いてほしいけれど、『コンパクトさ』と『ガソリンで動くこと』が大きかったのではないか」

「Orlan−10の機体の機首部分は、片手で掴めるくらいに小さい。その中に入るエンジンというのはコンパクトでなくてはいけない。ドローン全体の概要・大きさが見えたあとに、この機首に入るサイズのエンジンが欲しいとなったんだと思う」

「一番大きいのはガソリンで駆動できることだと思う。戦場でも簡単に手に入り、燃費効率も良いガソリンエンジンが、長時間の飛行が求められる偵察ドローンには必須だと思う」

「ガソリン駆動をこのコンパクトさで実現できているのは日本製の模型エンジンしかない」
この答えを聞いたとき、点と点が結びついた。

◆「SAITOと同じスペックで…」他社に届いた怪しい依頼

我々はそれまで、ある仮説をもとに取材をすすめていた。
「メイド・イン・ジャパンの小型で高品質のエンジンを求めて、ロシア軍がSAITO製にたどり着いたとすると、他の日本製メーカーにもロシアから問い合わせがきているのではないか」。

ガソリンで駆動する模型飛行機用エンジンを製造している会社は世界に複数ある。
海外の愛好家らは飛ばす機体も大きいため、ヨーロッパメーカーの製造するエンジンは排気量の大きいものが主流だ。一方、日本メーカーは小型エンジンを得意としている。

日本国内で模型飛行機用エンジンを製造している主要なメーカーは4社。
全てに電話で聞き取りを行う中で、大阪にある会社も斎藤製作所と同じく、ガソリン駆動のエンジンを製造していることがわかった。そして、その会社の担当者から、「うちにもロシアから問い合わせが来た。メールが来たのは3月2日。ウクライナ侵攻が始まった直後だった」と回答がきた。
ロシアの代理店は、Orlan−10に使われていた斎藤製作所のエンジンとほぼ同じスペックのもので、「20〜30個」ほしいと求めてきたという。
斎藤製作所は、経済産業省からの通知で昨年8月以来、ロシアへの製品の輸出は停止している。そんな中、ロシアは別の業者に注文していた。

「通常は代理店からの発注はいろいろな種類のエンジンを数個ずつというのが普通だったが、このときは1種類のみ。しかも、斎藤さんとほぼ同じスペックのものをという指定に怪しいと感じた」というこの大阪の会社は、軍事転用される可能性を考え、取引を行わなかった。

ここでロシアの思惑を推し量る。
「斎藤製作所から製品が来なくなったロシア軍は、別のものを探した。だがそれは小型、ガソリン燃料の両方を満たす『メイド・イン・ジャパン』でなければならなかった。たどり着いたのが大阪の会社だったのだろう。」

◆「メイド・イン・ジャパン」は「最高品質」

この推測を、関西を拠点にした模型飛行機の愛好家の集まり「木津フライングクラブ」・大井高三会長にぶつけた。
すると、
「メイド・イン・ジャパンの品質は世界一や。アジアの他の国のメーカーでも同じようなものを作っているけど、不良品が含まれる。数回飛ばしたらダメになったこともあった。そんな不確定な商品を戦場で飛ばしますか?」
「大きくてパワーのあるエンジンはヨーロッパ製。コンパクトで安心安全なのは日本製。世界の模型飛行機マニアの間ではメイド・イン・ジャパンのエンジンは『最高品質』って意味や」
大井さんは興味深いことを教えてくれた。
「海外に住むマニア仲間には、各国軍の偵察ドローン開発にアドバイザーという形で参加している人が何人かいる。無人偵察ドローンの開発がはじまったのはここ10年ほど。我々、模型飛行機のマニアやメーカーは何十年も飛ばして改良を続けている。(軍と)どっちのほうが『知見』があるかはわかるよね?」
大井さんは続ける。
「軍のドローンに模型用エンジンが軍事転用されているわけではなく、模型飛行機そのものが軍事用に作り替えられていると考えれば、エンジンは当然『模型用』になると思わないかい?」

自分たちの製品が戦闘に利用されると知ってどう思ったか。

斎藤製作所の社長らに、カメラの前でインタビューに答えて欲しいと依頼をしたが、丁重に断られた。知らなかったとはいえ、ロシア軍に自社のエンジンが転用されていたことへの批判が怖い、と正直に話してくれた。
取材に真摯に応じてくれた2人の考えを尊重し、これ以上インタビューをお願いするのはやめ、ざっくばらんに色々な話をさせてもらった。
創業者である祖父が模型用エンジンを作り出したきっかけ、ガソリンエンジン開発の秘話、削りだし技術の繊細さ……。そこには斎藤製作所のプライドが垣間見えた。

会話の中で、社長がこう話した。
「昔、ウクライナからもエンジンが欲しいって連絡がきたこともあったんですよ。」
今思うと、なぜその時私はぴんと来なかったのか。当時の手書きメモには殴り書きで「ウクライナからも、依頼、断る 2014」とだけ記されていた。
 だが、この話が、取材の方向性を大きく揺さぶることになる。

画像:ロシア軍の偵察ドローン「Orlan−10」のエンジン部分

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