藤井七冠初の海外対局はなぜベトナムに? 棋聖戦の舞台「ダナン三日月」関係者の思い[2023/06/03 11:00]

史上2人目、7つのタイトルを同時に保持することとなった将棋の藤井聡太七冠。
息つく暇もなく、新たなタイトル戦が始まろうとしている。棋聖戦だ。
佐々木大地七段を挑戦者に迎える五番勝負、その第1局は6月5日に行われる。舞台は藤井七冠にとっては初の海外対局となるベトナムのリゾート地・ダナンだ。

将棋界にとって4年ぶりとなる海外でのタイトル戦は、なぜベトナムなのか。
実は今回の会場となる「ダナン三日月」での開催は2019年から計画されていた。だがその翌年、新型コロナウイルスのパンデミックが発生、海外対局は不可能となってしまったのだった。
ようやく実現したベトナムでのタイトル戦。
「ダナン三日月」の担当者が、開催が決まるまでの経緯、そして対局者たちを迎える直前の思いを語ってくれた。

■ 「ダナンに来てください」が最初だった

「最近では海外対局が難しい時期が続いたんですけど、こういった対局を海外の方にも将棋に関心をもっていただくひとつのきっかけにできればとも思います」
5月8日に行われた王将就位式後の記者会見で、自身初の海外対局について聞かれた藤井七冠は、笑顔を見せながらこう答えた。

将棋のタイトル戦が海外で行われるのは、2019年4月の第4期叡王戦七番勝負第1局が、台湾・台北市で行われて以来のこと。
今回の会場は、「ホテル三日月グループ」初の海外進出ホテルである「ダナン三日月」だ。

「ホテル三日月グループ」は、千葉・木更津市と栃木・日光市に合わせて4つのホテル・旅館とスパ施設を展開し、今年で創業62年を迎える老舗である。
将棋のタイトル戦では、2021年の第92期棋聖戦第1局と2022年の第93期棋聖戦第3局が、木更津市の「龍宮城スパホテル三日月」で行われた。

こうした実績を積み上げたうえで、ついに今回、ダナンでの開催に漕ぎつけたのかと思いきや、事情は少し違うようだ。
「ダナン三日月」の益子美智緒・会長室室長が、経緯について説明してくれた。

「ダナンでの対局については実は日本将棋連盟様に2019年にはお願いをしておりました。しかし、コロナ禍により海外どころか国内での移動もままならない状況となり、断念をしておりました。ですから、私達にとってはようやく実現できたという思いです」

「龍宮城スパホテル三日月」での対局は、コロナ禍でダナン開催をやむなく断念した結果なのだという。
「ダナンに来てください、が最初でした。『ダナン三日月』のオープンに合わせて、将棋の海外対局をやりたいと」

「ダナン三日月」のグランドオープンは去年6月。
結局、工期自体もコロナ禍で少し伸びてしまったのだが、本来であればもう少し早く完成させて、「ホテル三日月グループ」として最初のタイトル戦はダナンで開催、というのが当初の計画だったのだ。

■ 富士山、甲冑、土俵…「ここは日本なの?」

それにしてもなぜ海外対局にそれほどこだわるのか。
「『ダナン三日月』は我々グループにとって初めての海外進出なわけです。そして、日本のホテル、宿屋としては、日本を打ち出して世界に出るべきだという考えがありました。日本文化をそこでどう謳うかというのは終始一貫したコンセプトで、我々のテーマなんです。その中で何とか将棋を世界に広めようという思いがあった。それが『ダナン三日月』の成功に結び付くと考えていたわけです」

益子室長の言う通り、「ダナン三日月」はベトナムという地に様々な日本文化を持ち込み、訪れた人たちが日本文化に触れられる場を提供している。
館内には盆栽や甲冑、神輿が置かれ、相撲の土俵もある。日本庭園には五重の塔や鐘。

ABEMAの藤崎智氏は対局中継の下見のため今年2月、初めて「ダナン三日月」を訪れた。そのときの印象を、こう語る。

「ほんとにベトナムなのか日本なのかわからなくなるんですよ。えっ?ここは日本なのかなと。だから初めて海外旅行する方でも、この雰囲気は非常にいいのではないかなと思います」

ダナン湾に面した総敷地面積13ヘクタールの複合リゾート施設、「ダナン三日月」。
全長450mの「流れるプール」の近くには富士山のモニュメントも作られている。
「この富士山、水着のまま登れるんですよ。五合目まで登れます。そして富士山の向こうに海が広がっています」(藤崎氏)

■ 朝日を眺めながら“露天風呂”気分も

そして何より、将棋への思い入れを感じさせるのが、日本庭園に設置された「将棋堂」だ。
そこには、日本将棋連盟の佐藤康光会長直筆の「王将」という文字が彫り込まれた、石造りの駒が置かれている。

こうした日本文化にあふれた空間が、初の海外対局に臨む藤井七冠と佐々木七段にとっての安心感につながるのではないかと益子室長は言う。
「藤井七冠は、海外が初めてとのことですから、まず空港から出た時に不安を感じると思うんです。ただ、この『ダナン三日月』に到着したところからは、ご安心いただけると思います。日本にいるような安心感を味わっていただきながら、何かリクエストがあればきる限り提供させていただく。そういう準備はできていますので」

「ダナン三日月」は全室がダナン湾を臨めるオーシャンビュー。
対局の前後、藤井七冠・佐々木七段それぞれが自室で落ち着いて過ごせる環境になっていると説明する。
「全客室にテラスがあって、そこにバスタブが置いてあります。まだ暗いうちからお部屋のお風呂にお湯を入れていただいて、朝日を見ながらお風呂に入るというのも鋭気を養えると思います」

益子室長に話を聞いたのは対局のちょうど1週間前。
この日の午後から、対局室の準備を始めるということだった。
日本国内での対局にできるだけ近づけるため、「茶器、食器に至るまで、『ダナン三日月』にあるものとないものを確認し、日本から持ち込むなどの対応をした」のだという。

■ 藤井七冠も注目!? 「地元スイーツ」と「鉄道」

さて、藤井七冠の対局となれば、気になるのは食事やおやつ。すっかりおなじみとなった「勝負めし」、「勝負スイーツ」だ。
「ダナン三日月」ではどんなメニューを用意するのだろうか?

「昼食やおやつについては、国内同様、数種類の中からご本人に選択いただくことになっております。日本料理とベトナム料理のどちらも選べるよう、今回は通常よりも選択肢を多くしています。デザートとかおやつに関しては、おなかにやさしいものをベトナム風に、そしてベトナムの名物と称されるものも用意しようと考えています。
既に内容は決まっておりますが、それは当日のお楽しみとさせてください」(益子室長)

スイーツの選択にもこだわりが感じられる藤井七冠。
ベトナムでどんなおやつを選ぶのか、気になるところだ。

さらに藤井七冠にとって耳寄りな情報を届けてくれたのは、現地を下見したABEMAの藤崎氏。
「ホテルの裏に線路があるんですよ。そこを列車が通るんです、2時間に1本くらい。藤井七冠はすごく喜ぶと思いますね」

鉄道マニアとしても知られる藤井七冠。
ただ、1カ月前の会見では「ベトナムの鉄道についてはまだ調べてない」と答えていた。

益子室長によれば、ホテルのエレベーターホールからも線路が見えるのだという。運が良ければ、エレベーターを待つ間に列車が走っているのが見えるかも、とのことだ。

■ 1回のイベントで終わらせたくない…

「ダナン三日月」にとっては4年越しの悲願だった将棋のタイトル戦。
改めて、今回の開催が持つ意味について益子室長に聞いた。
「『三日月』という会社が、日本の文化を一生懸命発信しようとしているということに関しては、地元の皆さんにもご理解いただいていると思います。これを機に、日本が誇る文化の一つである『将棋』に親しみと関心を持つ方々が増えることを望んでいますし、それこそが私達が作った『ダナン三日月』の役割だと考えております」

こうしたタイトル戦を1回で終わらせたくない、という思いも語った。
「1回だけだとひとつのイベントで終わってしまいますけども、これが同じような時期に毎年行われていく、そうすると、ベトナムの人たちも「この月にはこういうのがあったよね」ということになります。『継続は力なり』という言葉がありますが、続けていくことが重要ではないでしょうか」

藤井七冠がタイトルを防衛するか、佐々木七段が初タイトルを奪取するのか。
勝負の行方とともにその舞台にも注目が集まっている五番勝負の第1局。
日本との時差2時間のベトナムで、6月5日午前9時(日本時間午前11時)に対局開始予定だ。

テレビ朝日報道局 佐々木毅

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