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2025年3月6日 19:00

ウクライナの“命綱”となった鉱物資源協定 トランプ政権の“対中国”と“有権者”対策

2025年3月6日 19:00

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米国とウクライナの首脳会談“決裂”から4日後、トランプ大統領は米連邦議会での施政方針演説で、ゼレンスキー大統領から書簡を受け取ったことを明らかにした。ロシアとの和平交渉に応じるのに加え、米国と鉱物資源の協定締結にも意欲を示す内容だったという。この「鉱物資源ディール」を読み解くと、トランプ政権の中国に対する警戒や、米国内の有権者対策まで浮かび上がる。

1)トランプ氏は1期目でも希少鉱物に重大な関心 今回の会談でも“決裂”前は…

豊富な鉱物資源が埋蔵されているとされるウクライナ。2月28日の首脳会談でもトランプ大統領は決裂前、「レアアースに関してウクライナは世界でもトップクラスだ。だから我々はそれを使ってAIや兵器、軍事などあらゆることに利用するつもりだ」と語り、鉱物資源協定の締結に強い関心を示していた。

トランプ大統領は1期目に、「米国の経済と国家安全保障に不可欠な35の鉱物」を特定。その中には、リチウム 、グラファイト、チタンといったウクライナに豊富に埋蔵される鉱物が含まれていた。こうした鉱物資源にこだわる理由は、最大のライバル国である中国にある。50種の重要鉱物で見ると、米国は、41種類を50%から100%輸入しているのに対し、中国は29種類で最大の生産国だ。さらに、ウクライナが世界5位の埋蔵量で、EVにも使われる「グラファイト」は、米国が100%輸入に頼っているのに対し、中国は最大の生産国だ。トランプ大統領は2020年9月には、重要な鉱物資源に関して中国に過度に依存している問題に対処する大統領令に署名もしていた。

協議

小谷哲男氏(明海大学教授)も、トランプ大統領の鉱物資源へのこだわりの先には中国の存在があると指摘する。

経済安全保障の観点から、重要鉱物をめぐる米中の争いが激しくなっている。いま中国は、アメリカからの関税に対する報復としてアメリカへのレアアースの輸出を一部禁輸している。ウクライナから重要鉱物が手に入るのであれば、アメリカとしては助かるという側面はあると思う。

停戦交渉に絡めて鉱物協定が議論されている状況について、鶴岡路人氏(慶応義塾大学准教授)は、以下のように指摘する。

戦争をしている最中の新しい開発は現実的ではない。本来は、まず停戦を議論し、停戦実現のタイミングで鉱物開発を協議すべき。そうであれば、鉱物資源に関する協定に「安全の保証」の項目を入れようという、無理筋な議論はせずに済んだ。加えて厄介なのは、ロシアが占領しているウクライナ領での開発の問題だ。ロシア自身は重要鉱物の採掘技術を十分に保持しておらず、世界で最も技術を持っているのが中国だ。ロシアが占領している地域に、すでに中国を招き入れているという話もある。ロシアはアメリカに共同開発を呼び掛けているが、仮にアメリカが応じると、ロシアの占領地におけるロシアの主権を認めることにも繋がり、問題が大きい。さらに、アメリカとしては中国に対抗するためにレアアースが欲しいのに、進出先に中国がいるという状況にもなりかねない。色々な要素が混迷する中で、それぞれの国がそれぞれの利益に基づいて行動をしており、全体像がまだなかなか見えない。

2)“ウクライナのリチウム”獲得に動き始めたトランプ氏周辺

重要な鉱物資源の中で、特に注目されているのがバッテリーなどで世界的に需要が高まる「リチウム」だ。トランプ大統領周辺が、すでにリチウム獲得に動き始めているという報道がある。ニューヨーク・タイムズによると「エネルギー投資会社テックメットとトランプ氏の友人、ロナルド・S・ローダー氏を含むコンソーシアムがウクライナのリチウム鉱区への入札でウクライナ政府と交渉している」とされる。このローダー氏はトランプ大統領にグリーランド買収を提案した、大学からの友人だ。

リチウム

末延吉正氏(ジャーナリスト/元テレビ朝日政治部長)は、トランプ政権の鉱物資源獲得に関する動きを分析しつつ、以下のように指摘する。

トランプ氏は自分を支持した国民に対して「皆さんの税金をウクライナに使ったが、皆さんのもとに戻るようにする」と言ってきた。どうやって米国が稼ぐのか重視している。世界をリードしてきた米国は、もっと品格があったのではなかったのか、という思いがあるが、2期目がスタートして1カ月強でこれだけ仕掛けているということは、周到に準備を重ねてきていると見て、対応しなくてはならない。

さらに、廣瀬陽子氏(慶応義塾大学教授)は、ロシアによる共同開発の呼びかけを以下のように分析した。

旧ソ連領内にある希少鉱物はソ連時代から存在はわかっていたが、採掘する技術がなかった。仮にロシアが占領地をそのまま維持するとしても、ロシアの力だけで実際に採掘できるか疑問が残る。もし米国と協力して採掘することができればロシアにとっても非常にメリットが大きい。共同開発をすることで、米露関係を安定的にする、ある種の安全弁のようなものも確保できるという点で「一石二鳥」と考えている可能性は高い。

3)ロシアも「占領」狙う鉱物資源 対米関係はゼレンスキー大統領の「謝罪」が焦点に

ウクライナと米国をつなげる、「最後の命綱」ともいえる鉱物資源を、戦場でロシアが新たな目標にしているのか。ウクライナ東部に位置する、国内最大級の「シェフチェンコリチウム鉱区」には、推定埋蔵量1380万トン、15億ドル、およそ2250億円相当の「リチウム」があるとみられており、現在、ロシアが攻勢をかけている。この鉱区の後方には、レアアースやウランの鉱床もあるとされる。

ロシア

ウクライナが鉱物資源を米国の支援と引き換えに提供する可能性を示唆した結果、ロシアが鉱物資源の豊富な地域の占領を優先するようになったという指摘もある。ロシアのラブロフ外相は、ウクライナの占領地から撤退するつもりがないと主張した際、「重要鉱物をそこに残して立ち去るべきか?」と発言し、鉱物資源へ関心を示した。

ロシア

鉱物資源の重要度が増している状況について廣瀬陽子氏は、ロシアにも多額の戦費を回収したいという思惑があると指摘した。

当初は占領自体も考えておらず、鉱物を狙っての攻撃ではなかったはずだが、結果として占領地に貴重な鉱物があるのであれば、それもいただいてしまうという考えだろう。一石二鳥を狙っている。勝手に仕掛けた戦争ではあるが、ロシアも多額の戦費を使っており、鉱物資源で回収を考えている可能性はある。

停戦、さらには重要鉱物をめぐり様々な思惑が交錯する中、小谷哲男氏(明海大学教授)は交渉再開について、ゼレンスキー大統領が謝罪をするか否かにあると分析した。

既にトランプ大統領はレアアースについて、もちろん取れればプラスになるとは思っているものの、「なくてもいい」と側近に言っている。米国の姿勢を崩してまでウクライナに寄り添う、歩み寄ることはおそらくはない。今トランプ政権はゼレンスキー大統領の謝罪を何よりも求めている。
トランプ政権としては、米国が直接的な軍事的保証をしなくても、鉱物資源を巡る協定を結び、米国とウクライナの経済関係が強化されていけば、ロシアが米国を敵に回してまでウクライナに再侵攻することはないという考えが前提としてある。まずは鉱物に関する協定を結び、過去3年間支援をしてきた額を一定程度取り戻すことで、米国の有権者にアピールができる。その先に、この鉱物資源から得られる利益を使って、ウクライナに対する軍事支援をするというオプションはある。ただ、今それを出す時ではない。ロシアが停戦協議に後ろ向きとなれば、ウクライナに軍事支援するぞというカードを出そうとしている。今、見せるわけにはいかない。しかし、ゼレンスキー氏が今、見せてくれと言っているので、トランプ大統領からすれば、ゼレンスキー大統領が自分の交渉カードを奪おうとしているように見える。このため上手くいかなかった。
米国は3月3日、ウクライナへのすべての軍事支援を一時停止したことを明らかにした。そして、トランプ大統領は4日の施政方針演説で、ウクライナのゼレンスキー大統領から書簡を受け取ったとしている。この書簡は、ロシアとの停戦交渉と、米国との鉱物資源協定締結に応じる意欲を示しているという。

<出演者プロフィール>

小谷哲男(明海大学教授。米国の外交関係・安全保障政策の情勢に精通。「日本国際問題研究所」の主任研究員を兼務。)

鶴岡路人(慶応義塾大学准教授。現代欧州政治・国際安全保障などを専門に研究。著書に「模索するNATO-米欧同盟の実像」(千倉書房))

廣瀬陽子(慶応義塾大学教授。国際政治学者。旧ソ連からロシアを中心に研究。著書「ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略」(講談社現代新書))

末延吉正(元テレビ朝日政治部長。ジャーナリスト。永田町や霞が関に独自の情報網を持つ。湾岸戦争などで各国を取材し、国際問題にも精通)

(「BS朝日 日曜スクープ」2025年3月2日放送分より)