ショッピングモール1階が「肉市場」に?  2024年の中国経済を占う取材現場の異変

[2024/01/01 10:00]

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北京市郊外に、一軒のショッピングモールがある。見た目は普通のショッピングモールだが、中に入ると、異様な光景が目に飛び込んでくる。1階のメインスペースに、生肉をぶら下げた「肉市場」がずらりと並んでいるのだ。実はこれ、不動産不況のあおりだという。

これまで右肩上がりの成長を続けてきた中国経済だが、2023年になって、黄色信号が灯っていることを伺わせる現象が、目につくようになってきた。2023年に感じたこの「空気の変化」は、2024年の中国経済が、さらに変調していく兆しなのだろうか。

中国便り17号 ANN中国総局長 冨坂範明  2023年12月

■ショッピングモールの1階が「肉市場」に

北京市の中心部から地下鉄とバスを乗り継いで1時間30分、北京市西部の郊外に、今回取材した大型のショッピングモールがある。最初にこのモールに足を踏み入れた人は、すぐに違和感を覚えるだろう。

通常なら化粧品やアパレル関係の店舗が並ぶ1階に、ワゴンや冷蔵庫が所狭しと並んでいるのだ。ワゴンで売られているのは、様々な種類の肉。巨大な肉の塊を、吊り下げている店も多い。店の前を通るたびに、店主のおばさんが声をかけてくる。

「牛肉がいい?豚肉がいい?」

一瞬、露店の卸売市場に迷い込んだのかと錯覚するが、ここはあくまでショッピングモールの一階だ。ワゴンや冷蔵庫は新品で、この「肉市場」は最近始まったのだと推測できる。

さらに、エスカレーターで、上の階へと上がっていくと、目を疑う光景が広がっていた。

■4階の店舗はほぼ閉店 背景に不動産不況

ダンジョンのようなモールの4階

4階まで上がって、まず目に入ってくるのは、青いブルーシートで覆われたテナントの一角だ。以前の看板が残っていたり、中が丸見えで書類が散乱している場所もあったりする。かつて飲食店や子ども向けの施設で賑わっていた4階のテナントは、ほぼ全てが閉店していた。人の姿はほとんどなく、テレビゲームのダンジョンに迷い込んだような錯覚を覚えた。

事情を知る人によると、このショッピングモールは、かつて大手家具チェーン店が、運営をしていたらしい。しかし、折からの不動産不況で、マンションの売り上げが低迷。マンションの売り上げに連動する、家具の売り上げも激減したため、モールの運営ができなくなったという。

今は新たな運営会社が入り、テナントを再び探し始めたということだが、まだ起死回生の一手は打てていないようだ。1階の巨大な「肉市場」も、その中の試行錯誤の一環なのだろう。

■高級店から「消えた富裕層」 公務員給与1割カット

テナントが抜けた北京市内の店

2023年、色んな人と会って話をしたが、景気のいい話はほぼ聞かれなかった。

とある地方都市の公務員の男性は、「給料が1割カットされた」と嘆いていた。また、30年以上中国で日本食ビジネスに携わる男性は「これまでで一番景気が悪い」と現状を分析する。

さらに、北京の高級日本料理店主は「富裕層の中国人が消えた」と驚きを隠さない。かつては、お金に糸目をつけない中国人で店は常に満席だったが、コロナが終わっても富裕層たちは店に戻らず、どこかに「消えた」という。

農村の安い労働力を背景に「世界の工場」としてまず発展した中国は、次に14億人の市場を活用し、サービス産業を発展させた。しかし、少子高齢化が進み、人口減少が始まったことで、右肩上がりの成長が年々難しくなる。そこに、不動産不況が追い打ちをかけ、人々の不安が増大、節約志向が高まっていると推測できる。

「景気は気から」というように、人々のマインドは、経済に大きく影響する。そして、中国政府も、この人々の不安の払拭に躍起になっているように見える。

■中国外務省で なぜか経済の質問

中国外務省で「経済」の質問が増えた

平日に毎日行われている中国外務省の定例会見に、秋ごろから異変が起きている。政府の意向を汲むことが多い、中国の国営メディアが、外交とは直接関係がない、経済の質問をすることが急に増えたのだ。

Q「中国経済が減速中だという海外専門家の分析をどう思うか?」

A「中国経済は回復力が高く、潜在力が大きく、活力に満ちている。中国崩壊論こそが『崩壊』している」

報道官は、そのたびに威勢良く回答していた。その一連のやり取りをニュースとして流し、人々の不安を取り除くのが狙いだろう。

さらに、12月に入って、スパイなどを取り締まる国家安全省からも、驚きの通知が出された。

■国家安全省が“経済悲観論“を取り締まり?「裸の王様」の懸念も

国家安全省が出した通知(国家安全省のSNSから)

「経済安全のバリアを断固として築く」という通知では、「中国経済が衰退する」といった悲観的言論について、「中国の国家戦略を抑圧する攻撃だ」と定義した。また、海外メディアが指摘することの多い「外資を排除している」「民間企業を抑圧している」といった内容も「虚偽だ」と批判している。その上で、「違法な活動には断固として打撃を与える」と、取り締まりも示唆している。

つまり、中国経済に悲観的な内容の言論については、「国家安全」を理由に取り締まられる可能性が出てくる、ともとれる内容だったのだ。これまでは、「政治」に関する言論が、「国家安全」に関わるという理解だったが、「経済」に関しても、「国家安全」に関わってくるとなると、ますます中国の言論空間が狭まってしまうだろう。

もちろん、中国を攻撃する意図をもって、事実を捻じ曲げて伝えることは、あってはならないことだ。ただし、事実を客観的に伝えた上で、問題点を指摘する言論まで、規制するのはやりすぎだろう。国家安全部の通知には、そうした「事実に基づいた報道」まで委縮させてしまう懸念を抱く。

風邪をひいて高熱を出している人に「あなたの熱は平熱です。だから、普通に活動して大丈夫です」といっても、その人は動けないだろう。必要なのは正確な体温を測った上で、しっかり治療をすることだ。

トップに都合の悪いことをきちんと伝えることが出来なければ、「裸の王様」になってしまう危険もあるだろう。

巨大な中国の経済を正確に把握することは難しい。それでも2024年も、委縮せず、中国経済の実態を伝えていければと思っている。

  • ショッピングモールの1階に生肉が
  • ”肉市場”のワゴンなどはまだ新しい
  • ダンジョンのようなモールの4階
  • テナントが抜けた北京市内の店
  • 中国外務省で「経済」の質問が増えた
  • 国家安全省が出した通知(国家安全省のSNSから)

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