3月下旬、中国商務省トップの王文涛氏は連日、欧米企業のトップたちと会談していた。
会談では、朝のルーティンが変わったと、冗談めかして明かす一幕もあった。
「毎朝のニュースチェックが必須になりました。夜の間に何が起きたか、知らないといけないので」
チェックするのはもちろん、アメリカのトランプ政権の一挙手一投足だ。
3月末の時点で、アメリカは中国製品全体に20%の関税をかけ、中国もエネルギー資源や農産物などに報復関税を実施している。
激しさを増す米中の貿易戦争で、中国に勝機はあるのか?
カギは、「外資」の動向だ。
中国便り32号
ANN中国総局長 冨坂範明 2025年3月
■海外から中国への投資は大幅減 「外資」利用は重要政策に
全人代で、中国政府は「外資」の利用を重要政策に押し出した。対外開放を進め、「外国企業の投資を強力にバックアップする」と、今年の目標に書きこんでいる。
裏を返すと、海外から中国への投資が一気に減っている現状がある。
中国の国家外貨管理局の統計では、2024年の海外から中国への直接投資額は186億ドルで、過去最高だった2021年から9割以上減少した。背景には、米中対立の激化による地政学的リスクの高まりや、中国の人件費の高騰、不透明なビジネス環境などがあるだろう。
人材派遣会社の知り合いからも「日本語人材や英語人材でも、外資企業が現地採用を減らしていて、本当に就職が難しい」という嘆きの声が聞かれる。
そんな中、「外資」からの投資は戻るのか?
注目されたのが、3月下旬に開かれた「中国発展ハイレベルフォーラム」というイベントだ。80人以上の欧米企業トップが参加した開幕式で、李強首相はトランプ大統領のアメリカ第一主義に強い言葉で危機感を現した。
「もし世界が弱肉強食のジャングルの法則に戻るのなら、歴史の後退で、人類の悲劇だ」
そして、「中国は世界経済がいかに不安定になろうと、市場開放を進める」と、改めて投資を促した。
私も会場でCEOたちを取材したが、減速しているとはいえ、14億の人口を持つ大市場だ。「米中貿易戦争に懸念はあるが、中国市場は重要だ」という声が多かった。
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■トヨタも日立も 習近平氏が外資企業を集結■トヨタも日立も 習近平氏が外資企業を集結
さらに、中国は「外資」呼び込みに向け二の矢を放つ。
フォーラム終了後の28日に、今度は習近平国家主席自らが、外資企業のトップら40人以上を招集したのだ。
習主席は「中国とともに歩むということはチャンスと歩むということだ、中国に投資をするということは、未来に投資をするということだ」と、全力で中国の魅力をアピールし、さらなる投資を呼びかけた。
一党独裁の中国では、トップの習近平氏がどこまで政策にコミットするかが、大きな意味を持つ。習主席自らが招集した、ということは、それだけ外資誘致に力を入れるメッセージとなる。
会見を伝えるニュースでは、アメリカの運送会社「フェデックス」をはじめ、「メルセデス・ベンツ」「HSBC」「日立」「サウジアラムコ」など、世界の様々な分野の名だたる企業トップが次々と紹介された。
「トランプ政権が何をしてきても、中国の魅力は変わりませんよ」とアピールしているかのようだ。
日本からは、日立製作所の東原敏昭会長のほか、トヨタ自動車の豊田章男会長も参加した。豊田会長については、北京駐在のトヨタ関係者も「寝耳に水だった」というサプライズ訪中だったが、背景には、単独出資で上海に建設するレクサスの新工場があるだろう。
サプライチェーンや雇用を含めて、大きな投資効果を生む今回の新工場建設には、景気減速に苦しむ中国に、しっかり恩を売るトヨタのしたたかな戦略も感じられる。
終了後の写真撮影でも、豊田会長は習主席の斜め後ろというベストポジションをゲットしていた。
■中国がグローバル貿易の保護者に? 「自由」の輝き失うアメリカ
トランプ大統領と同様に、外資を呼び込もうと躍起の習近平政権。
ただ違うのは「自国第一」とは言わず、建前では「グローバル貿易の保護者」として、ふるまっている点だ。グローバル貿易の下で利益を得ている多国籍企業は、投資拡大には応えないとしても、中国から完全に出ていくことはないという見立ても強い。
西側諸国の専売特許だった「グローバリズム」を中国が旗印に掲げているのは皮肉だが、もっと皮肉なのはアメリカの魅力だった「自由」が輝きを失いつつあることだ。
トランプ政権は、これまで中国の人権状況に目を光らせてきた「RFA(ラジオフリーアジア)」や「VOA(ボイスオブアメリカ)」といった政府系メディアの予算を、カットすることを表明した。また、「違法な抗議活動」に参加した留学生を送還する方針も決めている。
やりたい放題の振る舞いに、世界ではアメリカへの失望が広がり、相対的に中国に有利な国際環境が生まれる可能性もある。
習政権の最大の目標は台湾統一だ。いまはじっくり関税のダメージをかわしながら、アメリカと「台湾」を「ディール」できる日を、「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」とばかりに家康の如く、虎視眈々と狙っているのかもしれない。