藤井聡太“無双の原点” 14歳中学生が羽生善治ら強豪を連破…「炎の七番勝負」の衝撃[2023/10/12 12:20]

タイトル通算13期、当時の日本将棋連盟会長・佐藤康光は、敗れた時の心境を、こう振り返った。
「愕然としましたね」
タイトル通算99期、現在の日本将棋連盟会長・羽生善治は敗れた直後のインタビューで、こう答えた。
「すごい人が現れたな、と思いました」

2017年、プロデビューしてわずか数カ月という14歳の中学生棋士が、名人経験者2人を含むトップ棋士7人と戦って“6勝1敗”という驚くべき成績を挙げた。
ABEMA将棋チャンネルが企画した「藤井聡太四段 炎の七番勝負」(非公式戦)である。

あれから6年半。21歳になった藤井は、ついに将棋界の「8大タイトル独占」という快挙を成し遂げた。
これまで、タイトル挑戦・防衛に一度も失敗したことがない。通算勝率はいまだに8割を超えている。

まさに“無双状態”にある藤井の、原点ともいえる「炎の七番勝負」。
それはいかにして企画され、参加した棋士たちは若き天才の輝きをどう見ていたのか。
八冠達成を機に、当時のインタビューなどをもとに振り返ってみる。
(文中敬称略 段位は2023年10月時点のもの)

■ 「藤井四段に試練を与えるメンバー揃えた」

「エキシビションマッチというよりは、公式戦に近いガチガチな勝負を見せたいということで、七番勝負と決まった段階で対戦する七人の相手には非常にこだわりました」

「藤井聡太四段 炎の七番勝負」について、そう語ったのは企画の立ち上げに携わった、棋士の野月浩貴(八段)。
2017年2月に開設されたABEMA将棋チャンネルの、最初の目玉企画が「炎の七番勝負」だった。
史上最年少、5人目の中学生棋士として注目されていた藤井聡太を起用して、将棋チャンネルのみならず将棋界全体を盛り上げようというものだった。

「とにかく藤井さんが将棋を指すのを見せようと。七番勝負という形で何局も何局も、藤井四段が対局していく形を見せたいと考えました」

ガチンコ勝負にこだわるため、対局相手には勢いのある若手から名人経験者まで、妥協のない人選を行った。
「佐藤康光先生や羽生先生といったトップ棋士が、そもそも新人の企画に出てくれるのかというのがあったんですけれど、皆さん快く『はい、出ます』となって、意外とスムーズに7人が決まったというところですね」

集まったのは、増田康宏(七段)、永瀬拓矢(九段)、斎藤慎太郎(八段)、中村太地(八段)、深浦康市(九段)、佐藤康光(九段)、羽生善治(九段)という錚々たるメンバー。
「私たちの想像では、1勝か2勝できれば十分だと。どちらかというと、デビューする藤井四段にとって、試練を与えるようなメンバーを揃えたつもりでした」

直前の新人王戦で優勝したばかりの増田に、前年(2016年)の棋聖戦で初めてタイトル戦に登場し、羽生に対して2勝3敗と大健闘した永瀬。
斎藤と中村もこの「七番勝負」の後、タイトル戦への挑戦権を獲得している。
当時、目覚ましい活躍を見せていた若手棋士4人と、タイトル経験のあるトップ棋士3人(羽生は王位・王座・棋聖の三冠)がデビューしたばかりの中学生棋士に勝負を挑む…

対局者のひとりで、当時、日本将棋連盟の会長だった佐藤康光も懸念を抱かざるを得なかった。

■ 杞憂に終わった将棋連盟会長の心配

「正直、これはかなり大変だろうなというのはありましたね。企画について、逆の心配をする…つまり、大幅に負け越してしまうということもあるのかなと」

結果的に佐藤の心配は杞憂に終わった。
藤井は、永瀬に敗れただけの4勝1敗で、早々に勝ち越しを決めたのである。
そして第6局。
「私もプロ棋士ですから、始まる前に負けると思って指した対局は一度もありません。もちろん勝算十分で臨みましたね」(佐藤)

気合を入れて臨んだはずの、藤井との初対局。
結果は自身も認める完敗だった。
「正直、愕然としましたね。何だかあっという間に終わってしまったなという…(藤井の)強さを感じないままに終わってしまった、自然に指して負かされた感じだったですね」

驚くような手を指されたわけではない。それでも気がつけば負けになっていた。
「そりゃ悔しかったですよ。年齢もかなり離れているし、内容的にも納得しがたい形の完敗だったので」

名人経験者の佐藤をも撃破して迎えた最終局。
羽生にとっても“まさか”の状況だった。
「対局がどのくらいまで進んでいて、どういう結果になったのか、直前まで全く知りませんでした。なので、6局目で5勝1敗と聞いた時には相当驚きました」

そもそも羽生がこの企画を受けたのは、藤井聡太という中学生棋士がどのような将棋を指すのか、直接体験してみたかったからだという。
「もちろん(藤井の)名前は知っていましたけれど、全然将棋も棋譜も見たことがなく、ただ興味もありましたので、それで引き受けました。対局前も(5勝1敗という)結果だけ知っていて棋譜は見ていなかったので、どういう将棋を指すのかというのは非常に関心を持っていた状態ですね」

■ 羽生善治、“藤井将棋”との初遭遇

“非公式戦”とは言え、棋界のスーパースター羽生善治が、将来のスター候補である藤井聡太と初めて向き合った記念すべき一局。
藤井は臆することなく、積極的に攻撃を仕掛けていく。

羽生の印象は…
「非常に積極的な棋風だな、というのは指していて感じました。自分で手を作っていって主導権を握るスタイルですね。そこはある種、非常に若手らしい指し方だと思います」

互角の戦いから終盤、藤井が巧みな指し回しで抜け出し、羽生の最後の勝負手をかわして見事な勝利を収めた。

7人の強豪を相手に6勝1敗という好成績。藤井は中学生らしからぬ言葉で喜びを表現した。
「自分の実力が出し切れたと思います。本当に“望外”の結果だったと思います」
一方の羽生は素直にその才能を認めた。
「今の時点でも非常に強いと思うんですけど、ここからどれくらい伸びていくか。すごい人が現れたなと思いました」

この対局結果がABEMAで配信されたのは2017年4月23日のこと。
翌日のスポーツ紙やテレビの報道番組でも一斉に取り上げられ、「藤井聡太」の名前は将棋ファン以外にも瞬く間に知れ渡った。

企画に携わった野月浩貴は振り返る。
「配信が、収録してから2か月後くらいだったのですけれど、その間に藤井四段は公式戦で連勝を積み重ねていて、少しずつ話題に火がつき始めていた時期でした。そこに羽生さんに勝ったタイミングが重なったので、これはとんでもないことになるのでは、という感じでしたね」

■ 連勝を止めた男 知られざる「七番勝負」との因縁

野月が言うように、藤井は当時、デビュー以来の公式戦連勝記録を13にまで伸ばしていた。非公式戦ながら羽生に勝利したことも相まって、藤井の連勝記録に対する世間の関心は急速に高まっていった。

そして2017年6月26日。
藤井は「炎の七番勝負」でも対戦した増田康宏に勝利し、ついに公式戦29連勝の新記録を達成する。当時、日本将棋連盟の会長として記者会見に同席した佐藤康光は、詰めかけた報道陣の数と熱気に驚いたという。
「カメラマンの方とか記者の方とか、皆さん興奮状態で入ってきまして、その熱気がすごいなと感じましたね。こういう場面に居合わせるというのはなかなか幸運なことだなと思いました」

ただ、藤井の連勝記録は次の対局でストップする。立ちはだかったのは佐々木勇気(八段)だ。こちらも「藤井聡太を止めた男」として知名度が一気に上がった。

実は…と野月が「炎の七番勝負」と佐々木の因縁を教えてくれた。
当初、藤井と対局する7人の候補に佐々木の名前が挙がっていたのだが、多忙のため参加を断念したのだという。代わりに入ったのが永瀬拓矢で、その永瀬が藤井に唯一の土をつけた。

「本来なら自分が出ていたところで、代わりの棋士が勝利を収めたということで、いろいろ思いがあったと思うんですね」(野月)

藤井が29連勝を達成した対局に、次局の対戦相手である佐々木が“偵察”に訪れていたことが当時、話題になった。
「七番勝負」で戦うチャンスを得られなかったことが、藤井との対局への強いこだわりにつながったのではないかと野月は推察した。

「対局が忙しかったんでしょうがないんですけれども、七番勝負に出られなかった。ずっとわだかまりか何かがあったとして、その棋士が、実際に(藤井の)公式戦の連勝を止めたというのは、我々にとっては興味深いエピソードでした」

一方、佐々木に代わる形で出場した永瀬は、この「七番勝負」をきっかけに藤井と“練習将棋”を行うようになった。2年後には叡王と王座のタイトルを獲得、将棋界を代表する強豪へと成長する。
そして、七冠を獲得した藤井が最後のタイトル「王座」をかけて戦う相手、“ラスボス”として立ちはだかることになったのである。

■ 羽生善治にとっての「藤井聡太」とは

2023年1月に始まった第72期王将戦七番勝負は、藤井聡太VS羽生善治という“ドリームマッチ”になった。
タイトル戦の舞台で初めて向かい合った2人の天才棋士。ただし、あの「炎の七番勝負」から立場は逆転し、藤井は王将を含む5つのタイトルを保持。一方の羽生は2018年12月に竜王位を失って以降、無冠となっていた。

「藤井が圧倒的に優位」と見られた勝負は、第4局まで2勝2敗と全くの互角。“羽生健在”を強く印象付けたが、その後、藤井が2連勝してタイトルを防衛した。

2023年5月。ABEMA NEWSのインタビューで、羽生に聞いた。
藤井聡太は、どこへ向かっているのか。

羽生の答えは、こうだ。
「人間が、将棋がどこまで強くなるのかというのを証明しようとしている、そういう気がしています」「100メートル走でボルトは9秒58。その記録が塗り替えられたとしても、そこから極端に速くなることはなかなかない、競技としては限界値にかなり近いところまで来ている感じがするんですね。一方、将棋の世界だと、じゃあ今の藤井さんのパフォーマンスがベストタイムを出しているかというとそうではない気もするんですよ。まだまだここから強くなっていく可能性もあると思っているので…そういうことを目指しているんじゃないかなと個人的には思っています」

“無双”から、さらにその先へ…藤井聡太の将棋はどこにたどり着くのか。
6年前、藤井の存在に強い関心を持って「炎の七番勝負」に参加した羽生善治こそが、その答えを知りたいと、強く願っているのかもしれない。

テレビ朝日報道局 佐々木毅

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