水道管の2割が“耐用年数超過” 更新に30年!?挑む最新AI技術とは[2023/06/30 10:00]

 日本全国に張り巡らされた水道管。すべて繋ぐとどれくらいの長さになるか想像できるだろうか。答えは約74万キロ。地球と月を往復するのとほぼ同じだ。途方もない長さの水道管だが、実はその2割にあたる15万キロ分が今の時点で「耐用年数」を超えている。

しかも、様々な要因から管の更新が停滞していて、今の分だけでもすべて替えるのに30年以上かかると見込まれているのだ。このままでは次々に破裂が起き、日本のあちこちが水浸しになる−−?そんな未来を救うかもしれないAI技術が今、注目されている。
(テレビ朝日社会部記者 藤原妃奈子)


▼老いる水道管の現実「どんどん進んでしまう…」 厚労省も危機感

 5月、取材のネタを探してツイッターを見ていると、「水道管の老朽化」、「どんどん進んでしまうかもしれません」という言葉が目に飛び込んできた。厚生労働省のつぶやきだった。

 えっ、水道管って古いままで大丈夫なの?早速厚労省に取材すると、土の中で目立たずに頑張っている水道管たちの多くが、1970年代から90年代に埋められた大ベテランで、「法定耐用年数」の40年を超えるものが約2割、15万キロ分もあることがわかった。しかも2020年度だけで2万件以上の漏水が起きているという。

 厚労省の担当者は「必ずしも法定耐用年数で交換しなければならないわけではない」と話す。同じ年数使用された水道管でも、埋まっている環境や材質によって、腐食、劣化が進みやすいものとそうでないものがあるからだ。古くなったからといって一律に破損の危険があるわけではない。破損の危険性が高いもの、想定より長く使えるものなど様々だ。

 ただ、老朽化すれば、水道管は錆びたり、穴が開く頻度が多くなったりして漏水につながりやすい。地震が起きた際に揺れで破損しやすくなることも想定されるという。

 もっと深刻なのは、耐用年数をすでに超えているのが15万キロなのに対して、2020年度に更新されたのが、4811キロという事実。老朽化は進んでいるのに、このペースでは現時点で耐用年数を過ぎているものだけでも、更新するのに30年以上かかる。自治体の財源不足や、専門技術が必要な事業者の人員不足などが更新を進められない理由だ。

▼“掘らずに診断” 水道管の漏水や劣化を予測する最新AI技術 

 限られたリソースの中で水道管を救う対策はないのだろうか。取材を進めると、「AIを使って危険な水道管を見つける自治体がある」という情報を発見した。錆びた水道管とAI……。なんだかすぐに結びつかないが、とにかく行ってみよう。東京・渋谷区にある「Fracta Japan(フラクタジャパン)」を訪ねた。

 フラクタ社は2019年創立。社員数が10人に満たないベンチャー企業だ。今やAIで水道管を「診断する」技術で40の自治体の水道事業に協力している。一体どんな技術なのか。
 
 画面上に映し出されたのは、網目のように張り巡らされたカラフルな線。地図上に赤、オレンジ、黄色、緑、青…と色分けされた線が枝分かれして、あちこちに伸びている。これらはフラクタ社のサービスを使っているある自治体のおよそ数キロ四方のエリアを走る水道管だ。

 色は水道管の劣化度や、漏水の確率の予測を表している。漏水の確率が最も高いことを示す「赤」の部分の一つをクリックすると、「1年以内に83%」、「3年以内に99%」の漏水の可能性があると出てきた。

 「水道管の材質や年数、過去の漏水、(周囲の)環境の情報をAIに学習させて、将来の予測を出し、色付けしているんです」。フラクタ社の営業統括マネージャー・前方大輔氏が教えてくれた。

 気になるのがその仕組み。管の漏水リスクを診断するエリアについて、まずは気温や降水量、土壌、標高、道路や建物の位置、地震の発生状況、人口密度など劣化や腐食に影響する可能性のある、ありとあらゆる「環境データ」を地図上に重ねる。さらに、水道管の材質や年数などの情報を重ねていく。何枚も生地が重なったお菓子の「ミルフィーユ」のように情報を載せていくイメージだ。

 積み重なった膨大なデータに加えるのがAI。過去、漏水が起きた場所の環境データなどから、AIが傾向を学び、似たパターンを見つけて、個別の水道管で、将来的に漏水する確率をはじきだす。

 地中に埋まる水道管は、外側から劣化や腐食の状況を把握するのが難しい。前方氏は、「(水道管の)管理方法は、実際に掘って状態を直接見るのが一般的だが、お金も時間も人手もかかり、現実的ではない。我々はAIを使って実際に掘らずに、リスク評価をします」と説明する。

 「(AI診断で)当たりをつけて、なるべくピンポイントで危ないところの水道管を取り替え、そうでないところは優先順位を下げる。そんな意思決定に使ってもらう」と前方氏。データとAI予測から、効率的な管理が可能になるという。フラクタ社のサービスを活用する自治体から、漏水率が下がったという報告も受けた。

▼実績ない中…費用を負担しスタート 2021年に愛知県・豊田市が採用

 フラクタ社は創業者の加藤崇会長が2015年に米国のシリコンバレーで立ち上げた。米国で水道管のAI診断の実績を積み、4年後に日本法人を設立。だが、当初は売り込んでもなかなか受け入れられなかったという。

 「実績がないのが不安視され、最初は我々も(費用を)負担しながら、6カ所くらいで実証実験をやらせてもらった」。
実験は成功し、現在AI診断を活用する自治体は4年で40にまで広がった。前方氏は「この30年くらいで水道職員が減り、限られた人手の中で予算も限度があり、自治体も危機感をもって(AI診断を)採用されているんじゃないか」と話す。

 フラクタ社の「AI予測」の最初の顧客になったのが愛知県・豊田市だ。当時、フラクタ社を取り上げたテレビ番組をみた市の担当者から連絡があり、2021年に採用。
 豊田市上下水道局・水道維持課の國枝圭介副課長によると、水道事業を統合し、水道管を更新する計画の中で、より効率のいい方法を模索していたという。

 豊田市では当時、独自の「目標耐用年数」を水道管の材質によって定め、劣化状況についてはベテラン職員の経験から予測していた。「目標耐用年数で優先順位をつけるのは効率的だった。ただ、(AI診断を使えば)さらに効率的に劣化度の高いものから更新できるんじゃないかと採用した」と國枝氏は振り返る。

 去年2月、市内で漏水が発生した水道管をAI診断が最も劣化度が高い「5」と正確に予測していたケースもあった。ただ、劣化度が高いと診断された管が、工事で掘り起こしてみると、実は劣化度が高くなかったというケースもあった。導入からまだ2年ということもあり、総合的な評価について國枝氏は「もう少し先になるのではないか」と慎重な姿勢だ。

 國枝氏は「AIは漏水箇所のデータが多いほど精度が高まってくるので、さらにデータを蓄積して、表示精度を上げていきたい」と期待を込める。

▼人手不足の救世主に!?フラクタの展望

 わたしたちの水はそれを管理する“人”に支えられている。

「断水や漏水が起こると、水道局さんが日々休みを返上して駆けつけるような状況を見て、少しでも楽をしてもらいたいと思った」とフラクタ社の前方氏は語る。

 老朽化が進む水道管の更新は喫緊の課題だが、漏水などすぐに対応しなければならない事案が優先される現実もある。前方氏は「(更新の)優先順位をつけるとか、手前のデータ整備ができなかったので、AI診断がありがたいという話もありました」と話す。

 今後も、水道をはじめとするインフラに関わる人が減ることも予想される。AI診断は救世主になるのだろうか。

 前方氏は「AIの精度が高まるので(AIが学習する水道管の)距離数を伸ばし、どんどんお客さんを広げていきたい」と意気込む。挑戦は今後も続きそうだ。

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