冬の戦い迫る ウクライナ最新情勢を専門家が解説◆日曜スクープ◆

[2023/11/21 18:15]

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ウクライナ軍によるドニプロ川渡河作戦は新たな状況を迎えている。さらに本格的な冬の到来が近づき、戦場の泥濘化や新たなインフラ攻撃の予兆も報じられている。ウクライナ最新情勢を専門家が分析した。

1)ウクライナが“橋頭堡”確保、ヘルソン州と右岸、今後どう攻める?

ウクライナ軍がヘルソン州のドニプロ川を渡河したという報道から1ヶ月となる。ゼレンスキー大統領は11月17日に自身のSNSに作戦の写真を投稿し「ヘルソン州東岸 我らの戦士たちよ 前進してくれる彼らの力に感謝します!」

と作戦成功をアピールした。

ドニプロ川「渡河作戦」

この渡河作戦を最初に明らかにしたのはウクライナから訪米中のイェルマーク大統領府長官で、保守系シンクタンク「ハドソン研究所」の講演で「あらゆる予想に反してウクライナ軍はドニプロ川東岸に足場を築いた」と述べた。

長谷川氏は「ウクライナ政府では大統領府が集権化して実際に政権を仕切っており、イェルマーク氏は閣僚の人事権を握っているという見方もある。大統領府が軍事の意思決定過程にも関与していることをしめしている」と分析する。

また木内氏は次のように指摘した。

「中東問題がおき、ウクライナへの関心が薄れ支援疲れも報じられる中、最大の支援国アメリカの関心をつなぎ止めなければならない。共和党によりウクライナ支援予算案が否決される状態が続いており、戦果をアピールし新たな支援を引き出したいというねらいもあるのではないか。」

17日には、シンクタンク戦争研究所は、ウクライナ軍がドニプロ川に“橋頭堡”を築いたと報じた。

アメリカ軍は「橋頭堡」を下記のように定義している。

1、渡河部隊を収容する十分な大きさ

2、渡河地点の防衛を可能にする適切な地形

3,敵の直接攻撃を受けず攻撃を継続できる場所

米軍の橋頭堡の定義

『ウォール・ストリート・ジャーナル』は兵士の証言からウクライナはこの数週間で東岸の村やその周辺に3つの拠点を確保し東岸に複数の足場を築いた、と報道した。

しかし渡河作戦の現場では激戦が続いているようだ。同紙11月15日付けの記事では、11月1日夜にドニプロ川東岸の第38海兵旅団の兵士の証言を下記のように伝えている。

・ウクライナ兵達はロシアの地雷や狙撃兵、偵察兵を避けながら異なる場所で下船し、泥の中を歩きクリンキーに到着した。

・ウクライナ兵は森の中の塹壕に陣取ったが、すぐにロシアの砲撃が始まった。上空ではロシアの攻撃・監視ドローンが旋回していた。

・ウクライナ兵1につき敵は10人いた。小型武器での交戦が絶えることなく、仲間2人がロシアの狙撃兵に殺された、

親ロシア派でヘルソン州知事のサルド氏も「敵はクリンキーに閉じ込められており、爆弾、ロケット弾、火炎放射器、砲弾、ドローンなどによる灼熱の地獄が用意されている」とコメントした。

小泉氏は次のように指摘する。「ロシア軍はロケット砲を交え猛烈な砲撃を行っており、米軍の橋頭堡の定義3「敵の直接攻撃を受けず、攻撃を継続できる」状態は達成できていない。大規模に装甲車両を渡河させるにも至っていない。確保地域を広げるためには、ロシア軍の火力を抑圧する必要があり、今後アメリカが供与したロケット弾「GLSDB」が展開されロシアの大砲を叩けるようになれば、少しずつ装甲兵器を渡河させていくことができるかもしれない」

ウクライナ軍工兵部隊の架橋作戦の様子

ウクライナ軍は工兵部隊の架橋訓練の様子を公開しているが、小泉氏は大規模な渡河作戦の実施は困難ではないかとも分析する。

「架橋作戦自体は非常に目立つのですぐにドローンなどの攻撃対象になる。地上部隊が前進しないと架橋は進まないが架橋が進まないと地上部隊の前進も難しいというジレンマを抱えている。」

2)“第2のバフムト”アウディイフカのにロシア軍が迫る。今後の天候が戦いに影響?

緑:アウディイフカの街、赤の矢印がロシア軍の攻撃、青の矢印がウクライナ軍

“第2のバフムト”とも呼ばれる東部の要衝アウディイフカにもロシア軍の侵攻が迫る。焦点となるのが街の北にあるヨーロッパ最大のコークス工場だ。

アウディイフカのヨーロッパ最大のコークス工場

戦争研究所は16日、「ロシア軍がコークス工場のすぐ北側まで前進し、敷地まで約600mに迫っている」と伝えた。ロシアの軍事ブロガーは「ロシア軍は装甲車の支援なしに歩兵主導の正面攻撃を行う“ワグネル戦術”を使用し、要塞化されたウクライナ陣地に小集団攻撃を行った」と伝えた。

小泉氏は次のように分析する。

「バフムトでは囚人を集めた武装集団が投入されたが、ロシアの正規軍にも囚人部隊があり、アウディイフカでも被害を顧みない非人道的作戦を行っているのではないか。ウクライナ側も防衛のため兵力を投入せざるを得ず、南部戦線の膠着状態につながるという意味で戦略的な重要性がある。」

長谷川氏は下記のように分析した。

「バフムトもそうだったが、戦闘が終わったわけではないのにロシア大統領府がアウディイフカの戦果を大々的に発表したことは政治的な意味がある。12月12日は現在のロシア憲法制定30周年の記念日であり、年内にはプーチン大統領の「大規模記者会見」があり、来年3月にはロシア大統領選も予定されている。そこで「戦果」として報告するために重視されているのではないか。」

3)冬が近づく中天候は?

冬が近づき戦場の天候も重要な要素となる。13日、戦争研究所はウクライナ予備役将校の「泥によりアウディイフカ近郊の多くの道路が通行不能になり双方の兵站が複雑になる」という声を伝えた。

またウクライナ軍は、兵士達が塹壕の泥水をスコップなどで掻き出そうとする動画を投稿している。

塹壕の泥水をスコップやバケツでかき出そうとするウクライナ兵の姿

「泥で道路から離れての野戦能力は低下し戦争はやりにくくなるが、冬の間に戦闘を停止するとロシアは戦力を再編させてしまう。ウクライナ軍は冬期も作戦続行を強いられるのではないか。」と小泉氏は分析する。

長谷川氏は「寒さで兵士の活動量は下がり、一般市民もインフラ攻撃を受け続けると、戦争継続の意思がくじかれる可能性もある。」と懸念する。

4)「ロシアの「冬季インフラ攻撃」去年と大きな違いが」

冬期を迎える中、ロシア軍のインフラ攻撃を巡り不気味な予兆も報じられている。『フォーブス』は、ロシアが発射したミサイル数が10月以降減っており、これは今後の大規模な攻撃の予兆ではないかと報道した。

一方、ウクライナ国防省情報総局は「ロシアは高精度ミサイルを およそ870発保有している」と発表した。

ロシアが発射したミサイルの数の推移

ロシアの兵器生産能力について木内氏は「ロシアは他国に輸出した武器輸出のキャンセルや返還を求めてまで武器の確保を目指している。全体としてはロシアは武器は不足してきているのは確かだろう」と分析する。

一方で長谷川氏は「ロシアのマントゥーロフ産業通商大臣は、軍事産業の24時間操業体制を指示し、インドなどを訪問しIT部門の協力をすすめ生産能力を高めている。半導体や集積回路も第三国経由で輸入し、特に中国や旧ソ連圏のキルギス、アルメニアとの貿易量が増えている。」とし旧ソ連諸国の伝統的経済的つながりは依然として強いのではないかと指摘した。

5)今後の政治日程の影響は?

来年3月にはロシア大統領選が予定されており、今後の政治日程も注目される。

今後の主な政治日程

長谷川氏は「2024年のアメリカ、ロシアの大統領選によって国際情勢は激変する。中東の紛争も激化し、ウクライナへの関心が薄れている中、今後も国際的なウクライナ軍事支援の履行がなされるのかに注目している」と語る。

小泉氏は「来年夏にはNATO結成会合が開催され、NATO結成75周年でもある。ウクライナの春先の反転攻勢が成功しなければ、ウクライナの残った地域だけでのNATO加盟も現実味を帯びてくる可能性もある。」とする。

木内氏は、ロシア経済の根幹である原油価格の動向に注目する。「先進国の制裁措置は次第に抜け道ができて効果がなくなり、原油価格上限設定も原油価格の上昇で効果がなくなってきた。しかし今後原油価格が低落するとロシア経済やロシア大統領選にも影響を与えうる。」

小泉悠(東京大学先端科学技術研究センター専任講師 専門はロシアの軍事・安全保障政策)

長谷川雄之(防衛省防衛研究所米欧ロシア研究室 専門は現代ロシア政治・外交)

木内登英(野村総研エグゼクティブエコノミスト、元日銀審議委員、専門はグローバル経済分析)

「BS朝日 日曜スクープ 2023年11月19日放送分より」

  • ドニプロ川「渡河作戦」(ゼレンスキー大統領facebookから)
  • ドニプロ川「渡河作戦」
  • 米軍の橋頭堡の定義
  • ウクライナ軍工兵部隊の架橋作戦の様子
  • 緑:アウディイフカの街、赤の矢印がロシア軍の攻撃、青の矢印がウクライナ軍
  • アウディイフカのヨーロッパ最大のコークス工場
  • 塹壕の泥水をスコップやバケツでかき出そうとするウクライナ兵の姿
  • ロシアが発射したミサイルの数の推移
  • 今後の主な政治日程

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