和牛“密輸”横行の背景に政府の「縦割り」行政か 省庁たらい回しの挙句…[2023/07/28 18:00]

今年2月以降、和牛をカンボジア向けと偽って、実際には香港に輸出したとして、男らが関税法違反・家畜伝染病予防法違反の疑いで相次いで逮捕された。
警察が容疑を裏付けるために利用したのが、国際コンテナ船の「輸送履歴」だった。ネット上でオープンになっているこうした情報をたどるなどして、和牛がカンボジアに届いていないことを突き止めたという。
だが、ある業者は言う。「日本政府がちゃんとしたルールを作れば、もっと簡単に不正輸出を規制できる」。
なぜやらないのか。我々の問いに対する政府の回答は、責任回避に終始する「縦割り」そのものだった。
(テレビ朝日社会部 松本健吾)

■警察が着目した輸送履歴 捜査関係者「日本の権益を守るために…」

神奈川県警による不正輸出の一連の摘発は、和牛を積み込んだコンテナ船の「輸送履歴」を追跡したことで裏付けられたという。コンテナには1つ1つに番号が割り振られていて、通常は、荷主などが「今どこにあるのか、予定通りに到着するのか」などを確認するために利用される。積み込まれた船のデータから、経由した港や最終的にどの港で荷下ろしされたのかまで確認することができる。

捜査関係者によると、和牛が東南アジア経由で中国に流れているのではないかという情報はこれまでもあったが、疑惑だけで裏付けは難しかったという。そこで、一つ一つのコンテナの輸送履歴を洗い出した。その中で、「カンボジアに行っているはず」のコンテナが香港で下ろされていることが分かったという。
さらにこのコンテナの受取人として通関書類に記載されていた会社に警察は着目した。会社は、カンボジア・プノンペンにある日系企業だったが、調べたところ実態のない「休眠会社」だった。この休眠会社が記載されている過去の通関書類を改めて洗い直したところ、40億円を上回る不正輸出の証拠が見つかったという。
そして、6月末時点で、同じ手口を使って和牛を不正輸出したとして合わせて5人を逮捕、3つの会社を摘発した。

捜査関係者は、「警察だけの力じゃない。税関含め、日本の権益を守るために“現場”が部署の垣根を越えて団結した結果。不正輸出の首魁を捕えたことで、業界に“もう見逃さない”とメッセージを送れたはずだ。」と語った。業界では「みんな分かっているけれど摘発されない」(国内の畜産業者)と言われ続けてきた第三国経由の密輸にメスが入った瞬間だった。

「輸送履歴を追跡すれば、和牛の不正輸出を防げるのではないか。」
私が取材を通じて覚えた素朴な疑問に対し、香港向けに和牛を輸出している畜産関係者がはっきりと言い切った。「日本政府が本気で規制しようとすれば、ちょっとルールを変えるだけで簡単に網の目を狭められる。」

現時点で、農林水産省など行政側が、和牛の入ったコンテナを追跡するなど具体的な施策はとっていない。だが、「今後、事後報告だけでも義務付ければ、不正輸出は格段に減るはずだ」とこの業者は教えてくれた。
例えば、カンボジアに輸出した業者が、事後であっても、「きちんとカンボジアに届けました」と報告しなければいけないルールにする。ちゃんと報告した業者には、次からもカンボジアへの輸出を認めるが、報告せずにいる業者は、その後、「カンボジアに和牛を出したい」と言ってきても、「前回の報告がなかったですよね」と断ることができるようにする。
うその報告をすれば、公文書偽造などの罪に問われることから、守ろうとする業者は増えるはずだ。業者はぽつりと言った「日本政府は本気で取り締まる気がないんじゃないか」

■「摘発は“輸入国”の責務」 農水省の回答

 「日本政府は規制するつもりがないのか?」
 まず、畜産物を管理する農林水産省に向かった。
対応してくれたのは、検疫、海外輸出の担当職員だ。神奈川県警による一連の事件の概要については把握しているという。
「中長期的にみれば、国内向けの牛肉を、正規相場よりも不正に安く輸出することは、家畜生産者の不利益に繋がる。わが国の牛肉の信頼を揺るがしかねない」と語った。「既に(過去の事例について)、香港当局と情報共有し、日本側の輸出関連団体にも法令順守の徹底を求めた」という。

 香港や中国への不正輸出、「カンボジアルート」は公然の事実のはず。なぜ防げないのか。
担当者:「各国は畜産物等の輸入を通じた家畜の伝染病の侵入を防ぐため輸入検疫を行っており、わが国としても輸入国の求めに応じ、輸出前に畜産物を検査し、家畜の伝染病を広げる恐れがないと認められるものについて『輸出検疫証明書』を交付している」「違法な輸入品を水際で摘発するのは輸入国の責務であり、輸出先国の求める条件を順守することは輸出業者の責務」
 日本で必要とされているのは、輸出する際の検査であって、その後、どう商品が流通するかは、輸入する国、今回で言えばカンボジア、香港(中国)の責任という主張だ。

「不正輸出を防ぐには、輸出業者に<事後報告義務>をつければいいのではないか」、と尋ねた。担当者の2人はメモをとるなど、興味をもって聞いているようだった。
「確かに追跡は可能だと思います。ただ、農林水産省としては限界があります」「農林水産省の『検疫』は、あくまで伝染病の予防およびまん延の防止が目的です。私たちは“家畜伝染病予防法”に基づいて検疫を行うことができる」
つまり、農水省としては、規制を強化するなら、「家畜伝染病予防法」を根拠にしなければならないという。

予防法の本来の目的は、家畜の伝染性疾病の発生予防・家畜伝染病のまん延防止などで、ここに「コンテナの<事後報告義務>」が適するかは、「よく精査する必要がある」と答えた。聞きようによっては、「伝染病以外のこと、“輸出”のことを農水省に聞かれても困る」とも受け取れる。
担当者は、「税関当局にも確認してほしい」と言った。

■「縦割り」行政の弊害 税関「国土交通省にもお尋ねを…」

我々は、税関にも同様の質問と提案を送付した。
 回答があったのは2週間後だった。
「牛肉については、農林水産省所管の家畜伝染病予防法に基づく輸出検査の対象となっている。輸出に際し、動物検疫所の発給する輸出検疫証明の要否の確認を行い、輸出検疫証明が必要と認められる場合は、輸出検疫証明を受けているか否か、及びその記載内容と輸出申告内容との対査確認を行うこととしています」
農水省が行った検疫、発行された証明書に基づいて通関検査業務を行うということだ。
「コンテナ輸送履歴の事後報告義務化」などの対策は可能なのかという質問には、
「『コンテナ輸送履歴の事後報告義務化』については、すべての輸出者に対し多大な負担をかけることに留意する必要があると考えます。“国土交通省”にもお尋ねいただくようお願いいたします」

次は、国土交通省だという。国交省にも問い合わせてみた。
国交省関係者は「この事件の所管は国土交通省ではない。事件に関連する法律の所管、農水省に聞いてほしい」と話した。文字通り“たらい回し”にされ、「どこに責任があるのか」すら、はっきりさせられなかった。

なぜ省庁があまり本気ではないのか。
感じたのは「縦割り行政」による消極的な姿勢だった。政府としては、輸出のための検疫など正式な手続きさえ踏まれていれば、実際には申請と違う国に送られていたとしても、「関知しない」という姿勢にも感じられる。「“第三国”を経由した場合は当該国同士の問題」と主張するのだろうか。
だが「不正輸出を黙認しているのではないか」と問われ、反論できるだろうか。
「わが国の牛肉の信頼を揺るがしかねない」と答えた農水省。農水省ホームページには、以下のような文章が記載されている。

「我が国の農林水産物・食品の輸出については、農林水産物及び食品の輸出の促進に関する法律(令和元年法律第57号)に基づき、令和2年4月より政府全体の司令塔組織として農林水産省に設置する「農林水産物・食品輸出本部」のもと、政府が一体となって戦略的に取り組むための体制を整備するとともに、輸出証明書の発行などの手続の整備や、輸出のための取組を行う事業者の支援を行っていくこととしています。」(原文のまま抜粋)

司令塔と自負する「農水省」が、わかっていながら具体的な防止策を講じないのであれば、それこそ信頼を失う結果になるのではないか。

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