習主席が狙う”融合”の行方は…総統選直前に見た 中国と台湾が「30 分」の場所

[2024/02/01 17:00]

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「統一は歴史の必然だ」

台湾統一を、最優先課題として、野心を隠さない中国の習近平国家主席。その習氏が、統一に向けたモデル地区として重視しているのが、台湾の対岸に位置する福建省だ。

台湾の総統選挙が行われた1月13日の直前、その福建省の大都市で、早くに経済特区に指定されたアモイでは、中国の台湾統一に向けた方策が、様々講じられていた。

対岸の台湾・金門島まではフェリーでわずか30分。「中国」と「台湾」が密接に混ざり合う、アモイと金門島を取材した。

中国便り18号
ANN中国総局長 冨坂範明  2024年1月

■悲願の統一めざし 人的「融合」狙う中国

台湾総統選を3日後に控えた、1月10日。アモイから金門島へのフェリー乗り場には、長い行列ができていた。普段は中国側のアモイで暮らす台湾の有権者が、投票のために台湾側に戻るのだという。

「中国と台湾はコミュニケーションを続けるべきです。期待するのは、当然、(対話路線の)国民党です」

台中市の出身で、月に1回は大陸に来るというビジネスマンの男性は、屈託なく答えた。

中国は、1月1日から、金門島からの通行証をアプリで発行できるようにするなど、10項目の入境緩和措置を発表した。中国には、ビジネスマンを中心に、数十万人の台湾出身者がいるという研究もある。コロナで数は減ったようだが、中国に住む台湾出身者は、中国に親近感を持つ人も多いだろう。中国政府の狙い通りというべきか、フェリー乗り場では、中国との対話を重視する国民党を支持する声が圧倒的に多かった。

中国の狙いは、台湾を「融合」させることだ。往来を増やし、人的「融合」を強めた上で、最終的に平和的な統一を実現する。習近平氏が思い描く、平和統一のベストシナリオといえるだろう。

■多額の経済的支援 台湾の若者が中国で起業

アモイ 福建省 起業 台湾 
アモイで起業した台湾出身の林さん(26)・呉さん(37)

習近平氏が狙う「融合」は、人的な「融合」だけではない。補助金などで様々な優遇措置を与え、経済的な「融合」を強めるのも、もう一つの大きな狙いである。

2017年に台湾からアモイに渡り台湾料理店を経営する呉さん(37)は、中国側から、200万円の開業支援を受けたという。おととしには、ビジネスパートナーとしてやはり台湾出身の林さん(26)が加入。今も月12万円の経営補助と月4万円の家賃補助を、受けているという。

2人は、投票するなら、中国と台湾の友好を唱える候補者に投票したいと話してくれた。

「(政策が)台湾独立じゃなければよい。若者も戦争を望んではいない」

「私は中国にいて、家族が台湾にいるから、平和共存を望む」
2人の夢は、中国側で店を増やすことだという。

■30分で行ける『台湾』金門島から見たアモイ

携帯 スマホ SIMカード アモイ 福建省 台湾
SIMカードを取り換える男性

中国側のアモイでは、中国と台湾の『融合』が進むのを目の当たりにした。では金門島ではどうなのだろう。

金門島行きのフェリーには、日本人も乗ることができる。フェリー乗り場で人民元を台湾ドルに両替したところ、100人民元が、420台湾ドル程度。100元札に印刷されている肖像は、中華人民共和国・建国の父の毛沢東だが、100台湾ドルに印刷されているのは、辛亥革命で大きな役割を果たした孫文だ。どちらもピンク色のお札なので、財布の中で間違えてしまいそうになる。

中国側と台湾側が共同で運行しているフェリーの船内では、「繁体字」と呼ばれる、台湾の文字が使われていた。船内アナウンスにも、標準語に加え、台湾語が聞こえるようになる。また、隣の男性が、手慣れた手つきで、スマホのSIMカードを取り換えていたのが印象的だった。きっと何度も、往復をしているのだろう。

午前11時にアモイを出発したフェリーは、午前11時半に金門島に着いた。帰りのフェリーは午後2時出発。日帰りの私の滞在時間はわずか2時間強だ。フェリー乗り場の近くにも、コンビニがあったが、せっかくなので、少し町のほうに出て、昼食をとろうと考えた。

■アモイよりのどかな金門島 アプリ使えず冷や汗

金門島 バイク テント 台湾 ビル
のどかな金門島の街並み

フェリー乗り場に並ぶタクシーに乗り、「食堂のあるところへ」と頼んだところ、10分ほどで着いたのは、魚市場のような場所。そこで見つけた食堂で、ルーロー飯(豚バラ肉の甘煮かけご飯)と、魚団子のスープを頂く。お値段は80台湾ドル=400円程度。中国本土よりかなり安い。店の中で食べている人たちも、アモイの人たちより、どこかのんびり暮らしている印象を受けた。

もちろん、経済特区であり、重要都市であるアモイと、金門島の様子を単純に比較することはできないが、町の雰囲気も、近代的なアモイとは対照的に、昔ながらの面影を残しているように感じた。

少し散策をして、タクシーでフェリー乗り場に戻ろうと思ったときに、ある事に気が付いた。ここは台湾、タクシーを呼ぶための中国のアプリが、使えないのだ。流しのタクシーも走っていない。このままでは、フェリーに乗り遅れてしまう。

藁にもすがる思いで、通りの商店に駆け込んで、事情を説明したところ、知り合いのタクシーを呼んでくれて、何とか帰りのフェリーに間に合うことができた。地元の人によると、中国との対話路線を進めていた国民党の馬英九政権時代には、中国から多くの観光客が訪れ、島の収入源になっていたが、民進党政権に変わったことと、コロナの影響で、観光客は大幅に減ったという。

わずか2時間ばかりの滞在だったが、感じたことは、アモイ(中国側)のほうが金門島(台湾側)より、経済面だけでなく、電子決済などの面でも便利だということ。中国側では現金決済は今やほとんど見かけないが、台湾側ではまだ現金で支払うことが多かった。現金がなくなってしまったら、さらに不自由しただろう。

■複雑な台湾の民意 続く中国の揺さぶり

北京 ナウル 学生 台湾 断交
北京に到着したナウルの学生【華春榮氏のXから】

発展する経済を武器に、台湾との「融合」を図りたい中国。もちろん、「融合」や「独立」へ向けて一直線に向かうほど、台湾の人たちの民意は単純ではない。1月13日に行われた総統選では、中国と距離を置く与党・民進党の頼清徳候補が、対話路線の野党・国民党の侯友宜候補を破って当選を果たした。経済的な「融合」による利益よりも、台湾が育んできた「自由」や「民主」といった価値観を、大切にした結果ともいえる。ただし、国会議員にあたる立法委員の選挙では、国民党が第一党になり、2月1日には新しい議長が国民党から選ばれる見込みだ。

選挙結果を受けて、中国側も早速、アクションを起こす。台湾と外交関係を結んでいた太平洋の島国・ナウルを切り崩し、台湾と断交させ、自らと国交を結ばせたのだ。国交回復からわずか6日後には、20人の学生を中国に呼び、歓迎をする周到ぶりだ。

5月20日には、頼清徳氏が正式に台湾総統に就任し、新政権が発足する。硬軟取り混ぜた中国の揺さぶりは、さらに加速していくだろう。

  • 「金門島行き」フェリー乗り場の行列
  • アモイで起業した台湾出身の林さん(26)・呉さん(37)
  • SIMカードを取り換える男性
  • のどかな金門島の街並み
  • 北京に到着したナウルの学生【華春榮氏のXから】

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