挨拶は「感染しましたか?」 “ゼロコロナ”放棄後 無人→大行列 北京 激動の1カ月[2023/01/01 10:00]

中国便り05号
ANN中国総局長 冨坂範明 2022年12月

季節は同じ冬なのに、1カ月の間に、北京の風景は目まぐるしく姿を変えた。
理由は、突然の「ゼロコロナ政策の緩和」、いや「放棄」とも言っていいだろう。その流れの速さは、予想をはるかに超えたものだった。

3年間続いた、厳格なゼロコロナ政策に対する人々の不満に火が付いたのは11月末。
封鎖された地区の開放などを求めて、全国各地で同時多発的にデモが発生した。一部の人たちは、白い紙を持って街に繰り出し「表現の自由」などを訴えたが、過激な要求をしない限り、政府は暴力的に取り締まることをしなかった。
中国共産党もどこかで限界を感じていたのだろう。ゼロコロナ政策の緩和に向けて、一気に舵を切った。

■「緩和」から「放棄」へ 感染爆発の容認

中国政府はゼロコロナ政策の「緩和」や「放棄」という言葉は使わない。ゼロコロナ政策の「優化」=「合理化・最適化」という言葉を使う。

11月にも一度、緩和の方向に舵を切ったが、ゼロコロナの旗は降ろさず、地方政府は厳しい政策を取り続けていた。そこで、さらなる緩和を徹底したのが12月7日の「新十条」という通知だ。
建物に入るときに必ず必要とされた、PCR検査の陰性証明は原則廃止。それに伴い、街角にあった無料のPCR検査場も大幅に数を減らした。真っ白い防護服姿の人たち=「大白(ダーバイ)」も、一気に姿を消した。

その結果起きたのが、新型コロナウイルス、なかでもオミクロン株の感染爆発だ。
感染爆発により、実態把握が困難になったため、12月14日、中国政府は無症状者の感染者数の公表を取りやめた。ゼロコロナ政策が「放棄」された瞬間だ。

■突然の「放棄」で起こった混乱

肌感覚では知り合いの8割が感染しただろうか。身近なところでは、一番感染対策に気を遣っていた、支局の日本人カメラマンが感染したのには非常に驚いた。ほとんど家と支局の往復しかしていなかった彼が感染するほど、オミクロン株は猛威を振るった。

その後北京で繰り広げられたのは、混乱の風景だった。
通販で多くの人が解熱剤や抗原検査キットを買い求めようとしたため、薬局には宅配ライダーが詰めかけた。
みかんを食べると抗原検査で陽性になる、黄桃の缶詰がコロナに効く、様々なデマが飛び交った。

テレビ朝日の中国総局は、感染拡大に備えて、支局勤務と在宅勤務の2班体制を取っていたが、どちらのスタッフも関係なく感染した。
おそらく、市中にウイルスが蔓延していたため、防ぎようがなかったのだろう。そして街から、人が消えた。

■北京はゴーストタウンに

混乱の後の静寂。北京の街から人が消えたのは、「ゼロコロナ放棄」から1週間ほどたった、12月中旬ごろだ。
多くの人が感染、発熱したため、家の中で療養せざるを得なかったのだろう。
また、感染をしていない人も、感染を恐れて、部屋の中に引きこもった。
飲食店は営業を許可されていたが、店を開いても客が来ない上に、スタッフの感染で店も回らず、開店休業状態となった。
それでも、北京の人はたくましい、その状態は、長くは続かなかった。
北京から人が消えた

■戻った賑わい 挨拶は「感染しましたか?」

12月24日、クリスマスイブ。若者に人気の繁華街「三里屯(さんりとん)」では、クリスマスツリーの前に行列ができていた。
レストランはほとんど満席。感染を終えた人たちが、「抗体ができたから大丈夫」とばかりに、街に繰り出していた。
「陽了マ<口偏に馬>?(ヤンラマ?)」=「感染しましたか?」という言葉が人々の挨拶の言葉になり、私のように感染していない人は、むしろ肩身が狭い思いを感じたものだ。

一見、北京は賑わいを取り戻したかに見えるが、12月30日現在も感染爆発の影響は続いている。
感染の波は、いまは地方都市へと広がり、病院の発熱外来には行列ができ、火葬場は数日待ちのところもあるという。

■焦点は死亡・重症者数と変異株

急速な「ゼロコロナ政策の放棄」による感染爆発は、明らかな準備不足だったのではないか?
会見で聞かれた中国政府の担当者は、自信満々にこう答えている。
「今回の調整は適切で、科学的で法に則り、中国の防疫の実情にふさわしい。歴史がそれを証明するだろう」

しかし、肝心の正確な死亡者数や、重症者数は、いまだ何も発表されないままだ。
さらに、今後、春節などで人の移動が増えることで、変異株の発生も懸念される。
日本をはじめとする各国は、中国発の変異株を警戒し、中国からの入国者の水際対策の強化を発表したが、中国外務省は「正常な往来を保障せよ」と反発した。

急激な政策転換で身内が犠牲になった人たちの不満は、2023年もくすぶっていくことだろう。
14億人が乗車する巨大なバスは、急アクセル、急ハンドル、急ブレーキだ。
そして、運転手の考えていることがなかなかわからない。北京の雑踏を歩きながら、巨大な車体がきしむ音が聞こえた気がした。

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