猫の檻に監禁、救急車も呼ばず…母親に懲役10年 5歳男児虐待死招いた奇妙な同居生活[2023/09/08 18:30]

 「主文、被告人柿本を懲役10年に処する。」「本来であれば、母親として身を挺してでも我が子を守るべき立場にありながら、自分から虐待に加担していた」
 9月8日の判決の日、柿本知香被告は静かに前を向き、裁判長の言葉を聞いた。

 埼玉県本庄市の住宅で当時5歳の柿本歩夢くんが1年以上に及ぶ虐待を受け、去年1月に死亡した事件。歩夢くんを虐待した疑いで逮捕・起訴されたのは実の母親、そして同居する男女だった。
 元夫のDVから逃れ、行き場をなくした母子を自宅に住まわせた女。名前は偽名、年齢は20歳サバをよみ職歴も嘘だった。この女との出会いが1年以上にも及ぶ虐待の始まりとなった。
 裁判では幼い子どもに対する悲惨な虐待の詳細、また奇妙な4人の同居生活の実態が明らかにされた。
(テレビ朝日社会部 秋本大輔)

■ 「なんで黙るの?いいかげんにしろ!」法廷に響いた虐待の音声

「叩かれないとしゃべれないの?」
(乾いたバシという音)
「なんで黙るの?いいかげんにしろよ」
「泣きたいのはお母さんの方よ」

 8月28日の初公判、廷内では歩夢くんに対する虐待の様子を記録した映像が流された。静かな法廷には、歩夢くんを平手でたたく乾いた音と、泣き声が響いた。

さいたま地裁で開かれた、歩夢くんの母親・柿本知香被告(32)と、同居する丹羽洋樹被告(36)の裁判。2人は、丹羽被告の内縁の妻である石井陽子被告(55)と共謀して、歩夢くん(当時5)に1年以上に及ぶ虐待をした上で、死亡させ、さらに遺体を床下に埋めた罪などに問われている。
 歩夢くんへの虐待行為の一部始終は、室内に設置された猫用のペットカメラに残されていた。裁判は当時の映像を確認しながら進められた。
 
冒頭の暴行は、4人が同居を始めた直後の2021年1月、歩夢くんが返事をしなかったというささいな理由で行われたものだ。柿本被告らは、歩夢くんを引き倒すと何度も平手打ちした。
「『おやすみ』と言わなかった」、「おもらしをした」などを理由に“しつけ”と称した虐待行為は1年にわたり繰り返された。そして、それは次第にエスカレートしていった。

■ 「買い物のため」 猫用の檻に2時間以上監禁

 2021年5月、歩夢くんが返事をしなかったという理由で再び暴行が行われた。同居人である石井被告の指示で元ラガーマンの丹羽被告が歩夢くんの両足を掴んで身体を持ち上げると、逆さ吊りにして振り回す。柿本被告はその状態の歩夢くんに対して「返事をしろ」などと叱り続けた。
 さらに丹羽被告らは歩夢くんを降ろすと猫用の檻(おり)に閉じ込めた。理由は3人でこれから買い物に出かけるため。檻は丹羽被告が自身の飼い猫のために作ったものだった。

「知香ちゃん、小学校に行ったら残酷なんだからね。男の子だからいじめられると大変だよ」
石井被告はいじめられないための“しつけ”だと行為を正当化した。
「びっくりして立ち尽くしたというか、やりすぎではないかと内心で思った。ただ、言い出せなかった」
柿本被告はこのように当時の心境を話した。

 まるで動物を扱うような、非人道的な監禁行為は2時間半以上にわたった。

■ 畳に叩きつけ見殺しに 歩夢くんは母親に抱かれ息絶えた

 2022年の1月18日、虐待がエスカレートする中でついに最悪の事態が起きる。きっかけは歩夢くんのおもらしだった。激高した石井被告は柿本被告に部屋の掃除をさせると「相撲とったら」と言った。「相撲」とは3人の間で、歩夢くんの足を引っかけるなどして、その場に投げ倒す暴行行為を指していた。

 柿本被告は複数回にわたり、歩夢くんを畳に倒した。その後、石井被告の指示で丹羽被告に代わる。丹羽被告は歩夢くんの両脇をつかんで持ち上げると、勢いをつけてそのまま畳に投げ倒す行為を2回繰り返した。

「歩夢の体が水平に近い形で上げられ、地面に向けて叩き落されました。すぐに2回目が行われて。2回目では歩夢から聞いたことないうめき声が出て、目も焦点があわず白目のようになって。呼吸も痰が絡んだようにぜえぜえして一見して危険だと思って『救急車!』となりました」

 柿本被告の証言によれば、救急車を呼ぼうとしたが、それに対して石井被告が反対した。
石井被告「救急車呼んで、なんて説明するの」
丹羽被告「『階段から落ちた』としよう」
石井被告「医者が見ればわかる」
丹羽被告「それでも呼ぼう」
石井被告「勝手言わないで。私たちにも生活がある」

 この間にも、歩夢くんの呼吸はどんどん弱まっていく。その後、少なくとも30分以上経っても3人が救急車を呼ぶことはなかった。そして、母親に抱えられていた歩夢くんの心臓がついに止まった。死因は頭の後ろを強く打ったことによる脳の損傷だった。
検察側は、通報していれば助かったかもしれない命だったと被告らを強く非難した。

 その日、柿本被告は布団を敷くと歩夢くんの遺体とともに眠った。翌朝、3人は鍬とスコップを使って約5時間かけて自宅の床下に穴を掘ると遺体を埋めた。歩夢くんの亡骸には「生ごみ発酵促進剤」の白い粉が振りかけられた。

■ 夫のDVからの逃走 行き場を無くして…

柿本被告は実の息子に虐待をするようになったのは4人の奇妙な同居関係が始まってからだという。なぜ、赤の他人の石井被告らとの同居が始まったのか。その経緯が柿本被告から語られた。

 柿本被告は元々大阪の実家に住んでいたが、付き合って3カ月の男性と駆け落ちする形で本庄市に移った。しかし、結婚生活が始まって1カ月ほどでDVが始まったという。暴言は次第に暴力に代わり、夫の給料は生活費でなくパチンコ代になり、借金もできた。

数年して歩夢くんが生まれた。子供が生まれれば変わるだろうと思っていたが、夫は子供には優しいものの、柿本被告にはDVを続けたという。歩夢くんは母親への暴力を見て怖がり、泣き出すようになった。
柿本被告は夫のDVから逃げ出した。しかし、実家からは勘当された状態だったため、帰ることはできなかった。市の職員にはDV被害者のためのシェルターに入ることも勧められたが、携帯を没収されることを嫌がり、結局入らなかった。
柿本被告は保育園でのママ友のA子さんの家に一時居候するようになった。

 そこでA子さんの紹介を通して出会ったのが、近所に住む石井被告と丹羽被告だった。
「話し方も上品でいい人だと思った。A子さんとも仲が良くて信頼できると思いました」「元保育士で子育てにも詳しいと言っていました。」
柿本被告は石井被告の第一印象をこのように話す。
石井被告が「うちにきたらいいよ」と誘うとそこから4人の同居関係がスタートし、1カ月もたたないうちに虐待が始まることとなった

■ 「母として弱かった。いまは後悔ばかり」

 同居がスタートすると柿本被告は誓約書を書かされた。
「手取りは14万円。生活費で5万円、食費で2万円を入れます。残りは貯金します」「2人に協力できることはします」
 柿本被告は同居について、息子と2人暮らしするための一時的なものと考えていた。200万円〜300万円が貯まれば出ていくと石井被告と約束をしていた。貯金については石井被告が預かって投資で増やすという話になった。柿本被告はキャッシュカードを石井被告に預けた。

 同居から1カ月もすると石井被告の歩夢くんに対する“しつけ”が厳しくなり、すぐに暴力へとエスカレートした。
「『ちょっと厳しすぎるのもどうか』と言ったら『ならもう面倒見ない』と言われました。出ていけと言われると行くところがないし、面倒を見てもらっているのもあるので」

同居前、半年ほど柿本被告が身を寄せていたママ友のA子さんの証言によれば、「親子には笑顔もあり、言葉で子供を叱ることはあったが、暴力は全くなかった」という。しかし、柿本被告は石井被告らと同居を始めてすぐに、一緒になり暴力を振るうようになった。

「同居してから1年の時間があった。その間になぜ逃げたり、通報したりするなど考えなかったのですか」
「やはり自分の意思が弱かった。母として弱かったです。今思うと後悔することばかりです」
柿本被告は法廷で検事の質問に対して淡々と答えた。

■ 内縁の夫にも偽名 石井陽子被告の目的とは

 見ず知らずの柿本被告を受け入れた、石井被告の目的は何だったのであろうか。
石井被告の裁判がまだ始まっていないため、その真意をはっきりと言うことはできない。ただ、投資に回して増やすとして、柿本被告から預かっていた2枚のキャッシュカードはどちらも残高が1000円以下になっていた。

 また、内縁の夫である丹羽被告も石井被告にキャッシュカードを預けていた。さらに石井被告は「丹羽がうつ状態になり精神科で機材を壊した」などの嘘をつき、丹羽被告の父親から1400万円ほどの金を借りていて、それらの金もキャッシュカードには残っていなかった。
そもそも、丹羽被告とは偽名を使って付き合っていたことも裁判で明らかになった。

「まじめな女神さまのような人だと思っていました。名前は偽名で、年齢は私の一つ下だと思っていましたが、逮捕されて私よりも20歳上だと知りました。10年一緒に住んで、聞いてきたことがほとんど嘘でした。保育士だったと聞き、(しつけでは)彼女の指示が正しいと思ってしまいました」
丹羽被告は法廷で涙を流していた。

◆母に懲役10年 裁判長「本来は母として身を挺して守るべき立場」

 9月8日、柿本被告に懲役10年、丹羽被告に懲役12年の判決が言い渡された。
「わずか5歳。だれにも助けてもらえないで息絶えていった歩夢くんの苦痛は察するに余りある。柿本被告は本来であれば母として身を挺して守る立場であったが、むしろ自分から虐待に加担していた」
「暴行も常習化していて、傷害致死の事案の中でも特に重い部類に属する」

 裁判長は柿本被告の行為を厳しく非難した。そのうえで、「石井被告の指示や発言が影響していたことは否定できないが、他に取りうる選択肢もある中で自らの判断で虐待に加担し続けたと言わざるを得ない」とした。
 柿本被告はただまっすぐ前を見て、裁判長の言葉を受け止めていた。

今後、2人を“支配”していたとされる石井陽子被告の裁判が別で行われる。

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