「盾になろうとした」が防げず 警護警備の視点で事件を検証 安倍氏銃撃1カ月(2)[2022/08/11 10:30]

「安倍元総理が撃たれたらしい」

7月8日午前11時半過ぎのこと。インターネットやSNSの情報収集の担当者から当日の担当デスクだった私に連絡が入ったのは、鉄道の運転見合わせに関する昼のニュースの中継内容のチェックを行っていた時のことだった。

「まさかな…」「発煙筒でも投げ込まれたか?」そう思いながらも警察庁担当を兼務していた私は念のため警察関係者に電話をかけた。しかし、電話は全く繋がらなかった。
1人、2人、3人…。不通が続く度に「本当なのか」という思いが強まっていく…。
それは、現実だった。

令和の、そして銃社会でもないこの日本で「元総理が銃撃されるわけがない」そんな考えが自分自身の中にあったのだろう。

あの時現場にいた警護員たちはどうだったのか。

現在、警察庁では検証チームを立ち上げ、事件の原因究明や今後の警護警備の体制などの見直しを行っている。8月末をめどに報告書をとりまとめる方針だ。

私たちANNの取材班もこの1カ月、警察関係者の取材を続けてきた。
実は、現場にいた警察官の中には、銃撃を防ごうと安倍元総理と山上容疑者の間に飛びこんだ者もいた。その時、彼は何を思ったのか。
全く対応できなかったわけではない。だが元総理への銃撃を防ぐことはできなかった。

問題はどこにあったのか、改めて検証する。

◆ 警護警備は警視庁SP1人と奈良県警の合同チーム
事件発生時、安倍元総理は奈良市の近鉄大和西大寺駅北口のガードレールに囲まれた場所で演説を行っていた。
警護対象に指定されている安倍元総理には普段から警視庁のSP(セキュリティーポリス)がついており、そのうちの1人が東京から今回の現場にも同行していた。

SPは基本的に警護対象者に同行し別の道府県に行く場合、現地警察の指揮下に入ることになる。今回も同様だった。

SPに加え、奈良県警警備部の警護員3人をあわせた4人が事件発生当時、ガードレール内でいわゆる側近での警護にあたっていた。
そのほかにも、統括役の警察官をはじめ、全体で10数人の警察官が現場で警護警備活動にあたっていたという。

事件後、私が取材した警護警備のエキスパートである警察関係者は口を揃えて「1発目ならまだしも2発目は防いでほしかった。また、山上容疑者が近づいてきた時に防ぐチャンスがあったのでは」と話していた。

この2つのポイントを検証していく。

◆銃声とわからず…意識の低さも背景に?
警察庁の検証チームは事件からおよそ1週間後に奈良県警本部を訪れ、当時現場にいた警護員らに聞き取りを行った。

これまでの調査の結果、ガードレール内にいた4人全員が山上容疑者の手製の銃による1発目の発砲が銃声であることに気づいていなかったという。
一部の警護員は「花火やタイヤの破裂音などと思い銃声とは気づかなかった」という趣旨の話をしている。

音の違いはもちろんあるだろうが、その背景にあるのは銃撃に対する意識の低さだと思われる。
実際、警察庁が8月5日に行った記者への説明で検証チームの担当者は銃撃について「想定には含まれていたと思うが認識は相当薄かった」「非常に抽象的な形で認識していて聴衆に紛れた脅威に比べると具体的な想定がなかった」と話している。

奈良県警の警察官ではない警護警備を担当するある現役警察官は「警護の訓練は刃物攻撃がメインで訓練内容も昔からあまり変わらない」「いつかはやられると思っていた」と話していた。

一方、1発目が銃声であるとわからなかったにもかかわらず、自ら身を呈して安倍元総理を守ろうとした警察官もいる。
あの現場に唯一いた警視庁のSPである。

このSPは異変を強く察知し、防弾とみられるカバンを広げ安倍元総理と山上容疑者の間に飛び込んでいった。
その時の状況について、事件後に「自分の体を盾にしようと思った」と話している。しかし、2発目の銃撃は安倍元総理に当たり、致命傷となってしまった。
やはり事前に山上容疑者の動きを把握できていなかったことが響いた。

◆ “後方警戒”担当者に直前の変更が…

取り調べに対し山上容疑者は、銃撃の際に、「安倍元総理の隣の人に当たらないくらいの距離まで近づいた」などと話している。
山上容疑者は銃撃直前まで安倍元総理の後方左側で演説を聞いていた。
その後、歩道から道路上に移動し、手製の銃を撃つことになるが、この動きについても4人の警護員は気づくことができなかった。

4人のうち1人は安倍元総理の後方警戒担当だった。
この警護員は当初ガードレールの外の車道に配置されていたが、車道に立つ危険性なども踏まえ、安倍元総理の演説開始直前にガードレールの中へと移動、さらに警戒方向も後方から一部の聴衆へと変わった。
その理由は、安倍元総理の前方左側に想定以上に人が集まり始めていたため、その中に不審者が紛れ込まないかなどの警戒に切り替えたというものだ。

なお、このことについて現場の警護員同士や統括役に報告されておらず、警察庁は、「報告されていれば警戒の補強の指示ができたのではないか」としている。
結果、現場にいた警察官で後方警戒を担当する者はゼロとなった。

そして、歩いてきた山上容疑者が1発目の銃弾を発射するまで、警護員たちはその存在に気づくことができなかった。

◆ 制服警察官不在のワケ 選挙演説特有の難しさも

今回、現場には制服警察官はいなかった。

制服警察官はSPや警護員のようにスーツを着た私服警察官と違い、“自分自身が警察官であること”を周囲に示しながら活動できる。いわゆる“見せる警備”である。
時にそれはテロや事件を起こそうと考えている者たちに対し、一定の抑止力を持つと考えられている。

実際、この事件の前日、山上容疑者は岡山県の演説会場で安倍元総理を襲撃しようと考えていたが、制服警察官ではなかったものの周囲にいる警察官(SP)の存在を確認するなどしたことで、犯行を諦めたという趣旨の供述をしている。

だが実は、奈良県警では「慣例として」選挙演説で制服を着た警察官を配置してこなかったという。

そこにはこうした演説特有の難しさもあったかもしれない。
制服警察官がいることで、演説を行う候補者や政治家側が集まった有権者に対し威圧的な印象を与えてしまうなどの悪影響を気にすることも多いという話は、取材でよく耳にする。

実際に「私の支持者に悪いものはいない!」などと、警護警備の体制縮小を求める政治家らも少なくないと実際に要人警護を指揮していた警察関係者は話す。
1人でも多くの有権者と触れ合うことを重要視する政治家も多いが、聴衆が警護対象者に近づく機会が増えれば増えるほど、警護側にとってリスクは増していく。 

実は今回も、安倍元総理は演説後に有権者らと直接触れ合うことを予定していたという。銃撃よりもそういった聴衆の中から何者かが飛び出し、襲いかかることが想定としては大きかったため、前方に注意が向いてしまっていた側面もあるという。

◆ 「失敗は許されない」 警備警察の今後は

「警護警備の世界では1つのミスもない100点の結果だけが求められる。失敗や言い訳は許されない」
警護警備を担当する警察官から何度も聞いた言葉だ。何かが起きてしまったら、それは失敗と判断される厳しい現場。

その一方で、警護対象者や政治家側から求められたことに対し、意見を言いづらい状況も醸成されていると聞く。
言われた通りのルールや日程で警護警備を完遂することが常に求められる。

今回は、前日に急遽安倍元総理の奈良入りが決まり、そこから警護警備の準備が始まった。
6月25日の自民党の茂木幹事長が同じ場所で演説を行ったが、その時と比べわずかな警察官の増員のみで対応し、事件は起きた。

警護員の育成の問題もある。
4万人を超える警察官の中から選りすぐられたSPを有し、実践経験も数多く積むことができる警視庁と、数千人しかおらず、要人警護の機会も少ない地方の警察では当然、警護員のレベルには差がある。

しかし、それでも今後も都道府県を問わず、全国各地で予定通りにはいかない警護警備活動は求められていく。
来月末に行われる予定の安倍元総理の国葬もその1つだろう。多くの政治家や著名人、海外要人が訪れることが予想されるが、いつ誰がどこに来るのかを含め、詳細は決まっていない。
さらに、来年は広島サミットも控えている。

山上容疑者が奈良市内で事件前に行った試し撃ちで異変に気づいていれば、演説時に後方をもっと警戒していれば、後ろに壁などを背負った場所や選挙カーの上で演説していれば、タラレバではあるが、何かが1つでも変わっていたら事件は防げていたのかもしれない。

警察庁の検証チームが8月末にまとめる報告書はどういった内容になるのか。今回の事案から学んだことが生かされ、同様の事案が二度と起きることがないように、今後も取材を続けていきたい。

ANN安倍元総理銃撃事件専従取材班(社会部事件担当キャップ)金井誠一郎

画像:事件直前に演説する安倍元総理(視聴者提供)

こちらも読まれています