「産婦人科医になる」母娘で見つけた新しい夢 完全不登校の11歳[2023/08/29 18:00]

 「ママ、私きのう死のうと思っちゃった台所で。夜の12時に。包丁出しちゃったりして。できなかったけれど」。

ちょうど1年前。夏休みが終わる直前、当時小学4年生だったみずきさんは、母あみいさんに告白した。
みずきさんは小学校低学年の頃から学校に行きたがらない“行き渋り”があったが、それでも定期的には学校には、通っていた。

「きょう“は”行かなくていいよ、これが苦しめていた」と振り返る母あみいさん。
みずきさんは限界だった。

現在11歳、小学5年生のみずきさんは、完全不登校、つまり全く学校には行っていない。しかし、いまは、希望を取り戻し、「産婦人科医になる」という夢に向かっている。

自宅にうかがって話を聞いた時に、私は、こう聞いた。
「みずきちゃんは、いま幸せ?」と。「うん」。みずきさんは即答した。
横に座っていた母あみいさんが「よかった。それだけでもう幸せ」と言い、ふたりは顔を合わせて、にっこりと笑顔を交わした。

この1年、2人に何があったのか、何が変わったのか―。
(テレビ朝日報道局 外山薫)

■22.4万人超 右肩上がりの不登校生徒数

 全国の不登校の児童・生徒の数は、22万4940人(2021年度:文部科学省調べ)。前年比で24.9%増加していて、右肩あがりだ。約半数が「無気力・不安」が原因とされていて、例えば「いじめ」は小学生だと0.36%だ。

「友達もいたし、楽しかったけれど、2年前くらいから学校に行くと頭痛が少しずつしてきて…」。

みずきさんは体調不良に悩まされていた。みずきさんは「強いて言うならば、周囲に少し敏感で周りに気を遣ってしまうところはあるかもしれない」母あみいさんは話す。ただ、「これを取り除けば問題が解決するという単純なものではない」という。

■母子で移住、そして牧場暮らし2人と3頭

北海道札幌市。札幌駅から車で約20分の場所にある「ピリカの丘牧場」がみずきさんの居場所だ。

母あみいさんは東京のベンチャー企業で働いていたが、「自分は本当にやりたい仕事をしているのか」という疑問を抱いていた。ある日、40〜50代女性をターゲットにしたオンライン雑誌の記事が目に留まった。女性オーナーが牧場を舞台にして「ホースコーチング」事業(馬の世話や対話を通じて自らを見つめ直すプログラム)を提供しているという内容だ。

母あみいさんは学生時代に乗馬を習っていた。そんな大好きな「馬」と「コーチング」という組み合わせに「ビビっ」と来たという。みずきさんが実際に牧場を訪れて「ここに来たい」と賛成したのも決め手だった。2年半前に移住した。

牧場にいる3頭の馬の餌やりは毎朝7時。母あみいさんはみずきさんに強要したことは一度もなく、2年半で遅刻したことも一度もないという。でも、起きるのはギリギリだそうだ。

1頭あたり2.5キロの干し草と前日夜のうちに水につけておいた馬用の栄養たっぷりシリアルを配合して与える。むしゃむしゃ、という馬の咀嚼音が非常に心地良い。

その後は馬糞の掃除、そしてブラッシングとひづめの手入れを丁寧にする。手慣れた様子で作業をしながらみずきさんが馬のことを色々と教えてくれる。

「このひづめの裏を毎日必ずきれいにするんです。ここからバイ菌が入ると最悪、死にます」
ヨイショ、と道産子の血の入った大きな馬の足を上げる11歳。まだ小さな身体だ。

「私の気分が変わっていると馬は足を上げてくれないんです」というように、馬はみずきさんの心を敏感に感じ取るという。

母あみいさんは、何も言わずにその様子をみているか他の作業をしている。
「調教していないので、個性そのままに反応を返してくれる、人間には忖度しないんです」なるほど。ふたりの信頼関係が垣間見える。いや2人と3頭だろうか。

このピリカの丘牧場には「ホースコーチング」を受けに全国から起業家や企業の幹部、クリエイティブ職など様々な職種・年代の客が訪れる。みずきさんは欠かせないサポーターだ。

私が取材に行った日に参加していた男性は、「自分は来た瞬間から馬に圧倒されていたんですが、みずきさんが堂々と引いたり、でも優しく語りかけているのを見て、そう接すればいいのか、と先生のような存在です」と語る。

■「馬たちがいたから生きてこれた」戻った笑顔

放牧された馬を見ながらみずきさん親子がゲラゲラと笑い合っている姿はこちらも癒される光景だが、ふたりは壮絶な時を経てここに至った。

かつて、学校に行きたくないというみずきさんを前に母あみいさんは右往左往するしかなかった。
「ほかのお子さんには言うんです。『学校なんか行かなくなっていいじゃないって』。でも、いざ自分の子どもがそうなるとパニックだった」。母あみいさんは振り返る。

「お願いだから学校行ってくれって思う。子どもは敏感に親の期待を感じ取る。明日は行かないといけない。学校はいかないといけない所である、と」

お互いのイライラが募って、衝突が増え、ふたりから笑顔が消えた。しかし、母あみいさんはみずきさんが自殺まで考えるほどまで追い込まれていることには気が付いていなかった。

「そんなにつらいなら学校なんていかなくていいから!」牧場で日々過ごすのはみずきさん自身が選択した。

みずきさんは「一時期、死にたいって思ったこともあった時には、この馬たちがいたから生きてこれた」と振り返る。

母あみいさんも変わったという。
「まずは私が笑顔でいようって。仕事が楽しい、日々の生活が楽しい、以上!って。それでいいじゃないですか。そしたらあの子に笑顔が戻りましたね」。

■夏の挑戦「好き活グランプリ」出場

 みずきさん親子はこの夏、ある挑戦をした。「SOZOW FES」という、自分の「好き」をプレゼンする「好き活グランプリ」のファイナルに選ばれたのだ。イベントはオンライン授業など提供するベンチャーが開いたものだ。平日昼に通えるフリースクールも運営していて、みずきさんは利用者のひとりだ。

全国から集まった小学生から高校生のファイナリストのテーマは、「マインクラフト」、「海」、「ミュージカル」、「ロボット」や「妖怪」など様々だが、みずきさんの推しは「産婦人科」。なんとも渋い。みずきさんが産婦人科に興味を持ったきっかけは、大ファンの星野源さんが出演したドラマ「コウノドリ」にハマったことだった。

理由は2つ。1つ目は赤ちゃんが生まれる瞬間の感動、2つ目は、出産は時に予期せぬトラブルでお母さんと赤ちゃんどちらの命を優先するかといったシビアな選択を迫られることがある。医療チームが総力をあげてそれを乗り越えようとする姿に感動したことだった。

シーズン1・2両方とも15回以上は見ていて、セリフさえ暗記している。私も「コウノドリ」が大好きで、あるエピソードは、20回以上は見ているが、全部とは、なかなかやるものだ。

リハーサル中、みずきさんのただならぬ緊張はこちらにも伝わってきた。大きなスタジオにたくさんのカメラ。しかも、生配信。控室で「コウノドリ」の公式パンフレットを取り出して心を落ち着けていた。

いざ、本番。ちょっと弱々しいみずきさんの声色はしっかりしたものに変わっていた。

■お母さんと赤ちゃんを助ける産科医になりたい

 「私は、赤ちゃんが生まれる姿にいつも感動します。赤ちゃんが生まれた瞬間、ほわーっとした気持ちになり、まるでたくさんの鳥たちが空にパタパタと飛び立つイメージが浮かびます」

 かつては、自ら命を絶つことも考えたみずきさんだが、今は生命の誕生に喜びを感じることを訴える。「私は将来、お母さんと赤ちゃんを助けることができる産科医になりたいです」

母あみいさんは保護者控室でその様子を見入っていた。終わると同時に、フーっと大きく息が漏れた。

終了後、「楽しかったです。緊張もありましたが」と言ったみずきさんの傍らで、母あみいさんは「もう150点満点です。やり切ったことが何より素晴らしい。感動しました」と目を細めた。

産婦人科医になるには大学で医学部を卒業しなくていけない。それは避けては通れない。それはみずきさん自身が一番わかっている、という。

そこへ行く道のりはひとつではない。みずきさんはフリースクールなども活用しながら、夢に向かっている。

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