「剛」から「柔」へ 非チャイナスクールの大使就任で日中の課題に糸口は見いだせるか

[2024/03/01 17:00]

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2月10日の春節=旧正月から半月が過ぎ、中国ではようやく新年の仕事モードに切り替わった。2023年、日中関係は、邦人拘束事案の発生や、処理水放出に対する、日本産水産物の全面禁輸の実施などで、大きく後退した。

2024年、日中関係はどう動くのか?
実は、去年の年末に、カギとなる一つの出来事があった。
駐中国日本大使の交代だ。「剛」の垂(たるみ)秀夫氏から、「柔」の金杉憲治氏へ。果たして、この交代で、日中関係に変化は現れるのか?

中国便り19号
ANN中国総局長 冨坂範明  2024年2月

■日本語で投稿された新任大使のあいさつ動画

春節を前にした2月7日、日本大使館のSNSに金杉大使の新春のあいさつ動画が投稿された。

新年のお祝いの後、辰年の特徴と、能登半島地震への励ましの言葉への感謝を述べ、日中関係の発展を望むという、30秒ほどの短い動画だ。動画には、大使館の大きな窓に、赤い切り絵の「福」の字を貼るシーンも収められている。実はこの動画、今年起きた能登半島地震の部分を除いて、切り絵のシーンも含めて、ほぼ前年の内容を踏襲している。

ただ、一点だけ、大きな違いがあった。「グオニェンハオ(よい年越しを!)」という冒頭の中国語の挨拶のあとは、すべて日本語だったのだ。

実は金杉大使は、中国語を学んだいわゆる「チャイナスクール」ではない。前任の垂大使は、中国語を自由に操る「チャイナスクール」だったため、動画はすべて中国語で収録されていた。

私は、あえて中国語を使わず、日本語を選択したところに、金杉大使の慎重な性格を感じた。大使館筋によると、金杉大使自身、自らが中国の専門家ではないことを自覚して、着任してから、多くの大使館員の話をしっかり聞き、中国の最新情報をインプットしているという。私も何回か会って話したことがあるが、非常に丁寧で柔らかい物腰が印象的だった。

■退官後も発信を続ける垂前大使

報道ステーションに出演する垂氏
報道ステーションに出演する垂氏

一方、前任の垂秀夫氏は外務省入省後のキャリアのほとんどを中国語圏で過ごしてきた、自他ともに認める中国通だ。

圧倒的な中国に対する知見と、強烈なリーダーシップで大使館員を引っ張るタイプで、中国当局に対する厳しい言動は何度も話題となった。私見だが、金杉大使を「柔」のタイプだとすると、垂前大使は、「剛」のタイプといえるだろう。

垂氏は日本に帰任したあと、外務省を退官したが、テレビ朝日の「報道ステーション」を皮切りに、テレビや新聞各社のインタビューを受け、積極的に情報を発信している。内容は中国での情報収集についてのノウハウや、中国外務省に呼びつけられた際の、現役幹部の実名を出した生々しいやり取りなどで、かなり刺激的で赤裸々だ。
垂氏には、日中関係の現状や課題を広く訴えたい狙いがあるのだろう。離任直後の大使の言動としてはかなり「異例」と言えるのも事実で、中国人の関係者が、垂氏の話の内容を話題にするのも、たびたび聞いている。

また、一連の報道を通じて、「剛」の垂氏の印象がますます強まることで、「柔」の金杉氏の印象が、意図せずに際立つ形になっている。

■訪中ミッションに対する中国側の熱意

訪中団と李強氏の集合写真
訪中団と李強氏の集合写真

「日本の顔」ともいえる大使が、「剛」の垂氏から、「柔」の金杉氏に変わったことは、日本側の一つのメッセージと言えるかもしれない。では、中国側は今後、日中関係をどのように進めようとしているのだろう。

それを占う上で注目したのが、1月に訪中した180人以上からなる経済団体の大型ミッションに対する中国側の扱いだ。

大使の交代後初めてとなる大型訪中団を、中国側はナンバー2の李強首相が出迎える形で歓迎した。

また、工業情報化省との会談では、日本で言えば大臣にあたる金壮龍部長に加え、局長クラス7人がずらりと顔を揃えた。この会談を私は傍聴していたが、あいさつのあとすぐに退席することが多い「部長」が最後まで席を立たず、質疑応答の場面で「電気自動車に載せる全固体電池に詳しい人はいますか?」などと、自ら積極的に発言していたのが印象的だった。

訪中団に長く携わっている関係者も「真剣に対応しようという姿勢を感じた。日本への期待が表れていた」と話している。

もちろん、今回の訪中団で、日中間の課題について、目に見える成果が出たわけではないが、中国側からは、前向きなムードを感じることはできた。

■硬軟取り混ぜ、日中間の課題の解決を

スタイルとしては「柔」の金杉大使だが、中国とって、与しやすい相手というわけではない。

1月30日には、反スパイ法違反の疑いで拘束されているアステラス製薬の幹部社員と自ら面会。解放に向けて働きかける旨を伝えた。前の垂大使が離任直前に直接面会した流れを引き継ぎ、邦人拘束の問題に対する決意を示した形だ。

さらに、コロナ前に認められていた、15日以内の日本から中国への、短期滞在に対するノービザ制度の復活についても、日本側は中国側にもメリットが大きいことを伝えながら、交渉を進めていくという。

はま寿司前の人だかり
はま寿司前の人だかり

では、中国の市民の反応はどうだろう。

日中間の大きな懸案である原発処理水の問題に関しては、拒否反応も薄れてきているように感じる。北京に1月、初上陸した日本の回転ずし「はま寿司」も大繁盛だ。私は同僚と、春節中の午後7時に店を訪れたが、100人以上の大行列で、結局入ることが出来なかった。この処理水の問題に関しても、日中の間で意思疎通が進められていることを、中国外務省も認めている。

「剛」の垂氏から「柔」の金杉氏へ。
大使交代が1つのきっかけとなり、課題の解決に向けて動き出すことを期待したい。

  • 大使の新春挨拶/日本大使館の微博より
  • 報道ステーションに出演する垂氏
  • 訪中団と李強氏の集合写真
  • はま寿司前の人だかり

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