食い違う証言「心愛が嘘をついたと思う」[2020/03/05 10:13]

 当時小学4年だった栗原心愛さんが千葉県野田市の自宅アパートで虐待死したとされる事件。初公判で心愛さんへの涙の謝罪をした後は、被告人席でほとんど表情を変えず、心情をあらわすことはなかった父親(42)。その被告が4日に行われた第7回公判で再び口を開くことになった。
 被告の妻や両親、児童相談所の職員が事件の証言をする中、被告は何を語るのか。被告人質問に先立って、検察側の証人で児童虐待の専門家と、弁護側の証人として被告の母親が再び証言台に立った。


―なぜ児童虐待は止められないのか

 検察側の証人として、精神科医で臨床心理士でもある武蔵野大学の小西聖子教授が出廷した。小西教授は数多くの事件当事者の精神鑑定を行い、捜査機関からも専門家としての意見を求められる、いわば児童虐待の被害者心理を研究するプロだ。法廷で小西教授は、専門家の見地から、虐待を受けていた心愛さんや虐待を止めることができなかった心愛さんの母親の心理状況を証言した。
 小西教授は心愛さんが被告からの虐待がエスカレートしていった時期に、大便を持たされ、写真を撮られた事件についても触れた。あまり報道されていないが、この件でも父親は強要の罪で起訴されている。

 検察官:「大便を持たされている写真がありました。この時の心理状況は?」
 小西教授:「こういうやり方は人に繰り返し辱めを与える。排せつや食事、清潔な部分で行うことが人をコントロール、支配するには非常に有効なこと。ただ汚くて、嫌なだけでなく、奥深いところでやられる」

 小西教授は心愛さんの母親に面会している。目の前で子どもが虐待されながら止めなかった母親の精神状態について「子どもの将来への影響を考えないことで自分を保っている」「感情をなくして被告に同調するしかなかった」と分析した。
 そして虐待が起きた背景について、こう指摘した。
 小西教授:「子どもは圧倒的に弱者なわけです。自分の家以外では生きられないと思っている。だからこそ虐待は起こりやすい」


―感情を表す唯一の瞬間 母の言葉

 これまで、裁判の中で、心愛さんの泣き叫ぶ動画が流されても、被告の妹や児童相談所の職員が声を震わせて、懺悔するときも父親の目は虚ろで表情が変わることはなかった。唯一、感情が出たのは2日目に被告の母親が証言台に立った時だった。父親は母の声を聞いて泣いているように見えた。その母、つまり心愛さんの祖母が再び、弁護側の証人として出廷した。
 祖母は、実家へと逃げてきた心愛さんを再び、父親が待つアパートへと帰してしまったこと、息子の言い分を信じてしまったことを後悔していると泣き声で話した後、パーテーション越しに被告へ今の気持ちを語った。

 弁護人:「被告人に対してどう思っていますか」
 祖母:「許せないです。許せないですが、被告(実際には被告の実名)の親でもあるので、心愛ちゃんの冥福を祈りながら被告の支援もしていかないとと思っています」
 弁護人:「この事件はニュースやインターネットでも多く広まっているのを知ったうえで、それでも被告を支援しますか?」
 被告の母親:「はい。微力ながら社会に復帰できるように支援させていただきたいです」

 母親から、自分を気に掛ける言葉を聞いて父親は鼻を真っ赤にして、うつむき、何度も何度もタオルで涙をぬぐった。

 弁護人:「被告人に言いたいことは」
 被告の母親:「本当のことを言って心愛ちゃんに謝ってほしい。幼い命を摘み取ってしまうのはあってはならない。真実を話してください」

 被告は目をつぶりながら母親の話を聞き、涙を流していた。瞳の中で、自分の母親の姿を想像しながら、母親の声を聞いていたのだろうか。母親が退廷した、その直後に被告人質問が始まった。


―「私に本当にそっくりでした…」父が語る娘の“思い出”

 被告人質問は弁護側からスタートした。弁護側は時系列に沿って心愛さんとの思い出、事件に至るまでの経緯を質問した。質問は心愛さんが沖縄で生まれたところから始まる。

 弁護人:「平成20年の9月に心愛さんが生まれました。生まれたときはどう思いましたか?」
 父親:「家族が…また家族ができたことにとてもうれしかったです…」
 父親:「妻が心愛を育てるのが怖いと言っていたので、2人で協力してやっていましたが、それ以上に家族3人で…私と妻で心愛の面倒を見れることがとても幸せな気分で過ごしていたのを覚えています」
 涙声で、心愛さんが誕生した時のことを話した。しかし、そんな生活は2か月で終わってしまった。仕事にいっている間に妻の母親が「娘が育児をすることができないのはおまえと一緒に生活しているからだ」と言って妻の実家へ連れて帰ってしまったのだという。その後、父親は離婚し、1人暮らしを始めた。その間、心愛さんとは会えない日々が続き「本当に毎日、会いたい、会いたいと思っていました」と当時を振り返って声を絞り出すように話した。


―7年ぶりの再会

 父親が心愛さんと再会したのは心愛さんが7歳になった時だという。離婚した妻からメールが届き、久しぶりに会うことになった。

 弁護人:「心愛さんに会ったときどう思いましたか」
 父親:「…(うつむいて泣き、しばらく答えられない)もう二度と会えないと思っていたので…泣いてしまうほどうれしかったです」
 弁護人:「最後にあったのは赤ちゃんの時でしたよね?7歳の心愛さんはどうでしたか?」
 父親:「…とてもかわいくて…会えなくなった頃の面影がある、笑顔のかわいい子でした」
 弁護人:「自分に似ているなとか思いましたか?」
 父親:「私から見ても、本当にそっくりでした」

 その後、妻と再婚することになる。二女が生まれた後、妻は体調を崩し入院した。心愛さんは妻の実家で生活していたが、父親の話では、心愛さんが「ばあば(妻の母親)のところにいるのが地獄だったからパアパ(被告)のとこに行くと先生に言った」と話したことや、妻の母親から執拗な嫌がらせを受けて危険を感じたことから、被告と心愛さんと二女の3人で沖縄から千葉県野田市に転居し、被告の実家で生活することになったという。心愛さんが死亡する1年半前のことだ。


―「心愛が嘘を…」

 父親は野田市に転居してからの生活について、「家族だけは壊したくない。とにかく2人の子どものためだけに一生懸命やろうという気持ちでした」と話した。そのうえで、野田市の実家にいた自分の両親や妹が、「夜中に5時間立たされた」と心愛さんが訴えたことについてはー

 父親:「夜中に心愛の寝相が悪く、私にぶつかってきた反動で二女が泣いてしまった。心愛が『うるさくて眠れない』と言ったので注意した」
 弁護人:「それがなぜ5時間立たされたとなるのですか?」
 父親:「朝方家族に起こされて問い詰められたが、私はやっていないと説明し、心愛に『立たされたの?』と聞くと『立たされていない』と言ったのでその場はおさまりました」
 弁護人:「そうすると心愛さんは嘘をついたということになりますが?」
 父親:「…今振り返って話すのは心愛を傷つけてしまうことになるのでこれ以上お話しすることはできません…」
 弁護人:「では次の質問に移ります」
 父親:「すいません。話します。うそをついていると思いました」

 心愛さんが「5時間立たされたのは嘘」だとし、一度も立っているように言ったことはないと低い声でゆっくりと答えた。


―アンケートも嘘 「暴行は一度もない」

 心愛さんが小学校のアンケートに「お父さんから暴力を受けています。先生どうにかできませんか?」と記入し、児童相談所に一時保護されるまでについて質問された。涙声になるとき以外は、淡々と低い声で話していた被告が急に小声になる場面があった。

 弁護士:「アンケートや児童相談所の職員の証言で、心愛さんが暴行を受けたと訴えていたと。思い当たることはありますか」
 父親:「…ありません(急激に小さな声になる)」
 弁護士:「心愛さんが勘違いすることで思い当たることは?」
 父親:「…寝相が悪く、毛布を掛けなおしたのを勘違いしたのかもしれません」
 弁護士:「それは体に触れていませんよね?叩かれるのとはだいぶ違うと思うのですが、勘違いと思う理由は?」
 父親:「…私がしたことはそれしかないので、それ以外に理由のみお話しすることはできません」

 心愛さんがいじめアンケートで涙ながらに訴えた父親の暴力。寝相が悪く、体勢を戻してあげたことを勘違いしているのではと話した被告。思わず、ため息が法廷内には漏れた。
 また、心愛さんが児童相談所に一時保護された理由についても理解していないと話し、ここでも心愛さんが嘘をついていたと思うと証言した。

 弁護人:「なぜやられてもいないことをアンケートに書いて、児童相談所の職員にはなしたのか」
 父親:「思いつく理由はありません」
 弁護人:「傷つけたくないから答えないのか、思いつかないのか」
 父親:「傷つけたくありません」
 弁護人:「十分傷つけていると思いますよ」
 父親:「心愛がされてもいないのに嘘を書いたのだと思います」

 再び、心愛さんが訴えた暴力は嘘だったと話した父親。心愛さんを傷つけたくないとしたうえで、心愛さんが嘘をついていたと話す被告の言葉が理解できなかった。


―証言の不一致 「手を握った」

 児童相談所の職員は、「心愛さんは児童相談所で父親と面会した時、怖がって父親の差し出した手を見て自分の手を引っ込めた。PTSDの所見の1つだと思った」と法廷で証言している。

 父親:「心愛が1人で立ち止まったので、手を差し出したら、心愛も手を伸ばしてくれた」
 弁護人:「手は握りました?」
 父親:「握りました」「パパの手冷たいといってすぐに離しました」
 親族間の証言で食い違うこともあったが、家族以外のいわば第三者の証言で、密室ではない家の外で起こったこと以外も父親は全く異なる証言をした。まるで被告とそれ以外の人が目の前でみていた光景が全然違うかのようだった。


―被告には真実を

 初日の被告人質問はここまでで。5日以降、被告の口から心愛さんが死亡した日のことも話されることになる。父親の証言はこれまで、証人が涙ながらに話してきた証言と食い違う部分が多々あった。父親が本当のことを話しているのかは、本人にしかわからない。真実を自分の口で話してほしいー。法廷にいる誰もがそう感じたのではないか。

(社会部DV・児童虐待問題取材班 笠井理沙 鈴木大二朗)

こちらも読まれています