子どもを性暴力から守る「生命の安全教育」って? 「からだの大切さ」をどう伝えるか[2023/04/01 10:00]

「知らない人に、自分のからだのどこを触られたら嫌かな?」

宮城県白石市の深谷小学校。1年生の教室で、養護教諭の三代澄子さんが子どもたちにこんな問いかけをした。
子どもたちは「おっぱい」「おしり」など、恥ずかしそうに笑いながら答えていく。

子どもたちが取り組んでいたのは、「生命(いのち)の安全教育」の授業だ。性犯罪・性暴力の被害者、加害者にならないための知識を子どもたちに学ばせるもので、文部科学省は4月から全国の小中学校などで、この取り組みをスタートする。

性暴力から自分や友達を守るための授業とは、どのようなものなのか?モデル校として、一足先に授業を始めた学校などを取材すると、ある課題が見えてきた。

■「からだは大事」から始まる授業 

養護教諭の三代さんは、1年生の子どもたちに「みんなのからだは全部大事」と伝えたあとで、特に守ってほしい場所について説明した。

「みんなに特に守ってほしい場所を『プライベートゾーン』と言います。おしりとか性器とか水着で隠れるところで、自分だけの大切な場所です。
だから、他の人に見せたり触らせたりしない、他の人のものを見たり触ったりしない、カメラなどで撮影したり撮影させたりしない」。

授業では、誰かがそうしたことを守らずに嫌な気持ちになったときは「やめて」と伝えること、その場から逃げたり離れたりすること、周りの大人や友達に相談してほしいということも伝えられた。

子どもたちからは「プライベートゾーンがわかった」や「嫌な気持ちになったら、こうすればいいとわかった」という感想が寄せられた。

文科省は2年前、指導モデルを作るため、一部の学校で授業をスタートさせた。白石市は、子どもたちが命の大切さを学ぶことができればと、文科省の取り組みに参加した。
深谷小学校のほか、市内の2つの小中学校でも授業が行われている。文科省がつくった教材をもとに、先生たちが指導案をまとめた。

プライベートゾーンなどについて学ぶ小学1年の授業から始まり、性暴力にあったときの対処法、中学になると性暴力とは何かだけでなく、LGBTQなど性の多様性についても勉強する。

平間正信校長は授業を通して、子どもたちのからだについての知識が増えたとして「実はこういうことがいけないことなんだ、悪いことなんだと分かっていくことが非常に大事なのではないかと思います」と話した。

養護教諭の三代さんも「からだについての知識があれば、もしもの時に子どもたちが周りにSOSを出せる」と感じている。その一方で、こんな懸念もあるという。
「家族や友達と手をつないだり、抱きしめあったりして安心するなど、いい触れ合いもあります。授業を受けた子どもたちが『触れ合うこと』に敏感になってしまうのは嫌だなと感じています」。

三代さんは「いいタッチがあることも学んでほしい」と、授業に友達や先生と手をつなぐなどの遊びを取り入れていた。
「こういうことをしてはいけない、だけでなく、自然なふれあいもあるということをうまく伝えられたらなと考えています」。

■「心がまえ」だけでなく「からだの権利」を伝える

「性はネガティブなもので近寄らない方がいいものという扱いで、教材が作られているのが『生命の安全教育』の一番大きな問題ではないかと思っています」。
そう話すのは、性教育に詳しい水野哲夫さん(一橋大学等非常勤講師)だ。

国内の学校では「性交」や「避妊」について教えることを避けるなど、十分な性教育が行われていないと指摘されている。学習指導要領に「人の受精に至る過程は取り扱わない」などとする「はどめ規定」があるからだ。(詳しくは【「性交」教えにくい学校の性教育…「もっと早く教えていれば」先生たちが抱える危機感】を参照)その影響は、「生命の安全教育」にもあらわれているという。

「『生命の安全教育』の授業を受けた小学生の感想には、『どうしてそんないけないことを大人はしているのだろう』というものがありました。この児童は、性暴力ではなく、性的関係そのものを『いけないこと』と捉えていたのです。
性行動がすべてネガティブなものであるなどということはありません。同意・合意にもとづいた性行動は人にとってよろこびであり、ポジティブなものになる可能性があります。

『性暴力とは同意のない性行為です』と文科省のモデル教材でも述べています。これは正しい記述です。しかし、モデル教材はそこから『同意』や『からだの権利』という大切な概念を考え深める方向には進まず、『性暴力防止のためには適切な距離感を取りましょう』でお茶をにごしてしまっています」。

さらに水野さんは「触ってはいけない、触らせてはいけない」などの「心がまえ」を説明して終わるような授業が、性被害にあった子どもたちを苦しめる可能性があると指摘する。

「大人がルールを決めて、子どもたちに『守りなさい』と言っているのが、『生命の安全教育』の全体としてのトーンです。
子どもが性被害にあった時、言いつけを守ろうとする子どもほど『言いつけを守れなかった自分が悪い』と自分を責めてしまうのではないかと心配しています」。

では、自分のからだを守るということを、どう伝えるべきなのか。

水野さんは、「してはいけない」という「心がまえ」を詰め込むのではなく、「自分のからだは自分だけのもの」「自分のからだをどうするかはその人だけが決められる」という「からだの権利」を子どもたちに伝える必要があると考えている。

「どんな人にも『からだの権利』があるということを深く捉えると、性暴力が何を踏みにじる行為かということも深く理解できるし、自分の行動を考えるときの指標も明確になると思います」。

■親が伝える「からだの大切さ」

「ほっぺや頭とかを触られて子どもが嫌だと思っても、『プライベートゾーンじゃないから…』と子どもが思うのではないかなと思って。子どもにどう伝えたらいいですか?」

1月中旬、福島県二本松市の公民館で、母親たちが子どもへの「性教育」について、疑問を出しあっていた。

この会を開いた三浦実子さんも2人の子どもを持つ母親だ。看護師と保健師として働いてきた三浦さんは、仕事を通じ「からだの権利」を子どもたちに伝える必要があると感じ、2年ほど前から保護者向けの性教育講座を開いている。

三浦さんは「プライべートゾーンを伝える前提として大事なのは、『あなたのからだはどの部分も大事だよ』と伝えること。
ご飯を食べる、清潔に保つ、元気がないときは休むなど子どもが自分を守れるように何ができるかを一緒に考える。プライベートゾーンに限らず『自分のからだに、いつ誰がどのように触っていいかは自分が決めていいんだよ』ということを伝えることが必要だと思います」と参加者の質問に答えた。

三浦さんは「生命の安全教育」が学校で始まることをきっかけに、家庭でからだや性について話す機会が増えればと考えている。

「『からだの権利』を知ることで、子どもたちは自分を大切にする。そのことで自己肯定感も育まれると感じます。性暴力についてだけじゃなく、自分の人生をどう選択していくかなどにも、つながってくると思います」。

SNSで妊娠に関する相談を受け付けるNPO法人「はーぐる」の小林さやかさんも指摘する。

「相談を受けていて、親に相談できないという若い子たちが多いと感じました。思いがけず妊娠してしまっても、お金の問題など親に相談出来たら解決できたのにというパターンもあります。
家でもからだや性について話す時間が必要だと感じています。普段からそういう会話ができると、いざと言うときにも相談がしやすいのかなと思っています」。

性犯罪・性暴力をなくすため、学校で授業が始まることには大いに期待したい。しかし、取材を進めると、「『生命の安全教育』って何?という教員もいる」という声も聞かれた。
新年度に向けて準備が進む学校がある一方、全く準備をしていないという学校も少なくないようだ。

世界的にも性教育の遅れが指摘されている日本だ。新しく始まる取り組みにも、性教育への消極的な姿勢が色濃く残ってしまっては、もったいない。

「生命の安全教育」をきっかけに、学校でも家でも、自分のからだについて考え、子どもたちと一緒に上の世代も学んでいく必要があると感じた。

テレビ朝日報道局 笠井理沙

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