「ここしかなかった」急遽決まった“360度ガラ空き”会場…安倍氏銃撃1カ月(1)[2022/08/09 18:00]

安倍元総理が銃弾に倒れた日から8日で1カ月。
警備の甘さが明らかになるにつれ、なぜ、より守りやすい場所を選ぶことができなかったのか疑問が出てくる。

実は、安倍元総理は事件10日前にも、事件現場に近いある場所で応援演説を行なっている。
前日に急遽決まった安倍元総理の奈良入り。準備に追われた選挙陣営だったが、選んだのは10日前の会場とは別の「360度ガラ空き」となるスペースだった。
選挙陣営や、打ち合わせを行った警察が、前回と同じ場所にこだわらなかったのはなぜなのか。
ANNはあらためて銃撃事件現場に居合わせた自民党関係者や演説場所の決定に関わった多くの関係者らに取材を行い、新たな証言を得て、その背景がわかってきた。


◆「何かできたのではないか」 自分責める関係者

 事件があったのは近鉄大和西大寺駅の北口。当時、選挙運動員として現場に立っていた奈良市議会議員の山本憲宥さん(51)は、「何かできることがあったのではないかと自分を責めています」と話す。山本さんは、安倍元総理から見て、左手の歩道付近で演説を聞いていた。発砲があった当初は、何かが爆発したような音と瞬く間に広がった白い煙を見て、選挙妨害だと思ったという。
「安倍元総理が演説台を降りて倒れていかれるのを見たときに、音がかなり大きかったので、耳に何かの事故があって倒れこまれたのかと思った」。しかし、直後に周囲の人が安倍元総理のもとに駆け寄るのを見たとき、緊急事態だと気づいたという。銃弾が貫通していた候補者の選挙カーは、山本さんの間近にあった。
 「360度囲まれている場所なので、演説を駅の方向に向かってやっていたら今回の事件が起こらなかったという保証はないですが、やはり死角になりやすい後ろ側を守ること。SP、奈良県警、選挙スタッフもしっかりすべきだったと責任も含めて感じています」と振り返る。
 
当時、自身もガードレール内で事件直前に演説を行っていた奈良県議会議員の大国正博さん(58)は、発砲直後の山上容疑者の姿を見たときのことをこう語る。「なぜ、ここまで来ているのだというのが第一印象。強い疑問でした」。現場に居合わせた別の男性は、山上容疑者の持つ銃が望遠レンズ付きのカメラに見え、「報道関係者がこんなところに来るのか。危ない」と思ったという。2発目の発砲時、山上容疑者は安倍元総理の約5mの場所まで迫っていた。

◆なぜ背後に選挙カーを置かなかったのか

安倍元総理の立っていた場所は、ガードレールに囲われてはいるものの、平常時は「道路の一部」という印象の場所だ。安倍元総理の立ち位置から見て正面には横断歩道が、背後はかなり交通量の多い車道と、駅のロータリーがある。左右も車が通行する道に挟まれる形になっている。人が「盾」にならない限り、第三者の侵入や攻撃を防ぐ手立てはなく、360度ガラ空きといっても過言ではない空間となっている。

 今回の参議院選で安倍元総理が応援演説を行った他の複数の場所について、ANNが取材した映像などで確認すると、背後には選挙カーか壁が置かれているか、選挙カーの上に乗る形で行われていた。容易に接近が可能な360度開けた演説会場は、事件現場以外に見当たらなかった。
 もし山上容疑者が安倍元総理の正面から銃を向けていれば、元総理本人も、側にいた警護担当者らと選挙関係者らの13人も、山上容疑者の接近に気付き、犯行を未然に防げた可能性は高い。今回の現場でいえば、例えば選挙カーが背後にあれば、銃撃は困難であった可能性が高い。

それではなぜ、今回は選挙カーを安倍元総理の背後に置かなかったのか。
取材に対し、関係者らは「置くことができなかったから」と説明する。現場は駅前開発に伴う工事が続いている。工事の工程ごとに、道路の形も変化し続けている。去年の秋ごろは選挙カーを背後に置くことは可能だったというが、現在はスペースが狭く、背後に置く場合には車の通行を妨げるため、置くことができなくなっているのだ。

◆急遽決まった安倍元総理2度目の奈良入り「人通りを考えると…」

 “360度ガラ空き”で、背後に選挙カーも置けない狭い空間。現場で応援演説に参加していた関係者は「そもそも、この会場でよかったのか考えないといけない」と話す。
 安倍元総理の奈良入りが決まったのは事件前日、7月7日の午後だった。長野県に行く予定が急遽変更となった。会場は候補者の佐藤啓議員の事務所や、大和西大寺駅南口に事務所を構える小林茂樹衆議院議員事務所などの関係者らにより、急ぎセッティングされた。

地元の関係者は「自民優勢の中で、なぜ安倍さんを2回も呼ぶ必要があったんだ。場所も選挙の常識では、同じ大和西大寺駅ではなく、近鉄奈良駅などのまだやってない場所でやるべきところだった」と話す。
現場には2つの大型商業施設のほか、銀行や飲食店もあり、平日の昼間でも人通りが多い場所だ。実は事件から10日前の6月28日には、安倍元総理はこの大和西大寺駅の反対側の南口で同じように応援演説を行っていた。
 
 当時の写真を見てみると、安倍元総理の背後には選挙カーが置かれ、聴衆は駅前の歩道上に固まっている。参加した男性は「南もガラ空きではあるものの、完全なロータリーなので、人が入ってきたらすぐに動きがわかる違いはある」と話す。
10日前には無事に終えた安倍元総理の応援演説。同じ現場を選ぶこともできたはずだが、今回は状況が違ったという。場所選定に関わった関係者は「事前に告知をして人を集められるときはいいが、今回は急だった。大物の議員さんが来るとなったら、人通りが多い場所がよく、北口しかなかった」と話す。
6月28日の安倍元総理の応援演説は、準備期間があり人を集められた。一方、今回の時間は平日昼間で、急遽決まったために十分な告知の時間もなく、人通りの少ない場所での応援演説を避けたい思惑があった。

◆「安全性の観点から場所を決定した人」がいない?

さらに、事件があった大和西大寺駅北口の同じ場所で6月25日に行われた自民党の茂木敏充幹事長が演説を行っていたことも影響した。現場にいた山本市議も「自民党の茂木幹事長が全く同じシチュエーションで演説をしていたので、選挙カーの位置も含めて全く違和感はありませんでした」と話す。警察側も一度警備を行った場所のはずだった。

 陣営にとって、選挙期間中、より多くの人に話を聞いてもらうことが重要であることは言うまでもない。様々な状況を踏まえ、最も人が集まる場所を選ぶことも必然だ。茂木幹事長が直近で、同じ場所で演説を行ったという実績、道路の形が変われども過去にも演説会場として利用してきたということが、陣営にとって信頼につながっていた。
そうした背景からか、今回地元の関係者らに、「なぜあの場所だったか」という話を聞く中で、「警備がしやすいから」、「聴衆との距離が取れているから」といった安全性に関する理由については出てこなかった。
また、関係者によると、佐藤議員事務所が行った警察との事前の打ち合わせでは、「点字ブロックの上を使わない」、「横断歩道上は使わない」、「歩行者の安全確保」、「(民間の)警備員を交通対策のために出す」旨が、警察側から伝えられたものの、安倍元総理の背後が開くことへの危険性や、そのほかの警備上の懸念についての話はなかったという。

捜査関係者によると、山上容疑者は取り調べに対し、「安倍元総理の隣の人に弾が当たらない距離に近づいた」などと供述しているという。
なぜ事件を防ぐことができなかったのか、詳細は今月中にも出される警察庁の検証内容を待ちたいが、安全性の観点から会場が選ばれず、たやすく接近可能な状況であったことが、山上容疑者の犯行を手助けした可能性は極めて高いと言えよう。

画像:事件直前 演説をする安倍元総理(視聴者撮影)

ANN 安倍元総理銃撃事件専従取材班 藤原妃奈子(テレビ朝日)

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