「大人ってずるい」と思い続けた 虐待と性暴力受けた助産師が伝える「こどもの権利」[2023/09/24 10:00]

7月下旬、夏休みを迎えた親子向けの性教育講座が開かれていた。講師を務めるのは、助産師の育美さん(51)だ。

「こどもでも、自分のしたいこと、したくないことなど、自分の気持ちを伝える権利を持っています。これは生まれながらにしてみんなが持っているものです」

育美さんは、こどもの意見を尊重することなどを定めた「こどもの権利」を大事にしている。育美さん自身が、母親の虐待や教師から性暴力で「権利」を奪われてきた過去があるからだ。

自身の経験を隠すように生きてきたという育美さん。「自分ごととして考えてもらえたら」と、これまでの経験を話してくれた。

(テレビ朝日報道局 笠井理沙)

※この記事では虐待と性暴力被害の実態を広く伝えるため、被害の詳細について触れています。フラッシュバックなど症状のある方はご留意ください。

■幼いころから続いた母親からの虐待

育美さんは福島県で生まれ育った。両親と兄との4人家族。物心がつくころには、母親からの虐待が始まっていた。母親は、子どもたちを自分の思い通りに育てたかった。それが叶わないと、大声で怒鳴った。

育美さんが中学生になり、母親に反発するようになると、虐待はエスカレートする。母親は暴力を振るうようになり、テストで100点をとれないことを理由に、暴力が午前4時まで続くこともしばしばあった。
父親に助けを求めたこともあったが、父親も母親を恐れていたため、虐待は収まらなかった。

虐待から逃れるため、先輩や友人を頼り家出を繰り返した。家出に気づいた担任教師が「何か悩んでいることはないか」と手を差し伸べてくれたこともある。しかし、教師が「娘さんがお母さんのことで困っている」と母親に伝えると、母親は逆上、虐待はより激しくなった。さらに母親は、教師のことも責めた。

「私が伝えたことで、先生に迷惑をかけてしまったと思っていました。誰かに助けを求めるというより、自分で何とかしなくてはいけないことだと思っていました」

■誰にも言えなかった性暴力 

母親からの虐待と同時に、育美さんは性暴力も受けていた。

最初の被害は、小学4年生のころ。家に帰りたくないので、放課後は学校にいることが多かった。そんなとき、男性教師に理科室に呼び出される。部屋に2人きりになると、教師の自慰行為を見せられた。「あなたに見られていると興奮する」と言われ、何度も呼び出されては被害を受けた。
最初は何をしているのか分からなかった。だんだんと教師の行動の意味が分かるようになり、「なぜ私がターゲットになるのだろう」と思っていたという。

2度目は中学生のとき。男性教師からからだを触られ、「ホテルに行こう」と言われたこともあった。
「制服の中にも手が入ってくる。首のあたりに顔を近づけられて、その匂いや生あたたかさは今でも思い出す時があって、ずっと残っています。教師は『お前にどんなことをしても、お前の親は助けに来ないだろう』と言っていました。その時、ターゲットにされてきた理由を理解することができました」

高校生の時には、帰宅途中に見ず知らずの男性に押し倒された。「やらせろ」と言われ、服を破かれた。怖かったが、「これ以上被害者になりたくない」と悔しさがこみ上げた。必死に抵抗し逃げ出すことができた。

「虐待にしても性暴力にしても、こどもだからっていうだけでバカにするなよという気持ちがありました。なんで大人の言いなりにされなくてはいけないのか。ずっと『大人ってずるい』と思っていました」

育美さんは、性暴力について誰にも相談することができなかった。信頼できない大人と、信頼できる大人の見極めが難しく、誰に伝えればいいのか分からなかったという。

■助産師として向き合った少女たちの妊娠

高校卒業後、育美さんは看護学校に進学。実家を離れ、母親の虐待から逃れることができた。自分で学費や生活費を稼ぎながらの学生生活だったが、親から自立したことでほっとできた。

卒業後は、助産師として総合病院で働き始める。育美さんは幼いころから、親もこどもも安心できる「普通の家庭」に憧れていた。助産師になって、家族が生まれる場のサポートをしたいと思ったのだ。

助産師として出産に関わる中、思いがけず妊娠してしまった少女たちに出会う。家族に性行為をされ、妊娠した中学生。妊娠を機に退学を迫られ、思い描いていた将来を失ってしまった高校生たちもいた。

「性行為が何かも知らずにセックスをされてしまった子もいました。どうしたら妊娠するかという知識も教えられていないのに、そういう道を歩んでしまった子たちを、どうして自己責任だと退学させてしまうのかなって。教育って何だよって反発心みたいなものを感じました。すごく矛盾を感じて、家や学校で被害を受けていた自分の経験と重なる部分があるなと感じるようになりました。
性暴力からこどもたちを守るという意味でも、自分の経験と向き合って、性のことにきちんと関わってみようかなと思うようになりました。それが私の役割なんじゃないかなと感じたんです」


■“恐怖”ばかり強調の性教育 「こどもの権利」を知って変わった

育美さんは、10年ほど前、福島県内の学校などで性教育を始める。これまで見聞きした内容を真似て、性感染症や妊娠、出産などについてこどもたちに伝えた。しかし、こどもたちの行動を制限するような内容に違和感があった。

「性感染症になるとこんなひどいことになる、妊娠して中絶することを恐怖として伝えて、あれはダメ、これはダメばかり。すごく一方的な内容だなと感じていました」

そんな中、2年前に参加した勉強会で「こどもの権利条約」を知った。国連がつくった条約で、日本を含めた世界196の国と地域が批准している。
こどもが大人と同じように、ひとりの人間として様々な権利を持っていることや、成長する中で守られるべきことが定められている。こどもの意見の尊重、命を守られて成長できることなど4つの原則がある。

「『こどもに特化した権利があったのか』と衝撃を受けました。虐待や性暴力を受けていた自分は、この権利を奪われていたと感じたんです」

育美さんは、自身が受けた虐待や性暴力について誰にも話すことなく、大人になった。それは、「被害を受けた自分が悪い」と自分を責めていたからだ。

「何をするにも、これをしたら母親に怒られる、責められるということを考えてしまい、ずっと自分を否定するような気持ちを持っていました。
でも『こどもの権利』を知って、『自分は悪くなかった』とこれまでの経験が浄化されるような気持ちになったんです。自分の経験を誰かと共有してもいいのかなと思えるようになりました」

育美さんは、2年前から地域で「こどもの権利」を伝える性教育を始めた。権利を伝えることで、こどもたちが自分を守ることができ、大人たちももっとこどもを大事にできるではないかと考えたからだ。

「今の日本ではあらゆる場面で『こどもの権利』が無視されていて、無視していることに気がつかない大人もたくさんいる。こどもと一緒に大人も学べたら、これまでと変わるのではないかと期待しました」

■自分を知ることで見える権利

7月、育美さんの性教育講座に参加した。夏休み中の親子を対象にした講座で、小学生や高校生、保護者らが参加していた。
「自分のトリセツをつくろう」をテーマに、自分の好きなこと、嫌いなこと、言われたらうれしいこと、嫌な気持ちになることを書き出していく。

私も自分自身について、考えてみた。好きなことやうれしいことはすぐに書き出せたものの、嫌いなことには時間がかかってしまう。周りの人の反応などを気にして、嫌だと感じることをあまり表に出さないようにしているからだと感じた。

参加者が自分自身について考えたあと、育美さんは「性的同意」について話をした。

「自分が誰とどんなことをしたいのかは自分に聞いてみると答えがわかります。手をつなぎたい、キスをしたいなど相手に伝える上で大事なのは、日常生活の中でもYESとNOを言えるような関係性です。2人の関係はシーソーが釣り合っている状態、対等な関係でないといけない。どちらかが上の立場にいると、下の立場の人は嫌なことを伝えにくくなってしまいます」

育美さんは、大人とこどもの場合でも、そのバランスは対等であるべきだと考えている。その前提となるのが、こどもの意見が尊重されることなどを定めた「こどもの権利」だ。

「こどもでも、自分のしたいこと、したくないことなど、自分の気持ちを伝える権利を持っています。これは生まれながらにしてみんなが持っているものです。生きる権利や育つ権利、虐待や暴力から守られる権利など。こどもだからといって、大人の言うことを聞かなければいけないということはないですよね」

■「自分ごととして考えて」

育美さんが虐待や性暴力の経験を周囲の人に話し始めたのは数年前のこと。
当時の自分が「こどもの権利」を知っていたら、状況は変わっていたのではないかと考えるようになったからだ。

「話せるようになるまで、40年近くかかりました。ずっと秘め事にして、一人で抱え込んできた。でも、多くの人に自分ごととして考えてもらえたらと思えるようになりました」

育美さんは、こどもたちには普段の生活から自分が権利の主体であることを知って、少しでも嫌だと感じたことがあれば、その場から逃げたり、誰かを頼ったりしてほしいと考えている。そして、こどもたちが頼れる大人が増えていくことを願っている。

「普段の生活の中でも、こどもたちの気持ちや選択を大事にできたらなと思います。そのことが性に関わる場面にもつながってくると思います。
そして、こどもたちを守る大人たちも『こどもの権利』を大事にできたら、社会はもっと変わっていくのではないかと感じています」

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