「安全重視」で変わる中国・全人代 進む党への権力集中

[2024/04/01 17:00]

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3月は中国にとって「政治の季節」だ。
年に一度の「全人代」=「全国人民代表大会」に合わせて「国会議員」にあたる代表たちが3000人近く、北京に集まるのだ。

去年の全人代はコロナの余波が残っていて、少数の選ばれたマスコミだけが取材できるクローズドの形式だった。

今年は5年ぶりにマスコミに対して原則オープンの形で行われたが、取材して感じたのは、「安全重視」で、失言によるリスクをなるべく減らそうという姿勢の強さと、「習近平氏を核心とする共産党」への一層の権力集中だ。

中国便り20号
ANN中国総局長 冨坂範明  2024年3月

■野党のいない「国会」 ぶら下がりは可能だが…

久しぶりにマスコミにオープンになったということもあり、人民大会堂には会見場の部屋に入りきらないほどの多くの記者が詰めかけた。しかし、自由な取材ができるかというと、なかなか難しい。

まず取材機会として考えられるのが、入場と退場の際に国会議員に当たる「代表」に対して行う「ぶら下がり取材」だが、本音はなかなか話してくれない。

なぜなら中国の「民主主義」は西側諸国とは違う「中国式の民主主義」だからだ。中国共産党の指導の下に民意を集中させる「民主集中制」もその特徴の一つで、簡単に言うと「野党」の存在を許さない形の民主主義ともいえる。

そういうわけで代表たちのぶら下がりでも、敏感なテーマに対しては「党を支持します」という紋切り型の答えが多くなる。また、ぶら下がりに答えてくれるのは民間企業や農業従事者など「一般の代表」の人が多く、実権のある地方幹部などは、失言によるリスクを考え、取材を拒否する人がほとんどだった。

私が2014年に最初に取材した全人代は習近平政権が発足したばかりで、地方幹部でも、リスクをとって発言する人がいた。当時、腐敗問題に揺れていた四川省のトップが会見終わりで予定外の記者の質問に答え、「多くの高官が調査されている」と率直に答えたのを覚えている。

習近平政権が3期目に入り、権力集中を進める中で、失言リスクを恐れる姿勢が、ますます高まっていると実感する。

■突然の「首相会見」中止 中国側の言い分は…

さらに全人代での異変は続く。
これまで毎年行われてきた閉幕後の首相会見が取りやめになったのだ。

全人代のハイライトとも言える首相会見は、中国の最高指導者が自らの言葉で記者の質問に答える、非常に貴重なアピールの場所だった。

2012年の温家宝首相の「政治改革を成功させないと文革の悲劇を繰り返す」という、あえて負の歴史に触れた発言や、2020年の李克強首相の「中国では6億人の月収が1000元前後だ」という貧富の差に触れた発言は、強いインパクトを持って受け止められ、外国メディアだけでなく、国民からの反響も大きかった。

今回、会見を取りやめた理由について全人代の報道官は、「開幕後の報告で、政府の活動を詳しく説明している」ことや「担当の各大臣が会見で説明する場を多く設けた」ことをあげた。

しかし本音は、「党」に都合の悪い「失言」が首相会見で飛び出す「リスク」を考え、「安全重視」で会見を避けたというところではないだろうか?

また、「上司と部下」に近い習近平国家主席と李強首相の関係の中で、あえて李強首相にスポットを当てる必要はないと考えた可能性もある。

首相会見がなくなった李強氏
首相会見がなくなった李強氏

■大臣会見は増えたけど… 王毅外相は日本に触れず

首相会見の代わりに設定したという大臣会見は、「外交」「経済」「民生」の3分野だった。3つの会見には各省の大臣クラスが合わせて10人も参加し、中国は「説明責任」を果たしたとアピールしている。

しかし、これらの会見は事前に打ち合わせなどで段取りが決められていることも多く、官製メディアではない記者がアドリブで当てられることは実際にはかなり少ない。

王毅外相の会見の際も、始まってすぐCCTV(中国中央テレビ)の看板キャスターが当然のように指名された。

王毅外相の会見で日本メディアは指名されず
王毅外相の会見で日本メディアは指名されず

私も含め日本メディアの記者も多く参加し挙手をして質問の機会を求めたが、最後まで日本メディアの記者が指名されることはなかった。やはりここでも、会見はあくまでも「予定調和」が一番で、失言によるリスクを取りたくないということだろうか。

後日、日本メディアを指名しなかった理由を中国外務省の報道官に聞いたが「時間がなかったから」とかわされてしまった。

■ガス爆発の現場から排除 記者協会も抗議

世論面での「安全」を重視し、自由な報道を容認しない空気は全人代以外でも当然ある。
特に突発の事件や事故の現場では、その傾向が顕著だ。

全人代終了直後の13日に北京市に隣接する河北省で起き7人が死亡したガス爆発事故の現場などは、まさにその一例だ。

事故の一報を聞いて我々も現場に向かったが、規制線のそばでリポートを始めた途端に、当局から妨害を受けその場から立ち去るように求められた。

また、この事故ではCCTVの生中継までもが妨害され、その一部始終がお茶の間に届けられるというハプニングもあった。さすがに中国の記者協会も抗議し、地方政府が謝罪する事態となっている。

「予定調和」で会見を終わらせ、都合の悪い事故にはふたをする。一見「安全重視」に見えるその姿勢は、かえって国際社会や一般世論からの信頼を失わせるのではないだろうか?

来年の全人代では、もう少し自由に質問ができ本音が聞けるようになることを期待している。

このレポートのあと、取材が遮られた
このレポートのあと、取材が遮られた
  • ぶら下がり取材をうける代表
  • 首相会見がなくなった李強氏
  • 王毅外相の会見で日本メディアは指名されず
  • このレポートのあと、取材が遮られた

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