「性交」教えにくい学校の性教育…「もっと早く教えていれば」先生たちが抱える危機感[2022/12/17 11:00]

「妊娠したかもしれない」 
静岡県の公立中学校の養護教諭・本間江理子さんは、かつて女子生徒からこう相談された。
女子生徒の相手は、年上の少年だった。
本間さんは、保護者も交え相談を重ね、女子生徒はその後、中絶することを選んだ。

県内の中学校では、女子生徒が妊娠し、出産したケースもあったという。

思春期の男女が起こす性のトラブルは深刻なものも少なくない。
日々こうしたトラブルと向き合う先生たちは、学校の性教育に危機感を感じている。

「性交」に関わるトラブルが多いのにもかかわらず、文部科学省が定める学習指導要領に、授業で性交について教えにくい「はどめ規定」があるからだ。

「はどめ規定」とは、一体何なのか?また何のためにできたのか?
「性交」について教えるのを避け、十分な性教育が行われていないと指摘される学校で、先生たちはどんな懸念を募らせているのか。

■先生たちが感じる性教育の必要性

静岡県の公立中学校の養護教諭・浅井佐智代さんは、以前勤務していた学校で、生徒同士のカップルにこんなトラブルがあった。
「付き合ううちにだんだんエスカレートしてきて、片方の子が一方的に相手の身体を触りたい。相手の子はためらっていたけど、断ったら嫌われるのではないかと悩んで相談に来ました」
2人の関係に気づいた先生らが、交際について授業で取り上げたという。

養護教諭の本間江理子さんは「どこの学校でも、こうした性に関する問題は現実に起こっています」と話す。

「早いうちからの性教育が必要だと感じています。自分の身体を守るとか、相手を大切にするとか、そういうところから育んでいかないと、本当の意味で「性は人権だ」という認識にたどり着かないのではないかと思います」

静岡県内では、6年前、生後間もない乳児の遺体を遺棄したなどとして高校生の男女が逮捕された。

中学校の元教諭・松林三樹夫さんは、事件を聞き、性教育の必要性を痛感した。
「性交すれば、妊娠の可能性があるということ、妊娠を望まなければしっかり避妊しなくてはいけないということ。そうした基本的な性教育がされていないから、こうした悲しい事件が起こる。私たちは、子どもたちを被害者にも加害者にしたくないんです。それは大人の責任だと思います」

「中学を卒業したら、進路はバラバラです。だから、義務教育の間に平等に性教育をしておかなくてはいけないと思うのです」(本間さん)

■学校の性教育が進まない理由

性教育の必要性を感じ、本間さんたちは、勤務する学校や地域の学校で、性に関する授業をしてきた。
教員たちでサークルをつくり、どんな内容をどう伝えるかなど、実践を通して見えてきた課題を話し合ってきた。

本間さんたちが取り組むのは「包括的性教育」だ。身体についての科学的な知識だけじゃなく、ジェンダーや、相手を大切にするなどの人権についても学ぶ授業だ。

性への関心が高い思春期の生徒たち。遊びのつもりでやっている「ズボンおろし」が、いかに相手の人権を傷つけるものか、授業をしたという先生もいた。

このサークルの先生たちは、性交についても避けることなく、伝えている。性交を避けてしまうと、子どもたちの正しい理解につながらないからだ。
「性感染症だって、性交を語らなければ、どうやって感染するのか伝えることはできない」(本間さん)

しかし、性交を避けて授業をしているという学校は少なくない。
理由の一つは、学習指導要領にある「はどめ規定」だ。

身体の仕組みや人の誕生などについて学ぶ、小学5年の理科と中学1年の保健体育の学習指導要領には、「人の受精に至る過程は取り扱わない」「妊娠の経過は取り扱わない」とあり、学校で性交について教えることを避ける傾向が続いてきたのだ。

■根拠不明の「はどめ規定」

そもそも「はどめ規定」はいつ、何のためにできたのか。

「はどめ規定」が、学習指導要領に記載されたのは、1998年だ。
その経緯を、文部科学省に問い合わせたが「経緯が分かる資料が残っていない」という回答が返ってきた。

20年以上に渡って、学校や先生たちを縛り付けている「はどめ規定」。しかし、その根拠は不明なままなのだ。

「『はどめ規定』ができた、すぐあとの2000年代、ジェンダーや性教育へのバッシングが起きました。政治と性の問題が、密接に絡みついていた。その流れと足並みは揃っていたと思います」
そう話すのは、埼玉大学教育学部の田代美江子教授だ。

田代教授は、このとき起きたジェンダーや性教育へのバッシングが「はどめ規定」ができた理由とつながっている可能性があると指摘する。

2002年、国会で一部の議員が中学校に配布されていた性教育の副教材の冊子を批判し、のちに冊子は絶版となり、回収された。
また2003年には、後に述べるが、都立七生養護学校(当時)への批判も起きている。
その後、2005年にも、国会で性教育の副教材が問題にされた。

国会議員らは、性交や避妊方法を教えることが「セックスをあおっている」「ピルをすすめている」などとして、「行き過ぎた性教育だ」と批判した。いずれも「はどめ規定」に通じるものがあるのだ。

「学校での性教育を進めるためにも、現場を萎縮させる『はどめ規定』はなくさなくてはいけません。それだけでなく、政治家が学校の教育内容を批判する、教育への政治的介入は許されないことです。
学習指導要領は、すべての生徒児童に指導する必要がある内容の最低基準で、子どもたちに合わせた教育内容をつくるのは、それぞれの学校と先生たちの権利です」

■「性交」を教えることはできる それでも学校が避ける理由

学習指導要領の「はどめ規定」があるものの、文部科学省は、性交について「各学校で必要があると判断すれば、個々の生徒に指導することはできる」としている。

「教えてもいい」ことなのに、なぜ教えない学校が多いのか。

その理由の一つが、2003年に東京都で起きた都立七生養護学校(当時)に対するバッシングだ。

学校で行われていた知的障害のある子どもたちへの性教育に対し、一部の都議会議員らが「学習指導要領を逸脱している」などと批判。東京都教育委員会は教職員らを厳重注意したのだ。

のちに教職員らは、「教育への違法な介入」として東京都と都議を訴えた裁判で勝訴するが、この出来事をきっかけに、学校が萎縮し「『はどめ規定』を超えた指導をしない」という認識が広がった指摘されている。

■外部講師に授業を依頼 でも、時間が足りない

とはいえ、先生たちは、生徒たちに性交も含めた性教育が必要だという思いを抱えている。

9月末、福島県本宮市の白沢中学校で、3年生を対象にした性に関する授業が行われていた。教壇に立つのは、産婦人科医・桜井秀さんだ。

「愛しあっていれば、性交したいと思うのは自然なこと」
「男性のペニスが女性の膣に入り射精する。精子が卵子に到達すると、受精します」
桜井さんは、性交についても避けることなく生徒たちに話をした。

この学校では、各学年で年に1回、桜井さんや助産師を講師として招き、授業をしている。

日下部準一校長は「生徒たちに知識がない中で、性交などが行われ、後悔するようなことがあってはいけない」と、桜井さんに授業を依頼した。
「『はどめ規定』がある上、専門知識がないため、学校の教員だけで生徒たちに教えることはできません」

この学校のように、性教育を産婦人科医などの外部講師に依頼する学校は少なくない。

桜井さんは、福島県郡山市の中学校などでも同様の授業を行っている。
授業を終えると、「よくぞ、教えてくれました!」と先生たちから感謝の声が届くこともあるという。
「先生たちも、生徒たちに教えたいという気持ちがあるんですよね。でも、何か問題を起こしたら、という懸念が強いのだと思います」

桜井さんがそれぞれの学校で授業をするのは、年に1回。生徒たちに教えられることは限られていると感じている。

「外部講師が授業をして、それで十分ではありません。外部講師が種まきをして、生徒と先生が性の話をしやすくなる。風通しが良くなった上で、日常的に接している先生たちが、第二、第三の授業をしていくことが理想的なのかなと思っています」

■「はどめ規定」を超え 性教育を進めるためには
埼玉大学の田代教授は、「はどめ規定」をなくすだけでなく、子どもたちが平等に性教育を受けられるような仕組み作りが必要だと感じている。

「日本の子どもたちには包括的な性教育が必要だと、国連子どもの権利委員会などからも指摘を受けています。性教育が義務化されている国もたくさんある中で、早くそういう指摘に応えていかなければいけないと思います。
また、性教育の教材を作るなど、性教育をしたいと思っている現場の先生たちを支える動きができるといいのではと考えています」

十分な性教育を受けられずに、影響を受けるのは子どもたちだ。
子どもたちが、自らたくさんの情報にアクセスできる現代だからこそ、きちんとした性教育を受ける必要があると感じる。

そのためにも、現場の足かせとなっている「はどめ規定」が本当に必要なのか議論が進み、十分な性教育を受けてこなかった大人も、子どもたちと一緒に学んでいく必要があるのではないか。

テレビ朝日報道局 笠井理沙

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