【狙われた和牛】「価格は銀座の2倍」日本式焼肉ブームの中国に“禁じられた和牛”[2023/06/17 11:00]

中国は20年ほど、日本からの「和牛」の輸入は禁止されている。だが、その中国で和牛をふるまうレストランがあるとの情報を得た。広東省の高級鉄板料理店を訪れると、出てきたのは、霜降りの入った牛肉。
なぜ食べられないはずの和牛が?シェフに尋ねると、驚きの答えが返ってきた。背景にあるのは、中国で急速に高まる「牛肉人気」だ。(ANN中国総局 李志善)

中国南部深セン市で最も規模の大きい税関施設、羅湖(らこ)出入境審査場は昼も夜も人通りが途切れることはない。行き交う人を目当てに中年の女性らが水やお菓子を売り歩き、「市場管理」と書かれた「さすまた」と盾を持つ黒ずくめの男たち5人ほどが、それを必死に取り締まる。

厳しいゼロコロナ政策が終わって往来は以前の姿をほぼ取り戻しているようだ。香港側から渡ってくる人はみな大きなキャリーバックを引いている。そこから数キロ程離れた貨物車の審査場でも引っ切りなしに冷凍庫つきのトラックが渡ってくる。

この大量のヒトやモノに紛れて和牛が密輸されてくるらしい。

普段取材活動をしている北京からおよそ2000キロにある深センを訪れたのは、輸入が禁止されているはずの「日本の和牛」が食べられるとの情報を受けたからだ。輸入禁止の理由は2001年に発生したBSE・牛海綿状脳症の発生だ。それ以来、中国本土で和牛は口にできないはずだった。

訪れたのは深セン市の中心部。日本街をのぞくと「日本式焼肉」「炭火焼肉」という大きな看板が目に付いた。ほかにも市内のあちこちで日本式の焼肉店を見かけた。ある店のメニューを見ると、そこには禁止されているはずの「A5和牛」と書かれていた。関係者によると、こうした店で売られる牛肉はほとんどが中国で生産された和牛かオーストラリア産WAGYUなのだという。

その中で選んだ高級鉄板料理店。和モダンな店構えは高級割烹のたたずまい。女性店員が「いらっしゃいませ」と頭を下げる。着物姿だが、足元からはスニーカーがちらっとのぞく。店名やコースの価格は明かせないが、東京・銀座の2倍ほどの値段だ。

カウンター越しに、「数十年鉄板をやっている」と話すシェフは、「アメリカのアンガスビーフ、オーストラリア産WAGYU、そして日本の和牛がそれぞれ食べられるよ」と得意げに話す。先付の後に厚めにカットされたオーストラリア産「WAGYU」のステーキが運ばれてきた。肉の色は少しくすんで茶色がかっているように見えた。店主が続ける。

「オーストラリア産の牛肉は、色見が赤い。日本の和牛はピンク色です。見ればすぐわかると思いますよ。これを先に召し上がってから、比較してみましょう」

そして、日本産和牛のステーキが目の前に出された。ヒノキの板に置かれた肉には、鮮やかなピンクで見事なサシが入っている。シェフは「霜降り」のことを中国では「雪の花」と呼ぶと教えてくれた。レアに焼き上げ包丁でカットすると青い陶器の皿に2列に盛りつけられた。

禁止されているはずの和牛が堂々と出てきたことに、思わず「取材」をしてしまった。
「この和牛は?」

シェフは落ち着いた様子で答えた。
「すべて密輸されたものです」

ストレートで赤裸々な物言いに驚く。続けて尋ねた。

「日本のどこのもの?」
「宮崎です。宮崎牛と松坂牛が一番多く密輸されている。神戸牛は、香港に少し入っているがほとんど分けてもらえない。中国人は日本に行って、和牛を食べて、みんな大好きですよ」

一体どうやって手に入れるのだろうか?「取材」とさとられないように、笑みを交えて相槌を打ちながら慎重に言葉を選ぶ。

「仕入れは?」
「密輸の専門業者に連絡すると携帯に和牛ブロックの写真が送られてくるんです。それで問題がなければ代金を先に払うんですよ。返品はできないんですけど。最近は、広東省で取り締まりが厳しくて広西チワン族自治区に移ったとも聞いています」

シェフは鉄板の汚れをシャカシャカと手際よく落としながら南方訛りの中国語で実態を明かした。

この現状に中国警察も手をこまねいているだけではない。そのルートを厳しく取り締まっているようだ。中国メディアによると、去年山東省では、船で冷凍高級和牛80トン、1億3000万円分の密輸グループが摘発された。

実は、日本産和牛の中国への輸出は2020年に再開されると言われていた。食肉関係者によると、当時、習近平国家主席が来日するとされ、その“お土産”として輸入が解禁されると言われていた。中国側も日本側も関係者が準備に走ったという。だが、その後のコロナの世界的な流行もあって習主席の訪日がなくなり、日本の畜産業界の“悲願”だった輸出の解禁も夢と消えた。

輸入解禁が見通せない中、中国での「牛肉人気」は高まる一方だ。

中国では伝統的に「肉」と言えば豚肉だが、中国税関総署のデータによると、牛肉の輸入量は2018年に初めて100万トンを突破し、2022年には269万トンになった。南米ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイが輸入の7割超を占める。一方、中国国内の生産量も2018年の644万トンから2022年には718万トンに増えている。経済的に豊かになったことも背景にあるようだ。

禁じられているはずの日本のブランド和牛が、どうやって中国の巨大な胃袋に飲み込まれていくのかー。
謎を解くカギは、東南アジアにあった。

こちらも読まれています