小さな劇場で、それまで知らなかった監督や俳優、行ったことのない国の映画を観る。そんな多彩な映画に触れることができるミニシアターが、相次いで閉館している。
去年7月にはミニシアターの草分けである東京・神保町の「岩波ホール」が閉館、来月には「名古屋シネマテーク」が40年余りの歴史に幕を下ろす。理由は、コロナ禍を経た経営難だ。
そんな中、今年3月に復活を果たしたミニシアターがある。山形県鶴岡市の「鶴岡まちなかキネマ」だ。コロナ禍の最中、2020年5月に一度閉館したが、「街に映画館を残してほしい」、そんな市民の声が後押しし、再び市内唯一の映画館として歩み始めた。
しかし、運営は順風満帆ではない。コロナ禍を経て、観客の行動にも変化が出てきている。
映画文化を守るミニシアターが生き残るために、必要なこととは?
■市民の声から生まれた映画館
「ある男」、「夜明けまでバス停で」、インド映画「RRR」…
スクリーンへ続く廊下には、アクションから社会派の映画まで、個性的なラインナップの作品ポスターが並んでいる。
山形県鶴岡市中心部。住宅街を抜けると、三角屋根の建物が見える。市内唯一の映画館「鶴岡まちなかキネマ」、通称「まちキネ」だ。木造の建物の中に入ると、天窓からは暖かな日が差し込んでいた。
「まちキネ」は絹織物工場として使われていた約1580平方メートルの建物を活用し、2010年5月にオープンした。
きっかけは市民の声だった。鶴岡市や隣接する酒田市は、映画「たそがれ清兵衛」や「おくりびと」のロケ地になっていたため、「鶴岡を映画の街に」という声が盛り上がった。
しかし、市内には映画館がなかった。そのため地元の企業や銀行などが出資し、まちづくりを進めてきた会社が運営を担うことに。市民の声を形にした映画館が誕生した。
開館時からのスタッフ、齋藤拓也さん(38)は「隣町にある大きな映画館との住み分けは意識していた」と話す。「まちキネ」では、100席超の大きなスクリーンでアニメなどの大作を封切とともに上映。それと同時に、首都圏のミニシアターで話題となった作品などを選び上映することで、差別化を図った。その甲斐もあって、県外から足を運んでくれる観客も少なくなかった。
また市民から「こんな作品が見たい」とリクエストを受け、「沖縄」や「福祉」などをテーマに、作品を選ぶこともあった。子ども会や敬老会などの団体向けの上映会を開催するなど、地域に密着した映画館をつくっていった。
■追い打ちをかけたコロナ禍
だが、そんな市民の映画館は、2020年5月、突然閉館した。4月、全国に出された緊急事態宣言を受け、休業を余儀なくされた。再開を待つ市民も多かったが、10年の歴史に幕を下ろすことになったのだ。
「新型コロナの流行が閉館するきっかけを作らせてしまった」。そう話すのは、映画館に隣接する商店街の代表で、映画館の出資者でもある三浦新さん(72)だ。
「開館して以来、年間6〜8万人が来てくれていましたが、目標としていた13万人には届かず、なかなか黒字化はできていませんでした」。
赤字続きの経営を改善しようと、人員を減らすなどの対策もした。スタッフの齋藤さんは「人数が減ってもサービスを低下させないように、映写などの仕事をしながら、上映スケジュールや上映ガイドをつくるなど一人何役もこなすようになった」と話す。
しかし、観客の動員数は作品に左右されることもあり、思うように増えず、経営状況を改善することができなかった。
「新型コロナによる休業で、現金収入がなくなったというのが非常に大きかった。これ以上赤字を増やさないうちにという、経営側の判断だったと思います」。(三浦さん)
■「映画館を残して」 市民の声で復活
突然の閉館は、再び市民の心に火をつけた。閉館から1カ月、市民や全国の映画関係者ら映画館存続に向けた署名活動を始めたのだ。「学校帰りに映画デートがしたい」、「高齢者同士で行ける映画館を残してほしい」などの声が寄せられ、署名は1カ月余りで、1万筆を超えた。
三浦さんも、鶴岡市などに映画館の必要性を訴え、支援を求め続けた。「多くの人にとって、映画館の果たす役割というのがあると思うんです。大作映画ではない、感動できる映画などを地方の都市で観ることができないというのは、すごくマイナスだと感じました」。
市民らの署名や三浦さんたちの訴えは、鶴岡市を動かした。鶴岡市は、映画館の建物を買い取った社会福祉協議会、地元の商店街のメンバーらと映画館を残すための話し合いを始めた。地域で映画館を支えることができないか、検討を進めた。
そして、4スクリーンあった映画館を2スクリーンに縮小し、三浦さんたち商店街のメンバーでつくる会社が運営を引き継ぐことで、再開が決まった。地域が支えることで、映画館を復活させたのだ。
■「ここからが大変」 俳優・井浦新さんの支援などで集客図る
こうして、今年3月に再開した「まちキネ」。映写機の更新などのために行ったクラウドファンディングでは、目標を大きく上回る1000万円を超える支援が寄せられた。
だが、支配人となった齋藤さんは、新型コロナの流行前とは違う状況に直面した。
「閉館前にやっていたときは、昼過ぎの回とか一番動員のピークになる時間帯だったのですが、それがそんなにお客さんが入らない。外出を控える人や、家で楽しめるものが増えたりして、コロナの前と後では、お客さんの行動が変わってきていると感じています」。
再開後は、スクリーン数が減り、上映できる作品数も減った。観客がたくさん入る作品を選ぶことも重要だが、多彩な作品を上映し、「まちキネ」らしさを打ち出していく必要もより一層感じている。苦しい経営の中、一度は閉館した映画館だからこそ、齋藤さんは「ここからが大変」と話す。
通常料金は1700円だが、シニア割引や年会費5000円のサポーターになれば1000円になるなど、さまざまな割引料金を設定して、コアの観客であるシニア層やリピーターの獲得には成功している。
ただ、割引料金での集客は客単価が下がることにつながる上、目標である動員増には新たな客層の開拓が必要だ。
そこで考えたのが、「まちキネ」を支援してくれている俳優や映画監督が選んだ作品の企画上映だ。第一弾は、俳優の井浦新さんが選んだ4作品を期間限定で上映。ホアン・シー監督の「台北暮色」や、井浦さんの映画デビュー作「ワンダフルライフ」などだ。通常料金よりも300円安くすることで、初めての人でも来やすいよう工夫をしたという。
斎藤さんは「今まで映画館に足を運ばなかったというお客さんを呼び込み、年に1回でもここに足を運んでもらうというのが今の目標です。こういう映画をやっているから、行こうという機会を増やしていって、目標の観客動員数につなげられたら」と話す。
■ミニシアターを支えるためには
厳しい状況が続くミニシアターは「まちキネ」だけではない。去年7月には、ミニシアターの草分けである「岩波ホール」が閉館、また来月には「名古屋シネマテーク」が閉館を予定している。
全国のミニシアターなどでつくる「コミュニティシネマセンター」の事務局長・岩崎ゆう子さんは、多彩な作品を上映するミニシアターを守るため、その重要性を訴え続けている。
「今年のカンヌ国際映画祭で、役所広司さんが男優賞を受賞したヴィム・ヴェンダース監督の映画には、「ベルリン・天使の詩」のような、もともとミニシアターの上映からスタートして、大ヒットしたというものもあります。役所さんの快挙が起こるような土台を作ってきたのがミニシアターだと言えると思います」。
コミュニティシネマセンターのまとめによると、去年映画館で公開された1348本の作品のうち、46%がミニシアターのみで公開された。ミニシアターがなくなると、上映の機会を失ってしまう映画は少なくないのだ。
岩崎さんは、ミニシアターのような小さな映画館がなくなることで、映画館のない地域が増えていくことにも危機感を覚えている。
「文化とか芸術を享受できる環境を、一定程度確保する役割を果たしているのが、地域の映画館やミニシアターだと思っています。映画館が一つもないという地域もあり、環境に大きな差が出てしまっています。
例えばフランスでは、小さな村や街にも映画館があり、国などが映画館を一つの教育的な場所であると位置づけて支援しています。日本でも、もっと早くそういう考え方を持ってほしかったなと思います」。
国は、映画製作に助成金を出すなどの支援を進めている。一方で、映画を上映する映画館に対する公的な支援はほとんどない。岩崎さんは、出来上がった作品を観客に届ける出口までのサポートを求めている。
「いい作品をより良い形で観客に届けるために、映画館で働く人たちの労働環境に余裕を持つことや、様々なプログラムを実施できるような人材を育てることなども必要です。映画館の実情にあった支援策というのを、私たちも一緒に考えていけたらと思っています」。
テレビ朝日報道局 笠井理沙
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