処理水問題、消えた要人…中国への“挑発発言”連発 エマニュエル米国大使の意図は[2023/09/30 10:00]

28日夕方、ホテルニューオータニで開かれた中国の建国記念日にあたる「国慶節」のレセプション。「国慶節」は中国で最も祝うべき日「ナショナルデー」だ。
原発処理水をめぐり関係が冷え込む中、日本の政界からの出席者は福田康夫元総理や自民党の二階俊博元幹事長ら、中国との太いパイプを持つお馴染みの面々だ。

各国の大使も集まるのだが、米中の対立が深まる中、アメリカのラーム・エマニュエル駐日大使(63)は出席するのだろうか。
前日までは「出ない」という観測が有力だったが、当日の朝、出席するかもしれないという情報が入った。
現場に向かう取材班に伝え、知らせを待つ。

エマニュエル大使はSNSでも公の場でも、中国に対して舌鋒鋭く批判を続けている。
出席するかどうか、注視していたのだが、大使が妻を伴って会場に現れたと現場の記者から連絡が入った。

しかし、中国の呉江浩大使のスピーチが終わると、声掛けにも応じず消えるように帰ってしまったのだ。
大使同士の写真撮影が始まり、エマニュエル大使が紹介されたが、すでに不在という事態になってしまった。
その夜、SNSには大使同士のツーショットではなく、中国大使館の総合政策部・羅松濤公使参事官と挨拶する写真がアップされた。

こうしたぎくしゃくした関係になることも厭わず、原発処理水や人権問題で繰り出される、エマニュエル大使の発言の意図はどこにあるのか。

(外報部 所田裕樹)


■繰り出し続ける中国批判 ついに“自粛要請報道”も

「シェイクスピアが『ハムレット』で書いたように、『何かが怪しい』。国防部部長の李尚福の動静が3週間にわたり途絶えている。」(15日のSNS投稿)
「習政権の閣僚陣は、今やアガサ・クリスティの小説『そして誰もいなくなった』の登場人物のようになっている」(8日の投稿)

中国の要人の消息が絶えたことについてアメリカのエマニュエル駐日大使は日々、挑発するような発信を続けていた。

19日、ニューヨークでの国連総会。演説に立ったアメリカのバイデン大統領は、ロシアを強い言葉で非難する一方で中国については直接的な批判を避けるような言葉を選んだ。
「競争が対立に傾かないよう、責任を持って管理することを求めている」
「孤立させるのではなく、リスクを分散させることに賛成している」
可能な分野で中国と協力するとして、噂される11月のAPEC=アジア太平洋経済協力会議での習近平国家主席との首脳会談の実現に向けて融和を模索する姿勢が垣間見える。

こうした中、米NBCテレビはバイデン政権の側近がエマニュエル大使に対して「米中関係修復に向けた努力を損なう」と、中国を刺激する発信を自粛するよう求めたと報道した。

在日アメリカ大使館は即座に「エマニュエル大使は並外れたアメリカ合衆国の代表として仕事をしている」というホワイトハウス関係者の言葉で、報道を完全否定するコメントを出した。
そして、大使自身は、報道後も自身のSNSや発言で中国批判を再び炸裂させるのだ。

■止まることないエマニュエル節

22日、小雨がぱらつく東京・六本木の政策研究大学院大学で行われた講演には、エマニュエル大使がどんな発言をするのかを聞こうと多くの人が集まっていた。
会場となったホールの上段に設けられたプレス席には海外メディアも多数詰め掛けていた。

大使は講演の2時間前、自身のSNS上でこれまで通り新たな中国批判を投稿。米軍が撮影したとみられる中国漁船の画像や日本海域の地図を示しながら、「日本沿岸で操業を行う中国漁船が同じ海域で再び漁を行っている」と問題提起した。
そうした中での講演会で、大使の発言がなおさら注目されたのだ。

参加者の多くは大学院などの研究者ということもあってか、エマニュエル大使は終始穏やかではあるものの、中国の経済的な威圧は執拗で悪質であり、日米や周辺国が対抗していることを、地図や表を用いて説明。
そして講演後、アメリカ大使館は記者に対応するため大使が立ったまま質問に答える“ぶら下がり”を設定した。

エマニュエル大使はメディア向けに、しばしばこうした機会を設ける。例えば3月に東京大学の駒場キャンパスで講演会を行った後のぶら下がりは「桜の木が見える場所で」と大使館が指定した。
今回は講演会場のホールとは異なる場所に、日本の国旗と星条旗が立てられ、その前に大使が立った。映像でも「日本との連帯」を示す演出をする意図が感じられる。

そのぶら下がりの冒頭、記者が単刀直入に「米メディアはホワイトハウスがあなたに、中国を挑発するようなツイートを自粛するよう求めたと報じたが事実か?」と尋ねると、エマニュエル氏は苦笑いした。そして、右手で額を触りながら「私が言えることは、ホワイトハウス関係者がすでに話しています」と直接の回答は避け、すぐに問題となっている投稿を補強するようなエマニュエル節を展開した。

「3週間半にわたって中国の国防相の行方を皆さん知らないでしょう?」
「(処理水放出で)海産物が健康上の問題であるなら、なぜ彼らは漁を続けるのか?」

■英仏EUの大使と一線を画す態度 「同盟国の大使としての責任」

エマニュエル大使の中国批判は、いわゆる“西側諸国”のヨーロッパの駐日大使よりかなり踏み込んでいる。

私のインタビューに対して、フランスのセトン駐日大使は2月、中国の偵察気球が米国上空に飛来し撃墜されたことについて「世界はさらなる危機を必要としていない」と語った。EUのパケ駐日大使は7月の日本EU首脳会談を前に「台湾海峡での緊張や、南シナ海での航行の自由については、ヨーロッパでも関心が高まっている」と懸念を示したものの中国を名指しして批判することは避けた。
イギリスのロングボトム駐日大使は4月の会見で「イギリスは同盟国やパートナー国との関係を強化して、インド太平洋地域で中国共産党の野心が広がらないよう注視していく」と述べたが、批判の対象はあくまでも中国共産党だということを強調し、トーンはエマニュエル大使より大分柔らかい。

22日の講演後、エマニュエル大使は「なぜ、北京ではなく東京にいる大使が問題提起しているのか?」と問われ、このように答えている。

「最も重要な同盟国の大使として、この地域で何が起きているのか、アメリカや日本がこの地域の課題に対して何をしているのかについて発言する責任がある」

■「ランボー」の異名を持つ パワフル大使

エマニュエル大使は1959年シカゴで両親が医者であるユダヤ人家庭に生まれた。ウクライナのオデーサにいた父方の先祖はポグロム(ユダヤ人虐殺)から逃れてきたという。
大使はロシアによる侵攻後のウクライナへ大きな関心を寄せ、ことあるごとに言及している。

政界を目指し1993年にクリントン政権で大統領上級顧問に就いたのを皮切りに下院議員、オバマ政権の大統領首席補佐官、シカゴ市長を歴任している。攻撃的な弁舌と行動で「ランボー」の異名を持つ。実力ある政治家としてキャリアを重ねてきたのだ。

今年2月、長年の友人だというNASAのネルソン長官が、アメリカ大使館に招かれた際の挨拶でエマニュエル大使について「大統領の首席補佐官の職を全うした男だから、世界中のどんな仕事もこなすことができる」とそのタフさを評価していた。

■ワンフレーズの表現 主張の根幹には「自由」

私は今年だけでも8回、エマニュエル大使を取材している。ホワイトハウス高官やシカゴ市長として、何度も大勢の人間を前に会見をこなした経験があるエマニュエル大使は、他の国の駐日大使に比べて圧倒的に話がうまい。そして、複雑な事象をワンフレーズにして表現する能力にたけている。

「日米関係は『守りの同盟』から『攻めの同盟』に転換している」
「NATO新加盟国は自らの意志で西側に加わってきた」
「西側には自由や個人を尊重するという引力がある」という表現はよく出てくる。
また、「3つのC、新型コロナ(Covid)、中国による威圧(Coercion)、ロシアによる紛争(Conflict)が近年の国際情勢を激変させている」というのもお気に入りのフレーズだ。

3月の東大での講演では、こうしたフレーズを並べて、ロシアや中国による武力や経済での威圧に対して各国が連携して対応しなければならないと力説した後、学生の質問を受けた。
香港、イラン、ロシア、などで繰り返された抗議デモへの弾圧について「民主主義の後退ではないか」と問われたエマニュエル大使は言下にそれを否定した。

「民主主義が後退しているのではなく、抗議する若者らは自由のために立ち上がっているのだ」
「自由の力を過小評価してはいけない」

歯に衣着せぬエマニュエル大使の発言の背景には「自由」が最優先だという考えが常にある。それは政治や国際情勢にとどまらず、個人の価値観や人権にまで及ぶ。

■物議を醸したLGBT論争

福島第一原発の処理水放出を受けて日本の水産物を輸入禁止にした中国の対応を徹底的に批判するエマニュエル駐日大使の姿勢に「日本の政治家が言ってくれないことを言ってくれた」「至極真っ当なことを言っている」と歓迎する反応が寄せられた。

その一方で、LGBTなどの性的少数者の権利擁護を求める発言については「内政干渉だ」と猛烈な批判を浴びた。
シカゴ市長時代にイリノイ州の同性婚法制化を実現したエマニュエル大使は、G7広島サミットの開催を前に公的な場で、日本政府に圧力をかける動きを加速させた。

4月に都内で開かれた、性的少数者への偏見や差別のない社会を目指すイベント「東京レインボープライド2023」に参加。「異性婚、同性婚に差はない。結婚は結婚だ!」と17の国や地域の駐日大使らとともに、こぶしを振り上げながら声を上げるよう聴衆に呼びかける。
「世論調査ではすでに75%の日本国民が同性婚を支持していて、社会は変化している。遅れているのは政府と政策だ」と訴えた。

さらに、日本の保守層の批判を受けながらも、G7広島サミットの開幕を控えた5月には、15の駐日大使館の大使らが、性的マイノリティーの平等を訴えるビデオメッセージをとりまとめて発信している。

このビデオメッセージに参加しなかったある駐日大使に近い人物に取材したところ、「それぞれの国にはそれぞれの立場があり、政策は日本が決めることである」とアメリカの姿勢と距離を置いたことを暗に明かしてくれた。
エマニュエル大使も「日本は主権国家だから、日本のことは日本が決めるべき」と毎回必ずコメントに加えている。

だが、なぜ彼は性的マイノリティーの権利向上について強いメッセージを発し続けているのだろうか。

高校生のときにクラシックバレエにのめり込んでいたエマニュエル大使。4月の内外情勢調査会の講演で、1970年代に男性がバレエをすることで後ろ指を指された苦い経験や、自身の結婚式のベストマン(新郎のサポート役)は同性愛者で、家族ぐるみの付き合いをしていることを明かした。
その上で、2人の人間が愛する気持ちは何が何でも守られるべきだと熱弁をふるったのだった。

■日本との関係 その先のキャリアは?

日本に大使として赴任してから、毎朝早朝に起きて、トレーニングを欠かさないというエマニュエル氏。鉄道好きの「鉄オタ」として知られ、日本各地を移動する様子を頻繁に自身のSNS上にアップして注目されている。
地方視察の際に乗る在来線では、大使館関係者が席につくなか1人だけ座らず、つり革を握って立ったままでいるという。
ここまで精力的にタフに動き回っている駐日アメリカ大使は極めて稀だろう。
日本から強いメッセージを発し続けることで、アメリカ国内に自分の存在を示しているのかもしれない。現在63歳のエマニュエル氏のこれまでの経歴をみると、駐日大使というポストで引退するように思えない。

22日の講演会を取材していた、欧米メディアの記者は「次の大統領選挙後、彼は国務長官などの政権の重要ポストを狙っているのではないか」と口々に話していた。
この講演会でのエマニュエル大使の発言は、ロイター通信が速報し、中国外務省もその日の夕方の会見で反応した。
米NBCの“自粛要請報道”も、注目されたという点では、彼にとってはポイントになったのかもしれない。

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