失われた27億円 前代未聞の歯科矯正トラブル を1年に渡って徹底追跡取材
[2024/02/14 18:00]
2022年、突如として東京・銀座にあった歯科矯正クリニック「デンタルオフィスX」が閉院した。困惑する患者たち。残されたのは隙間だらけの歯並びと、ローンの支払いだった。
クリニックが患者から集めた金は総額27億円。
歯科事業を始める直前、六本木で経営陣らの誕生日会を開催するなど、羽振りの良さを見せていたが…
患者たちの金は一体どこに消えてしまったのか?複数の関係者を取材。1年間に渡って追跡した。
(テレビ朝日報道局 青木駿)
『毎月5万円キャッシュバック』がストップ 理由は「ウクライナ・ロシア」?
番組に情報提供が寄せられたのは、2023年1月のことだった。
被害を訴えたのは、都内に住む31歳の看護師の女性。事の始まりは2021年、「デンタルオフィスX」の関係者からインスタグラムのDMで、マウスピース矯正のモニターの勧誘をされたことだった。
以前から、歯並びに悩みを抱えていた女性。
コロナ禍でマスク生活だったため、矯正が目立ちにくいということも後押しして、2021年8月に、クリニックの運営会社「ザ・グランシールド社」と契約を結んだ。
契約内容は「最初に187万円を負担するものの、モニターとして治療効果をPRすると、毎月5万円がキャッシュバックされる。その結果、およそ3年で実質無料になるというものだった。
しかし、契約から8カ月、事態は急展開する。
突如、毎月キャッシュバックされるはずの5万円が、振り込まれなくなったのだ。
クリニックが、その理由にあげたのは、
というものだった。
更にクリニックの予約も取れなくなり、治療もストップしてしまった。
番組も銀座にあるクリニックを尋ねると、驚きの光景が広がっていた。
解体工事が行われていて、クリニックは閉院していたのだ。
番組はクリニックの経営陣らが閉院前に行っていた、社内会議の録音を入手した。
その内容は驚くべきものだった。
「全体に説明文、ロシアとかウクライナとか突っ込みどころ満載の文章が出ていたんですけれども、今となって思えば、あの時はあれが最善だったなっていうくらい笑える内容なんですね。炎上してくれぐらいの内容」
ウクライナ・ロシア問題の説明は、ウソだったことを認めていた。
看護師の女性は、SNSで出会った同様の被害者とともに、都内の弁護士事務所に相談した。
弁護士の元には全国から被害者312人が集まり、クリニックの経営陣らに対し総額4億5900万円の損害賠償を求める集団訴訟を起こした。警視庁にも、刑事告訴した。
集団提訴後の会見で、被害に遭った看護師の女性は報道陣を前に、感情を露わにした
「借金も残ったまま、健康被害も残り、この先どうしたらいいのかわからない状態です。歯がきれいになって、健康になって、幸せに暮らしていくつもりでした。」
多くの女性たちが巻き込まれた理由の一つに、「世界一の名医」と呼ばれる、伊藤剛秀(いとう・たけひで)歯科医師の治療、という謳い文句があった。
「子どもの頃から出っ歯でずっと歯がコンプレックスだったんですけれども、それが世界一の先生に診てもらえる/だから私は伊藤先生に診てもらいたくて契約を決めました」
被害弁護団の会見でも、記者から伊藤歯科医師関連の質問が相次いだ。
原告312人のうち、伊藤歯科医師の治療を受けたことがある人は1人もいなかった。
番組は伊藤歯科医師に接触を試みた。
すると、本人が「被害者に対して真実を話したい」と、取材に応じた。
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被害女性が初めて対面 ゛世界一の名医゛が激白被害女性が初めて対面 ゛世界一の名医゛が激白
マウスピース矯正を始めて2年半…。
伊藤歯科医師の治療を受けるために契約した美容業の女性は、「世界一の名医」と呼ばれた歯科医師と、初めて対面した。
伊藤歯科医師は、
「患者を集めるために、辞めた後も自分の名前が勝手に使われていた」と主張。
また、クリニックでは、伊藤歯科医師のアカウントを使って、患者のマウスピースの発注をしていたことを明らかにした。
そのため、伊藤歯科医師は「デンタルオフィスX」オープンのおよそ1年後の2020年には、年間の症例数、1000以上のドクターであることを示す、レッドダイヤモンドプロバイダーという最高のランクとなっている。
クリニックの内部資料によると、女性と同様の無料モニター患者は約1700人が在籍。
総額27億円を集めていたことが判明した。この大金は一体、どこに消えたのだろか?
カメラの前に現れた 歯科クリニック運営会社の社長
番組は、クリニックの運営会社「ザ・グランシールド社」の中村佳敬社長を追跡取材。
交渉の末、会社の中にカメラが入ることを許された。
部屋に入り、目の前に飛び込んできたのは、豪華な家具や金色に輝く置物。
奥に進むと、渦中の人物、中村佳敬社長が姿を現した。
中村社長はカメラの前でインタビュー取材に応じ、ゆっくりとした口調で、事の経緯を話し始めた。
「経営、運営、総務全てを任せていたアーサーの小島という人間がいるんですけども、歯科医師の伊藤ドクターとあと小島氏と僕で、3人でクリニックをやろうっていうところだった。そこの3人に責任があるんじゃないかなという風には思っています」
モニター事業を考案した、中心的な人物は3人。クリニックの開業資金を中村社長が出資。顧客管理は関連会社「アーサー」の小島隆一(こじま・りゅういち)社長が担当。
マウスピース矯正の治療計画を、歯科医師の伊藤剛秀氏が担当した。
中村社長によると。患者から集めた金を、投資に回して利益を出し、毎月、5万円をキャッシュバックする計画だったという。
しかし、番組が入手した社内会議の録音には、中村社長が支払いの責任を逃れようとする内容が残されていた。
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歯科クリニックの経営陣 責任を押し付け合う録音歯科クリニックの経営陣 責任を押し付け合う録音
社員「グランシールドが支払うって契約していて、支払ってないのがグランシールドなんですよね、書面上だと」
「なので、そもそもその契約書をアーサーが勝手に作ったというストーリーに」
社員「それはアーサー的に良いんですかね?」
「そこに対しては正直まだ合意してないというか、実際契約うんぬんのところに関しては中村さんの周知の上でのことだったとは思っていますし」
「それは内々ではそうだよ、グランシールドを守らないとXが潰れるということです」
録音に残されていた、中村社長の発言はどういう意味なのか?
本人に確認すると、次のように弁明した。
「ストーリーというのも患者さんにきちんと返金をするために、アーサー社の小島社長がやったということにして、ザ・グランシールド社がどんどん返金活動していければ、全ての患者さんに対して、お支払いができるという風に当時は考えておりましたので、そのような表現をしてしまいました」
返金の意思はあることを明かした、中村社長。では、27億円はどこにいったのだろうか?
第三の男 関連会社「アーサー」の小島社長が散財?
中村社長はクリニックの資金を使い込んだのは、アーサー社の小島社長だと主張した。
「アーサー社の小島社長が、キャバクラとかですね。クリニックのクレジットカードを使って、1院あたり3、400万くらいの請求が夜のお店からきている。キャバクラでシャンパンを開けまくってヒーローになっていたとかっていう話も聞いたことはあります」
1カ月1000万円、年間億単位の金がキャバクラに消えた計算だ。
歯科矯正クリニックを始める前、中村社長と小島社長は、合同で誕生日会などを開くほど、親密な関係だった。その時の映像が残っている。
「本当に濃い人たちのおかげさまで、本当に濃い人生になってきたなっていう実感が出来て、たぶん今日一番豊かなのは僕です」
「皆さんに祝って頂きまして、本気で嬉しいです
中村社長が説明した、「小島社長がキャバクラで散在した」という話は本当なのだろうか?
番組は行方が分からなくなっていた、小島社長への接触に成功。中村社長の主張について、話を聞いた。
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第三の男゛小島社長゛ 中村社長の主張に反論第三の男゛小島社長゛ 中村社長の主張に反論
ディレクター「キャバクラで1億円使ったという話は本当?」
ディレクター「中村社長も一緒に、キャバクラ行っていたんですか?」
ディレクター「年間で10回とか20回とかですか?」
ディレクター「1億ではすまない?」
ディレクター「小島さんがお金を持ち逃げしたみたいな言い方をされてますが?」
ディレクター「今、お金は全くないというような状況ですか?」
アーサー社の小島隆一社長は、キャバクラで3億円近い金を使っていたことを認めた一方で、「ザ・グランシールド社の中村佳敬社長と一緒に行き、接待をしていた」と主張した。
患者から集めた27億円は、もう残っていないのだろうか?
その使い道について、クリニックの関係者らが、運営会社の弁護士立ち合いの元、話し合っている録音データを入手した。
消えた27億円の行方 経営陣らが話し合う録音には…
「客に返金済みが10億。クリニックの開設にどのぐらい使われているかというと、
これが大体1店舗1億くらい。全国に4店舗あるので、これで4億が消える。マウスピースの原材料の仕入れが4億」
「そこ(原材料の仕入れ)から、伊藤歯科医師の方に給料が2億みたいな感じですね」
この録音やこれまでの証言を整理すると、総額27億円の収入に対し、支出が25億8000万円あったことになる。
録音の中で2億円の報酬を受け取ったことになっている、伊藤歯科医師に確認した。
「報酬を受け取ってないですね。一切もらえずに、うやむやにされちゃっているって感じです」
ディレクター「いくら貰う予定だったんですか?」
「症例数から逆算すると、1億5000万円から2億の間ぐらい」
中心人物であるはずの3人、ザ・グランシールド社の中村佳敬社長、アーサー社の小島隆一社長、伊藤剛秀歯科医師が全員、「報酬はもらっていない」「金はない」などと主張した。
番組が、ザ・グランシールド社の口座を確認すると、現在の残高は、わずか618万円だった。今回の取材結果を、被害女性らに伝えることにした。
被害弁償されない被害女性らは怒り
「絶対にどこかに隠していると思っています」
「明らかになればなるほど、私たちに返ってくるお金がないんじゃないかって不安が募っていて、私たちの前に立って、最後まで責任を全うしてほしいと思っています」
去年11月、番組は改めて中村社長に対し、今後の被害者への対応について聞いたが、回答は得られなかった。ザ・グランシールド社に対し、東京地裁は12月18日、破産手続きの開始を決定。財産の差し押さえを求める被害者らの申し立てによるものだった。
さらに12月19日、被害者が損害賠償を求めた集団訴訟について、東京地裁は、まずアーサー社と、小島隆一社長の判決を出し、総額1億9600万円の支払いを命じた。
現在は、都内の別のクリニックに勤務している、伊藤歯科医師。
彼の下には、「デンタルオフィスX」の被害者も通っていて、治療を引き受けているという。診察室には、レッドダイヤモンドプロバイダーの盾が飾られていた。
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伊藤歯科医師「昔みたいに症例数を稼ぐことは出来ない」伊藤歯科医師「昔みたいに症例数を稼ぐことは出来ない」
ディレクター「この盾を見てどう思いますか」
「当時はレッドになって嬉しかった気持ちもあったし、症例数増やして、色んな経験積めて良かったというのもあるんですけど、今思うと数を追い求める必要はなくて 質を高めていく。今やっている治療をベースとして考えると、過去に1000症例なんて、そんな無茶なことはしなかったなと思いますね」
ディレクター「反省があるんですかね 反省を感じたんでしょうか?」
「反省は…昔みたいに数たくさん稼いでとかはできなくて、結局それが治療の質を落とすことになるので だいぶ考え方が変わってですね」
今では年間に100人の患者を診るので精一杯と考えているという。
「僕自身 脇も甘かったし、そういうところに協力しちゃったっていうところが すごく反省点ですね。今思うと逆になんか なんとかダイヤモンドだとかレッドダイヤモンドだとか言ってるのが、恥ずかしいなっていう感じはしますね」
そのランク分けを運用しているのは、マウスピース矯正・世界トップシェアのメーカーだ。レッドダイヤモンドなどの名称が、宣伝に使われていることをどう捉えているのか?
番組が質問状を送ると、回答があった。
マウスピース矯正メーカー「これまでに幾度となく注意喚起」
「アドバンテージプログラムは、過去12カ月間の症例数に応じて決まるボリュームによる、ディスカウントプログラムです。そのため、歯科医師本人、クリニックの宣伝、および集患に用いる事はできません。インビザライン・ジャパンではこれまでにも幾度となく注意喚起を行ってまいりました」
ダイヤモンドなどの名称は、何らかの位を指すものではないと強調した。
現在は、「デンタルオフィスX」の閉院に伴い、治療が出来なくなった患者のサポートを実施しているという。
女性たちが希望を抱いた、マウスピース矯正。50年以上に渡り、様々な矯正の治療を取り入れてきた専門家に話を聞いた。
「マウスピース矯正は世界的に見ても、かなり使われることの多い装置の一つですね。ただ、マウスピース矯正で治せる場合と、ワイヤー矯正でないと治せない不正があるんです。ですから、ワイヤー装置を使わないと治せないものを、マウスピース矯正が手っ取り早いからやっても治らない。だから装置に応じた不正の歯並びに対しての、適応症があるんですね」
「デンタルオフィスX」の経営陣らを訴えた看護師の女性。
いまだ、出っ歯は治らず、歯並びは悪いままだ。今後の治療法に悩んでいるという。
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被害女性 裁判を戦いながらセカンドオピニオンへ被害女性 裁判を戦いながらセカンドオピニオンへ
「何が正しいのかを知りたいです。今でも、マウスピース矯正自体悪くないって言う先生もやっぱりいるんですよ。でもその先生たち多分真面目にやってらっしゃる先生なんだと思うんですよ。本当に良いと思ってやってる」
悩んだ挙句、マウスピース矯正をやめて、ワイヤー矯正に切り替えた。
「歯科の治療というのは、どうやったって手間と時間がかかるものなんです。動く時は2カ月くらいで反応出ますんで、2カ月して全然動いてなかったら厳しいか」
「2カ月で決まるって言ってましたからね。動くかどうか、年内ですね。ドキドキしちゃう」
そして、12月。
白石歯科医師 白石圭院長
「ここ(歯と歯の間)がスカスカになるはずなんですよ。まだ(歯が)動いていないということ」
思うようにはいかなかった。
「今いっぺんに2本動かそうとしてるんですよ。何回かやってみて、あんまりここ空いてないので最終手段、1本ずつ動かすというのあるんですけど。まだ奥の手ある。出来たら2本いっぺんに動かしたほうが負担は少ない」
「そんなにすぐ結果が出るものではないので、真摯に向き合ってくれる先生に出会えたので、良いことも悪いことも伝えてくれるので、信じて進んでいきたいなと思っています」