【北極ノート】『中編』幻のクジラ“イッカク”猟に密着!緊迫の狩猟開始[2023/08/26 21:21]

「1日目」
ついにイッカク猟へと出発する日がやってきました。
スケジュールの関係上、72時間という期限付きでの密着です。事前にイッカク猟は長ければ2週間以上かかると聞いていたので、そもそもイッカクに出会うことができるのか、不安を抱えながら港へと向かいます。

正午、今回密着させていただく猟師のフランクさんとフリドリッキさんの2人と顔を合わせました。
フランクさんはベテランで、カナックでも指折りの猟師、名前の通り性格も『フランク』、とても気さくな人で安心しました。
フリドリッキさんはサポート役、なんと英語が少し話せるので、共同生活でのコミュニケーションは問題なさそうです。
この時初めて知りましたが、イッカク猟では猟師が交代で見張りをしながらイッカクを待ち伏せするため2人一組で猟に出ることが多いそうです。
4人×3日間分の食料や燃料など大量の荷物をボートに積み込み、最後に狩りに欠かせない手作りのカヤックを載せると、とうとう大海原へと出発です!

1時間ほどボートに揺られると、イッカクがよく出没するというカナックの隣のフィヨルドに到着しました
天気が良いとフィヨルドのなかは波がほとんどないので、ボートのエンジンを切ると、何の音も聞こえない静寂の世界が訪れました。
2人は、双眼鏡であたりを見回しながら、並行して、いつイッカクが現れてもいいように念入りに猟銃の準備もしています。
周辺で2時間ほど捜索を続けましたが、イッカクの姿は確認できません。
時間が経てば現れる可能性があるということで、近くの入江にボートを停泊させて待つことになりました。
こうした待機時間にも、数少ないチャンスを逃さないように、猟に使う手作りのカヤック、銛、アザラシで作った浮き袋をあらためてチェックします。

ボートの前方部分には屋根がついた仮眠スペースがあり、大人2人が寝られる簡単なベッドが置いてあります。
午後6時、まずは交代で仮眠を取ることになりました。
天井が低く、背筋を伸ばすこともできませんが、横になれるスペースがあるだけありがたいです。
ただ慣れない狭い船室のせいか上手く寝ることができず、このままイッカクに出会えないかもしれないと不安を抱えながら、無理やり目をつぶっていました。
船内で寝られるのは2人までなので、3時間ほどで交代しながら、ひたすらイッカクが現れるのを待ち続けます。

「2日目」
白夜のためイッカクがいるとの感覚があれば、猟は休むことなく続けられます。
午後1時、待機していたポイントからボートをゆっくりと動かしながらイッカクを探していると、突然その時は訪れました。
フランクさんが目を細め、遠くの方を見ていたかと思うと、「イッカクがいるぞ!」と嬉しそうに声を上げました。
私たちもあわててあたりを見回しますが、どこにいるのかさっぱりわかりません。
しかし、フランクさんは「2km先ぐらいにいる」自信満々です。寝ていたもう1人の猟師を起こし、双眼鏡を使ってイッカクをあらためて捜索します。
最初はどこにも姿が見えないと思っていましたが、よく見ると、遠くの方でかすかに海がキラキラと光っています。
その周辺に目を凝らすと、海面に細く白いラインができていることに気づきました。
追っていくと、その先頭に水しぶきを上げながら泳ぐイッカクの姿が!
双眼鏡でぎりぎり見えるほどの距離ですが、確かにイッカクがいます。
発見できた興奮と安堵の気持ちが入り混じり、眠気も吹き飛びます。猟に出てから12時間、初めてイカックとの遭遇です。

イッカクを捉えたため、すぐにカヤックに乗って猟に出るのかと思いきや、イッカクは回遊しているので先回りして餌を食べに奥まで行った帰り際を狙うとのこと。
1ノット以下の非常にゆっくりなスピードでまずはカヤックを降ろす場所までボートを移動させます。
その間にフランクさんは伝統的なアザラシやキツネで作ったブーツを履いて準備します。カヤックに乗る時は必ずこのブーツを履くそうです。

午前4時、イッカクの発見から3時間後、フランクさんはカヤックに乗って猟へと出発します。カヤックは手作りで1人乗り、細長い形で漕いだ際になるべく音が立たない作りになっています。
フランクさんは慣れた手つきで音もなく器用にカヤックを操り、イッカクの群れがいる場所に向かってどんどん進んでいきます。
息をのむ静けさのなか、緊張感が高まりますが、私たちはただボートのうえで見守っていることしかできません。

イッカクが海面に姿を現すのはほんの数十秒、息継ぎをしたらまたしばらく深く潜ってしまいます。
そのためイッカクが現れそうな場所に先回りしながら、近くに現れたら急いでかつ静かに近寄り銛を投げる必要がありますが、至難の業です。
フランクさんは1時間以上カヤックを漕ぎ続けましたが、周囲にイッカクが現れず、チャンスはなく…残念ながらボートに帰還です。
イッカクの群れがいなくなったことを確認すると、再び錨の降ろせる入り江で待機のスタートです。
イッカク猟はひたすらこの繰り返しで、1回で獲れることなんて滅多にないのか、フランクさんは捕まえられなかったことを全く気にもしていませんでした。
いつイッカクが再び現れてもいいように、臨戦態勢を取りながらしばしの休憩です。

午後2時、高台から海を見渡してイッカクがいないか確認するため、一度近くの陸地に上陸しました。
猟に出発してから早くも丸1日が経過、少しの間、体を思いっきり伸ばせてリフレッシュできました。
ただイッカクの姿は確認できず、再びボートへと戻り待機します。
すると、段々と怪しくなる天候…。
霧が出始めたため、周囲が何も見えない状態になってしまいました。
霧はどんどん深くなり、ついには数m先が見えないほどに。こうなったら天気が良くなるのを待たないと何もできません。
じりじりと時間だけが過ぎていくなかで、パンをかじりながら焦る気持ちを抑え体力を温存します。

「3日目」
午前1時、出発から36時間が経過したとき、一緒に見張りをしていたフリドリッキさんがポツリと「聞こえるか?」と尋ねてきました。
耳を澄ましてみますが、海氷の割れる音以外、特に何も聞こえません。
何だろうと首を傾げていると、「イッカクの音がする、ほらあそこだ」と指をさします。
指先が示す方向に目をやると、遠くの方にイッカクを発見!
仮眠をとっていたフランクさんが飛び起きて慌ただしく猟の準備を始め、午前2時、カヤックでの2回目の猟へ出発です。
イッカクが顔を出しそうな場所まで行くと、そのままじっとカヤックのうえで待機します。

フランクさんとイッカクの真剣勝負を、固唾を飲んで見守ること2時間。
突然、まだイッカクが周囲にいるにもかかわらず、急にボートに戻ってくるフランクさん。
何かトラブルが発生したのかと思いきや、トイレに行きたくなったということで戻ってきたとのことでした。
「コーヒーや紅茶の飲みすぎはよくないね」と照れ笑いし、トイレを済ますとすぐに3回目の猟へと向かいます。
今度はボートから見えなくなるほど遠くまで進んでいきます。こうなるともう私たちには祈ることしかできません。
しかし…3時間後。
無線で迎えに来てくれとの連絡が入り、残念ながら3度目の正直とはなりませんでした。

気を取り直して別のポイントへと移動していると、午前10時になって海面近くを泳ぐイッカクをまた発見!
急いでイッカクの動きを見極め、4回目の猟へ出発します。
今回はボートの近くで水しぶきをあげるイッカク。
これまで何回もイッカクの音が聞こえるぞ、と言われてもどの音のことかわかっていませんでしたが、ここに来て初めて「ブシュー、ブシュー」という海面から顔を出した時の音が聞こえました!
これまでで最もイッカクが接近したので期待が高まります。
しかし…フランクさんは3時間近くカヤックを漕いでいましたが、午後1時半ごろ、4回目の猟が終了しました。
半日近く連続で狩りをしていたため、さすがの鉄人フランクさんも少しお疲れ気味、戻ってすぐに仮眠をとっていました。

それでもあきらめません。
午後6時半、イッカクがよく出没するというまた別のフィヨルドまで移動して5回目の猟がスタートです。
今回もボートに残された3人で祈りをささげ、フランクさんからの報告を待ちます。
すると…無線から「キャッチ」のような単語が!
ついにイッカクを捕まえたと喜びが爆発しましたが、単なる聞き間違いでした…。
猟の出発から50時間以上が経過、どうやら幻聴まで聞こえるようになっていたようです…。
結局5回目の猟も成果なく終了です。

予定していた72時間という期限が迫るなか、この勘違いは精神的にも肉体的にもかなりのダメージに…。
1日中取材していた疲れも相まって強烈な眠気に襲われ、「ここで待っていれば必ずイッカクが来る」というフランクさんの言葉を信じて、眠りにつきました。

テレビ朝日報道局 松本拓也 屋比久就平

※動画をご覧の方へこのニュースの動画には音声はありません。

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