「死んでいるも生きているも違いはない」 プリゴジンの墓に添えられた詩の意味[2023/08/31 18:30]

8月29日にサンクト・ペテルブルグで親族だけでおこなわれたワグネル創設者エフゲニイ・プリゴジンの葬儀は、日本のニュースでは大きく取り上げられたが、ロシアのニュースではほとんど報道されなかった。

墓には「死んでいるも生きているも違いはない」という一篇の詩が添えられた。
(元テレビ朝日モスクワ支局長 武隈喜一)


■ロシアのニュースでは報道されず

ロシアの国営通信社RIA NOVOSTIではこの日、「プリゴジン」の名は一度もニュースに登場しなかったし、主要なテレビ局「第1チャンネル」、「独立テレビ」でもプリゴジンの葬儀への言及は1秒もなかった。
「ロシアテレビ」だけが夜の47分のニュース番組の最後の項目として1分だけ、プリゴジン等の葬儀が行われたという事実だけを淡々と報じた。

プリゴジンの埋葬が8月29日に行われるということは事前に報道されていたが、どの墓地で行われるかという具体的な名前はなく、サンクト・ペテルブルグ郊外のポロホフスコエ墓地という埋葬の場所をワグネル広報が公表したのは、埋葬が終わってからだった。

■葬儀の簡略化は大統領府が関与か?

この葬儀を「家族のみ」で質素に行うと決めたのは、妻と娘の意向だと伝えられているが、『モスクワ・タイムズ』(8月30日)によれば、葬儀を秘密裏に行うことや規模と内容を決めたのは、クレムリンのセルゲイ・キリエンコ大統領府副長官とFSB(連邦保安庁)高官が出席して事前に行われた合同会議だったという。

会議の関係者は『モスクワ・タイムズ』に対して、「プリゴジンは正義を強調し、煽った発言でロシア人の感情をかきたて、一部の人びとの間では国民的英雄になっている。だがクレムリンとしてはプリゴジンを許すことはできない。裏切りかどうかは別としても、おとしめることが必要なのだ」と語っている。

その結果、生前にプリゴジンに贈られた「ロシア英雄」の称号にもかかわらず、本来、この称号を得た者だけに特別に行われる国歌演奏や国旗掲揚、栄誉儀仗兵の配置、葬送の礼砲などは一切行われず、葬儀そのものの写真や動画撮影も禁止された。

■「死んだのか生きているのか」

ロシア正教の伝統では葬儀の翌朝、故人の魂が永遠の平安を得るために最も近い親族が墓を訪れるのが風習になっている。8月30日早朝にはプリゴジンの妻と娘がポロホフスコエ墓地にやってきた。ところが、プリゴジンやワグネルなどというものはもともと存在しなかったかの如く、テレビなどでは一切報道が流れないにもかかわらず、30日朝9時には30人余りの墓参客が墓地を訪れ、花を手向けたという。墓地の周囲に警察官やワグネルの隊員が配備された。

プリゴジンは“本当は死んでいない”という説が一部のロシア人の間で根強く流れる中、真新しい墓には墓碑銘とも言える一篇の詩が額に入れて置かれている。プリゴジンと同じレニングラード(現在のサンクト・ペテルブルグ)に生まれ、アメリカに亡命して死んだノーベル賞詩人ヨシフ・ブロツキーの詩だ。

   母がキリストに言う
   ――おまえはわたしの息子? それとも神?
   十字架に釘打たれて。
   わたしはどうして家に帰れようか。

   敷居をまたげようか。
   おまえがわたしの息子なのか神なのか
   死んだのか生きているのかも
   わからず、心も決まらずに。

   彼は答えて言う
   ――死んでいるも生きているも違いはない、女よ。
   息子でもあり、神でもある
   わたしは、あなたの。
 

この詩を墓に献じた者は、生きていようが死んでいようが、神のような人としてプリゴジンの功績と力がロシア中にあまねく行き渡ることを願う気持ちを込めたのだろう。

こちらも読まれています