「検察は“危険運転”を裁判で問うべきだ」 194キロ“激突”事故で識者指摘(2)[2022/09/03 10:30]

一般道を時速194キロで走行した車が、右折しようとした車に激突、乗っていた男性を死なせた大分市の事故。
大分地検は194キロの猛スピードが、「進行を制御することが困難な高速度」ではなかったと判断して「危険運転致死罪」を適用せず、「過失運転致死罪」で加害者の元少年を起訴した。

真っすぐな道路を高速度で走らせて起きた事故の場合、「危険運転致死傷罪」を適用するハードルは非常に高い、と識者も指摘する。
そしてそれは、「危険運転致死傷罪」創設時の法制審議会で「刑の慎重な適用」を求める声が強く、厳しい縛りがかけられているからだという。

それでも、前代未聞の「高速度」による事故を「過失運転」で起訴することは正しい選択なのか。
検察側はこの問題にどう臨むべきなのか。
危険運転致死傷罪をめぐる過去の裁判例などを踏まえながら考えていく。

■ 「裁判長は自分と同じ法律家だから…」

「危険運転致死罪の適用が見送られたまま過失犯としての刑事裁判が開かれてしまうと、各地の検察庁でも、『法定速度を134キロも超えるような事案で、危険運転致死罪の適用を見送った』という情報が広まり、今後同様の判断が重なってしまうことでしょう」

8月に開かれた遺族の記者会見。
死亡した小柳憲(こやなぎ・けん)さん(当時50歳)の姉は、そう訴えた。

「それは世の中のドライバーに対して、『速度超過だけなら、まず危険運転致死傷罪は適用されることはない』という誤ったメッセージを発信することになり、法律が本来持っていた、危険な運転に対する抑止効果が大きく損なわれてしまいます」

事故は去年2月、大分市内の交差点で起きた。
右折しようとしていた小柳さんの車に、194キロという猛スピードで直進してきた元少年(当時19歳)の車が激突。
小柳さんは出血性ショックで死亡した。

事故から2カ月後、大分県警は「危険運転致死」容疑で元少年を書類送検。
しかし1年以上経った今年7月、大分地検は「危険運転致死」罪(最高刑は懲役20年)ではなく、「過失運転致死」罪(最高刑は懲役7年)で起訴したのである。

危険運転致死傷罪の適用をめぐる問題について法社会学の視点から分析・検討している、福岡大学の小佐井良太教授は、「進行を制御するのが困難な高速度」の解釈が、現実の事故の実態や、被害者の思いから乖離(かいり)していることが問題だと話す。

「危険運転致死傷罪の解釈については、作られた当時の趣旨(立法者意思)が今なお主流で、それに忠実に従う“抑制的”な法解釈が、裁判官や検察官などの間で広く共有されている。
現実に起きている悪質・重大な交通事犯に対して、本来、どのような刑事責任が問われるべきかという考え方がないんですね。
そこにこの問題の本質の、重要な一端があると思います」

小柳さんの姉が検察官から聞いた言葉は、小佐井教授の指摘を裏付けるかのようだ。
「危険運転致死罪で上げたら、裁判長がどのように判断するのかはまだわからないじゃないですかって(検察官に)言ったんですけど、『自分と同じ法律家だから、自分の考えと同じであろう』と答えました」

それでも、と姉は思う。
「まだわからないんじゃない?」

■ 検察は「本当に罪に問えないのか裁判で問うべき」

小佐井教授も、194キロでの走行が、本当に「進行を制御するのが困難な高速度」ではないのか、検察が裁判で問わない限り、検証することすらできないと指摘する。

「そもそも裁判所の判断を仰ぐことができない、土俵にすら上がれないということは問題があると思います。
本来、検察というのは必要な時には起訴を行う、これが本当に罪に問えないのかということを裁判の場で問うていくべきなんです」

「危険運転致死傷罪」という特殊な生い立ちを持つ規定は特に、裁判を通じて解釈を深めていく必要があると小佐井教授は言う。

「裁判所に対し、やはりこれは単なる過失運転では済まされない、『危険運転』で問われるべきだと論拠を固めて問うていく。そういうことがないと、この規定は生きてこないのかなと思います。
これまで飲酒運転などでもそういう積み重ねで、結果として法を動かせる、動かしていける部分があった。それは重要なのかなと思います」

■ 飲酒運転では一転、「危険運転」の認定も

危険運転致死傷罪は、「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為」にも適用されるが、こちらも過去、その解釈が問題となってきた。

2006年、福岡市内で飲酒運転の乗用車に追突されたRVが海に転落し、幼児3人が死亡した事故。

一審の福岡地裁は、被告が事故現場まで右左折やカーブ走行で問題を起こしておらず、「酒の影響で正常な運転が困難な状態」だったとは言えないとして、危険運転致死傷罪の成立を否定した。
これに対し、検察側は控訴審で、事故の再現映像を証拠として提出。
「被告は酒の影響で、先行する車の状況に応じた運転ができない状態だった」と主張した。

こうした新たな証拠などを踏まえ、福岡地裁は一審判決を破棄。危険運転致死傷罪を適用する判断を下したのである。

2014年に北海道小樽市で女性4人が死傷した飲酒ひき逃げ事故では、札幌地検が当初、運転中のスマートフォン操作など脇見運転が事故原因だとして、「過失運転致死傷罪」で起訴した。
しかし遺族らが「危険運転致死傷罪」の適用を求める署名活動を展開。
札幌地検も「補充捜査」を行った結果、「飲酒の影響を立証できる証拠が得られた」として訴因を「危険運転致死傷罪」に変更した。

裁判では一審・二審ともに「酒の影響で正常な運転が困難な状態だった」と「危険運転致死傷罪」を認定。被告に懲役22年の判決が下された。

「飲酒運転の場合も、『正常な運転が困難な状態』とはどういう状態なのかということをめぐっていろんな判例が積み重ねられた、まさに条文の解釈を裁判所が具体的な事例をもとに積み重ねたことによって、『アルコールの影響により正常な運転が困難な状態』とはどういう状態なのかが明確になっていく。
裁判を通じて本来、そういうことが期待されているし、この『高速度』に関しても同じことだと思うんです」(小佐井教授)

■ 検察は「制御困難な高速度」を検証したのか?

事故で死亡した小柳さんの姉は、元少年が出した時速194キロというスピードが、「進行を制御することが困難な高速度」だったかどうか、大分地検は十分に検証していないのではないかと疑っている。

「加害者の視野は高速度によりどれほど狭くなっていたのか。(右折しようとした)弟から見てどのぐらいの光が見えたのか。検察官にいろいろと疑問をぶつけましたが、そのような検証は全くしていないようでした。
現場にはブレーキ痕もない。結局、194キロで飛ばしていて急ブレーキなんか踏めないですよ。踏んだら自分の車自体がどうにかなってしまうんじゃないか。でもそういう検証もなされてないですよね」

小佐井教授はこれを機に、「進行を制御するのが困難な高速度」がどういうことを言うのか、改めて議論すべきだと考えている。

「これまで『制御困難』という概念が非常に狭かった、それを『具体的な交通規制に従って安全に車を進行させることができない』ことなんだと、捉え直していくべきじゃないかと思います。
この道路でこの状況でこの速度で走ったら、さまざまなことに到底対応できないということが分かっている、しかしあえてそのスピードで走るという場合に、これを『高速度』で問えないというのはやはり規定としておかしいだろう、そういう根源的な問いかけをした時に、裁判所はどう考えるのか」

■ 「危険運転」起訴ためらう背景に人員不足?

1999年に起きた東名高速での飲酒トラックによる追突炎上事故の遺族で、危険運転致死傷罪の“生みの親”とも言われる井上保孝さん郁美さん夫妻は、「危険運転」に関する検察の判断にばらつきがあると指摘する。

「本来、法律はどこに住んでいてどこの検察官、どの検察庁に対応されても同じように適用されないといけないはずなのに、ものすごくその運用にばらつきが出てしまって、それによって泣く被害者遺族がたくさん出てきたのは事実だと思います。法律が悪いというよりは、法律の運用にばらつきがある。
無理して『危険運転』で起訴して万が一無罪になったらまずいなと思って、なんとなく安全牌な『過失』罪にしか問わない、そういう残念なケースがあって、そこが遺族を苦しめているのだと思います」

小佐井教授は、検察が「危険運転」の適用をためらう背景に、検察の人員不足もあるのではないかと指摘する。
「危険運転致死傷罪」で起訴すると裁判員裁判の対象になり、検察側の負担が格段に増えるのだという。

「検察の人員が増えてないために、裁判員裁判も多分あっぷあっぷというか、限界ギリギリでやっている。そのあたりのひずみが例えば、危険運転致死傷罪で起訴して裁判員裁判で問うべきだという事案が出ても、二の足を踏ませてしまうことにもつながっているのでは、と思います」

だが裁判員裁判に問うてこそ、市民の判断を法の解釈に取り込むことができるはずだ。
「一般のドライバーの基準・感覚から見て大きく逸脱しているものは重く責任を問う、それが一番、国民の理解を得られやすいところですよね。
高速道路上に車を停止させた“あおり運転”の事故も、市民を交えた裁判員裁判で『危険運転』の適用を認め、それを踏まえて必要な法改正につなげています。
『高速度』に関しても同じようなステップを踏む必要があるんじゃないか」(小佐井教授)

死亡した小柳憲さんの姉は会見で、こんな複雑な思いを吐露している。
「(加害者の)命があって良かったと思っています。償ってほしいと思っています」

時速194キロという猛スピードで激突しながら、生き残った元少年。
裁判で、その罪は問うことができる。
だが償うべき行為は「過失」になるのか、それとも「故意」か。

当初9月21日に開かれる予定だった初公判は関係者の都合で延期となった。
まずは福岡高検と最高検に訴因変更を求める上申書を提出した小柳さんの遺族。
今後も大分地検に、危険運転致死罪の適用を求め、様々な働きかけを行っていくつもりだ。

テレビ朝日報道局 佐々木毅

※写真は死亡した小柳憲さん(遺族提供)

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