全身で感じた『宇宙強国』 日本メディアで唯一「神舟18号」の打ち上げを現場取材

[2024/05/01 17:00]

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子どものころから宇宙が大好きだった。

特にアメリカのNASAが打ち上げる「スペースシャトル」は、あこがれの対象で、21世紀には誰もが「スペースシャトル」で月旅行に行けると思っていた。21世紀になって20年以上が経つが、月旅行はまだ実現していない。

一方、当時は想像すらしなかったが、アメリカではなく中国が、宇宙開発の分野で急速に存在感を増してきている。

今回ANNは日本メディアで唯一、有人宇宙船「神舟18号」の打ち上げを取材した。そこで感じたのは中国が「宇宙強国」に向け、着実に歩みを進める姿だった。

中国便り21号
ANN中国総局長 冨坂範明  2024年4月

■発射2日前 砂漠の中の「ロケットの街」へ

ANNが中国でロケット発射の現場を取材するのは、実に11年ぶりだ。

4月23日午前11時、発射の2日前に、私とカメラマンは北京を出発した。

北京を飛び立った飛行機は甘粛省の蘭州市に立ち寄り、およそ5時間かけて最寄りの嘉峪関(かよくかん)空港に到着した。窓から見える景色は、一面の砂の大地。さらにここから、「酒泉(しゅせん)衛星発射センター」に最も近い、酒泉市金塔(きんとう)へと車で1時間半かけて移動する。

漢の時代には郡が設置されたという伝統ある辺境の街は、1958年にロケット発射場ができて以来、「ロケットの街」としても発展してきた。発射センターの周辺には36000人が住み、多くが宇宙産業に従事しているという。
街の大通りの名前は中国語で宇宙を表す「航天大通り」に、宇宙船の名前からとった「神舟大通り」。街路灯には、ロケットのイラストが描かれている。驚いたのは、マンホールの図柄までロケットだったことだ。

「家の近くでロケットが発射されるたびに嬉しくなる」
「ロケット基地は街の誇りだ」

地元の人たちは、街がロケットの発射拠点となっていることに、誇りを持っていた。それもそのはず、中国に衛星発射センターは4カ所あるが、有人の宇宙船はすべてここ「酒泉」から発射されている。それだけ、技術の粋を集めた場所だということだろう。

最も近い街とは言え、発射センターまでは、さらにバスで3時間かかる。

翌日も続く長距離移動に備え、早めにホテルで休む取材陣が多かった。

■発射前日 茶色い大地に「軍事禁区」

ひたすら続く茶色い大地
ひたすら続く茶色い大地

発射前日、4月24日は午前5時半にバスに乗り込みホテルを出発した。

記者団は外国メディアと香港・台湾メディアで、全部で16人。欧米のみならず、イラクやブラジルなど新興国のメディアも参加している。「宇宙強国」として、中国の存在感をアピールする狙いも強いとみられる。発射場までは、茶色い大地の中をひたすら進む。

一人のカメラマンが、バスの前方へ行き、車窓からの風景を撮ろうとしたが、同乗していた地元当局の人からすぐに声をかけられた。

「ここは撮っちゃ駄目だよ」

よく見ると、道には「軍事禁区」という看板が掲げられていた。発射センターまでの道のりでは、何度も停車して取材パスを提示するなど、警察のチェックを受けた。

■ガラス越しの「宇宙飛行士お披露目」

午前11時、ようやくたどり着いた発射センターでは、「神舟18号」の乗組員3人のお披露目が行われた。感染を防ぐためか、お披露目はガラス越しだ。宇宙飛行士3人は全員が1980年代生まれで、指令長は2度目の宇宙ステーション「天宮」滞在となる。また、全員が中国共産党員で、人民解放軍に所属していることからも、宇宙開発と軍が切っても切れない関係であることがよくわかる。

1980年代生まれの3人
1980年代生まれの3人

午後3時、翌日に打ち上げが行われる発射台をすぐそばで取材した。砂ぼこりから守るため、ロケットは青い壁ですっぽり覆われていて、その姿は確認できなかったが、これまでも成功を重ねてきた実績からか、自信満々に発射を待ち構えているようにも見える。基地には、「万が一にも失敗しない」というスローガンが、大きく掲げられていた。打ち上げは、30時間後だ。

■ロケット発射3時間前 興奮は最高潮に

愛国歌で送り出される宇宙飛行士
愛国歌で送り出される宇宙飛行士

その日は3時間の道のりを引き返し、打ち上げ当日にまた同じ距離を移動する。とにかく移動が長い。機密事項が多い発射センター周辺には、報道陣を泊めたくないのだろう。

25日の午後6時、発射の3時間前には、地域の住民を集めた「出発式」が行われ、盛り上がりは最高潮に達する。たくさんの住民が所定の場所に集まり、旗を振って宇宙飛行士を見送るのだ。日本の打ち上げのように全国から宇宙ファンが詰めかけることはないが、表情からは、“国家の誇り”に声援を送る高揚感が伝わってくる。

宇宙飛行士の宣誓の後、会場でみんなが大声で歌うのが「歌唱祖国」という愛国の歌だ。サビは「我々が愛する祖国を歌おう。繁栄と富強に向かって!」という歌詞で、「宇宙強国」を目指す中国の姿を、重ね合わせているように聞こえる。

式が終わり、飛行士が宇宙船へと出発した後、報道陣は発射センターの一角で食事をとる。中華風かと思ったが、意外にもハンバーガーだった。トイレに行くにも監視がつく警戒態勢だ。

発射台から1キロ離れた撮影地点に案内されたのは午後8時ごろ。理由はわからないが、スマホの電波も非常につながりにくくなった。

そして迎えた午後8時59分。

カウントダウンはなかったが、予定時刻通りに発射台からは赤い光が現れ、ロケットの巨体がゆっくりと夜空へと上がっていく。その直後、熱風とものすごい轟音が体に襲ってくる。実況を入れる声にも力が入る。ロケットは次第に小さな光の点となり、夜空へと消えていった。中国の「宇宙強国」ぶりを、全身で感じた瞬間だ。
ロケットの打ち上げを肉眼で始めて見たが、幼いころの興奮が蘇ってきたようにも感じた。周辺の技術者たちも、皆満足そうな顔を浮かべている。今回の発射も「円満に成功」。一部始終は中国全土に生中継された。また一つ「宇宙強国」の階段を上った祖国を、視聴者は誇りに思ったことだろう。

軍が主導する中国の宇宙開発には、軍事利用の懸念が付きまとう。一方で、中国は宇宙ステーションに他国の宇宙飛行士や、旅行客を歓迎する姿勢を示し、平和利用に徹すると強調している。海外メディアに取材を許可しているのも、その一環だろう。その姿勢が本物かどうか、今後も取材を続けていきたい。

  • マンホールもロケットの図柄
  • ひたすら続く茶色い大地
  • 1980年代生まれの3人
  • 愛国歌で送り出される宇宙飛行士

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