「ジョーカーになりきろうと」目的と手段がすり替わった原因は?[2023/08/02 19:00]

2021年10月のハロウィンの日。京王線の特急電車で13人を殺害しようとした罪に問われた服部恭太被告(26)。

事件当時、映画のキャラクター「ジョーカー」に扮した姿で社会を震撼させたが、1年8カ月後の初公判では、裁判員が「ずいぶん見た目がおとなしくなった」と目を丸くするほどの変貌ぶりで出廷した。そして7月31日、懲役23年の判決が言い渡された。

当初は自殺願望があり、「死ぬ」という目的のために「死刑になる犯行をする」という手段をとったが、いつしか、手段が目的にすり替わっていたという。服部被告の精神的な揺らぎはなぜ生じたのだろうか。

(テレビ朝日社会部 島田直樹)

■「ジョーカーになりきるため」24万円かけ扮装

2021年10月31日午後8時ごろ、服部恭太被告(26)は東京都内を走る京王線の新宿行き特急電車で70代の男性の右胸をナイフで刺したほか、火を放って計13人殺害しようとした殺人未遂の罪などで起訴された。

今年6月26日、東京地裁立川支部で開かれた初公判の注目点は2つだった。1つはこれまで記者の接見に応じてこなかった被告が起訴内容について何を語るのか。
もう1つはどのような服装をしているかだ。開廷10分前に傍聴人が法廷に入ると、黒色スーツ、首回りがブカブカの白いワイシャツに青いネクタイを締め、丸刈りで眼鏡をかけた青年が刑務官の隣に座っていた。

この服部被告のいでたちに、裁判員も「報道で繰り返されていたジョーカーの格好をして、金髪で、という印象が頭の中にあったので、ずいぶん見た目がおとなしくなったなという印象を受けました」と驚きを隠せなかった。

そして、もう1つの注目点である認否について裁判長から問われると「まず、男性をナイフによって傷つけたことやナイフを携帯したこと、電車に火をつけたことは認めます。(放火の対象である)12名の方々については殺人未遂の対象になるか、わかりません」とはっきりとした声で答え、弁護側は放火による殺人未遂について否認した。

「ジョーカーになりきるため」と借金までして24万円をかけて購入したという装いから、どこにでもいる青年に様変わりした服部被告は、初公判から終始無表情を貫いた。

■身勝手な1人目の殺人未遂

この裁判で服部被告の行動はほとんど同じだった。裁判員らが入廷すると、深いながらも短い一礼をし、親指を中に入れて握った手を膝の上に置き座る、その後は姿勢よく一点をみつめる。表情が崩れること一切なく、時々奥歯を噛む癖が出る。前半に行われた被害者の証人尋問で発せられた悲痛な声は届いているのかと心配になるほどだった。

裁判長「では服部さん、前に出て証言台の椅子に座ってください」
服部被告「はい」

いよいよ裁判の終盤、被告人質問が始まった。弁護側の質問では事件当日の服部被告の行動について、確認が行われた。服部被告は想定問答を繰り返すように素早くハキハキ答えていく。

弁護側「渋谷では何をしていましたか?」
服部被告「歩いていました」
弁護側「何分くらい?」
服部被告「30分くらいだと思います」

事件当日、八王子市内のホテルを夕方に出た服部被告は渋谷駅に移動し、ハロウィン当日の街並みを30分ほど見て、京王線の調布駅方向に向かった。トイレで持ち物を確認し、緊張しながら特急電車に乗り込んだ。車内ではすぐに持っていたリュックサックからサバイバルナイフと殺虫スプレーを手に取った。すると近くの男性の怒鳴り声が聞こえた。

弁護側「なんと言っていた?」
服部被告「わからないです。今も思い出せません」
弁護側「それでどうしたんですか?」
服部被告「殺虫スプレーを被害者の顔にかけました」
弁護側「被害者はどんな様子だった?」
服部被告「顔をしかめて手を大きく振っていました」
弁護側「手を振ってどうなりましたか?」
服部被告「被害者の手と自分の左手がぶつかりました」

この行為を「反撃された」と感じた服部被告は男性の右胸めがけてナイフを突き出した。被害者は背もたれに倒れてぐったり脱力したという。服部被告はすぐに犯行計画を続行した。電車の進行方向に乗客を追いやった服部被告は、人が密集しているスペースに到着する。それ以降の放火行為は被害者とされる12人の証言と合致した。

■自殺願望から「死刑になりたいのが最終目的に」

弁護側「ライターを投げる前はどんな気持ちでしたか?」
服部被告「左手が燃えていたので焦っていました」
弁護側「その後はどうしたんですか?」
服部被告「後続車両まで戻ることにしました」
弁護側「戻ることにしたのはなぜ?」
服部被告「炎が大きく、煙が出ていて息苦しさがあったので、危険を感じて逃れようと後方車両まで行きました」

矛盾する発言だった。服部被告は9年にわたり交際していた女性が半年後に別の男性と結婚したことをきっかけに自殺願望を抱くようになった。さらに職場のトラブルもあり、明確に「死刑になりたい」と思い犯行を計画した。

検察側「死刑という言葉が浮かんだ理由は?」
服部被告「会社でのミス、彼女との出来事で自殺願望ができたが、(自分で)死ぬことはできないだろうなと。ほかに死ぬ方法は他人に殺してもらうことですが、殺してくれる人はいません。他人に殺してもらう方法として死刑に行きつきました」
検察側「殺そうとした人は悪いことをしていないですよね。その人たちに対して心の痛みはなかったの?」
服部被告「そういうことを考えないためにイメージしたのがジョーカーというキャラクターで、なりきろうとしました」

被害者参加代理人「犯行で火の煙で息苦しいということだが、死にそうだったが逃げた」
服部被告「はい」
被害者参加代理人「死にたいよりも死刑になりたい気持ちが強かった?」
服部被告「死刑になりたいのが最終目的になっていました」

裁判官「火が上がって、逃げた時も死刑になると思っていましたか?」
服部被告「逮捕されてしばらくは死刑になる可能性があると思っていました」
裁判官「その時も死刑になりたかったのですか?」
服部被告「死刑以外の方法で死ぬことを考えていなかったので、このまま死ぬのは嫌だと思いました」

服部被告の心の中で、目的だった「死ぬこと」がいつの間にか疎かになり、手段である「死刑になる犯行」が最終目的になっていた。

■「どれだけ愚かで、どれだけ迷惑をかけるか」

服部被告は起訴後に精神鑑定を受けた。その鑑定を行った専門家が被告人質問の間に出廷した。これまで300件以上の精神鑑定を行ったという専門家は服部被告の精神状態について次のように説明した。

専門家「被告には自閉症スペクトラム症(以下、ASD)と回避性パーソナリティ障害の傾向があります」「精神的なショックで自分の命を無価値に思い、死刑になろうとする間接自殺タイプの犯行です」

弁護側「手段の死刑が目的になったというのはどう考えられますか?」
専門家「あくまで可能性ですが、焼け死ぬことも死ぬという目的を達成するが、死刑にならないとやめた。計画通りを目指したASDの傾向です」

専門家によるとASDの傾向がある人は臨機応変な対応が難しいという。10人以上を放火で殺害するという計画を立てた服部被告が、“反撃してきた”男性を1度刺してすぐ移動した点、「死ぬこと」の手段が目的とすり替わった点が専門家の説明と合致する。

この専門家の証人尋問で自分の性格を事細かに説明された服部被告は少しうつむき加減であるように感じられた。ところが証人尋問の後に再開された被告人質問では、ハキハキとしゃべる青年に戻った。

弁護側「今後死刑になりたいという気持ちになりますか?」
服部被告「死刑になりたいことで殺人を起こすことがどれだけ愚かでどれだけ迷惑をかけることになるかわかったので2度とありません」

■「生きていくことは難しいですか?」1度だけ表情が緩んだ瞬間

自分自身を「ゴキブリのような存在」と何度か表現していた服部被告。被害者に謝罪したうえで、今後自暴自棄にならないよう、更正支援のサポートを受けると約束した。被告人質問の終盤に同世代の女性裁判官が問いかける。

裁判官「前向きに生きていけないですか?」
服部被告「前向きというのは更正するには必要な気持ちですけど、被害者のことを考えると、そういう人を前にして『生きていきます』と胸を張るのはおこがましい。言葉にするのは正直難しいというのか苦しいです」

裁判官「生きていくことは難しいですか?」
服部被告「そもそも自分に対する評価、存在価値をかなり低いと思っていて、さらに犯罪者になって…ほとんどないと思いますが、『死にたい』と話すべきではない。被害者のことを考えると自分はいなくなった方がいいだろうと思います…。それではいけなくて…何とか生きていけない…被害の謝罪をしていないとか、積極性がないと思うんですけど、あくまで僕なりに…被害者のことを考えると、生きていく意味がないんじゃないかと正直思います。なので…葛藤ではないんですけど…罪を償うことが必要だと思いますし、働いて賠償するしか…罪を償うことが必要だと思います」

服部被告が言葉を詰まらせ、上を向くなどしながら質問の答えにならない言葉を並べた。
しかし、これまで感情を表に出さないように強張っていた表情が、一度だけ緩んだのが印象に残った。この時の表情を凝視していた裁判員の1人は判決後の会見で―

裁判員「被告は終始淡々としていて、感情があるのかなと思っていたんですけれども、裁判官の質問の時に驚きまして、彼にも感情があるのかと。被告はうれしそうな感じがした。表情は嬉しそう。その後詰まった感じです」

■「苦しくても生きて」懲役23年の判決に被告は?

 論告で検察側は、「被害者らは偶然電車に乗り合わせただけで全く落ち度がない」「人命を軽視した極めて身勝手な行為」などと指摘し、服部被告に懲役25年を求刑した。

一方の弁護側は、「ライター着火の時点が犯行の着手だとしても、Bさん、Cさん、Dさんの3人はすでに隣の車両に退避していて、殺人未遂にならない」などとして、懲役12年が相当だと主張した。

最後に言いたいことがないか裁判長に問われた服部被告は「改めてここでお話することはありません」と答え、あっさりと結審した。

10日後の判決は傍聴席が満席だった。服部被告も傍聴に来た人も落ち着きがなくソワソワした雰囲気の中、裁判長が判決を言い渡した。

「主文 被告人を懲役23年に処す」

ほぼ検察側の求刑通りの判決だったが、事実認定ではBさん、Cさんは殺人未遂の被害者だと判断されなかった。「服部被告がライターに着火した時点で、優先席前と連結部分にいた乗客に対する殺人の実行の着手があった」ことを前提としたうえで、「Cさんの身体の全部または大部分は(進行方向前の)6号車内にあったことが認められる」「Bさんが連結部分にいたとすることは合理的な疑いが残ると言わざるを得ない」と判断した。

量刑の理由としては「自分勝手な理由から偶然電車に乗り合わせた多数の乗客の生命を狙った無差別的な犯行」「被害者らに全く落ち度はないうえ、電車内で突然襲われた各被害者の精神的苦痛、焼き殺されるのではないかという恐怖や不安ははかり知れない」と厳しく非難した。

最後に裁判長は優しく服部被告に語りかけた。
「長い裁判でしたけど、終了しました。長い刑期になりますけど、この間に事件や被害者、社会復帰後の生活を考えて生活をしてください。被害者との関係はこれで終わっていないです。謝罪などについて、考えてください。苦しくても生きて。きちんと対応して、償いをすることは忘れないでください」

服部被告は「はい」とだけ答え、法廷を後にした。

どうすれば事件を防げたのか。判決後の会見で裁判員の1人は「基本的にはだれかが一緒にいてくれたら死にたいという気持ちにはならなかったのではないかと思いますね。もうちょっと彼が心を開いて自分が死にたいとまで言っていたら、悩んでいたんだということが打ち解けられれば、この事件は起こらなかったんじゃないかと思います」と語った。
 
厚生労働省は、悩みを抱えている人に1人で悩みなどを抱えずに「こころの健康相談統一ダイヤル」や「いのちの電話」などの相談窓口を利用するよう呼び掛けている。何度も報道しているこの呼びかけが、死にたいと思う本人を引き留めるだけでなく、無差別で人を傷つける事件の防止にもつながることを切に願いたい。

▼「こころの健康相談統一ダイヤル」
0570−064−556
▼「#いのちSOS」
0120−061−338
▼「よりそいホットライン」
0120−279−338
▼「いのちの電話」
0570−783−556 

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